第4話 お嫁さん候補選抜試験 (シノブ2)
『力が欲しいか?』は是非一度は聞きたい憧れの言葉であるが、この世界において圧倒的な暴力は制御あるいは封印がなされている。
一人の僧の力によって。
その封印者とはイエス教団の正統後継者で次期法王であるイエス13世。
若くカッコイイことからつけられた通称は王子様。法子様だと言いにくいので。
彼はこの世界の秩序と平和を担う救世主的存在である。
かつてこの世界は腕力に妖力に魔力とによりものを言わせる、万人による万人のための無限の闘争が繰り広げられる修羅道さながらの末法的な乱世であったが、光臨した救世主イエスの超越的な暴りょ……徳の御力によって彼らの凶悪な力は封印または制御されたことで大戦国時代は幕を閉じ、世界に平和が訪れそれが今日まで続いているということである。
その偉大なる封印の力は一子相伝によって代々受け継がれていったが、先代法王が不幸な事故により急逝してしまったために王子は即位式やらなにやらでただいま引継ぎで大忙し。
ようやくその引継ぎが一段落したところで今度は待ち望まれていたイベントが開催される。
それは「お嫁さん候補選抜試験」というおおよそ約20年に1度の大祭り。
このイベントは上流階級だけのものではなく、受験資格には中から下の一般庶民階級にもある、つまり「実力」さえあれば身分差など関係なく参加でき誰でも王妃様になれるというものであった。
「今回の受験も大盛況でしたね」
縁側に座る老紳士が背後にいる仲間たちに対しそう言いながら茶をすすった。
ウグイスも遠くで鳴く心地よい昼下がりのひと時。
「やっと肩の荷もおりましたわ。この役目が回ってくるのは覚悟していましたが……とても疲れました」
老淑女は扇子であおぎながら溜息と共に呟くと違う老紳士も頷きながらそれに続いた。
「しかも今回はお嫁さん候補試験でしたからね。前回と前々回がお婿さん候補の受験でしたから過去の経験者も少ないなか、残された書類頼りでどうなることやらと心配でしたが、なんとか無事に終わりそうですね」
『法王の嫁と婿になるものは必ず試験を以って決めるべし』
これは開祖が定めた掟であり、現在までその伝統が続いていたのであった。
その受験資格は全国民の16歳から29歳までの男女に限りそして身分及び民族は問うてはならないというもの。
そしてこれは名目だけのものではなく事実これまでに嫁入り婿入りした者たちの中には、力の封印対象となった少数民族出身者もいたのであった。
「これによって力を封印された民族も平等に機会があると意識を持たせられますからね。敢えて反体制的な行動をとらずとも上に行けるという意識があること。これで反乱の芽も効果的に摘めましょうよ」
老紳士は畳の目を見ながら言った。
「合格したら地元には恩恵がもたらされる、とても良いですね。ますますこの世界秩序を肯定する理由にもなりましょう。古の力が無くとも良く、むしろ法王様の封印の力のありがたさを知るのです。この試験はその象徴であるとも言えましょうね。さぁ試験の結果をのんびりを待ちましょう」
「しっ失礼いたします試験長官の御二人方! 大変です!」
血相を変えた試験官が部屋にふすまを勢いよく開きながら入ってきた。
「なんです騒々しい。大変なこととはなんです?」
「最終試験に百点満点が、いやそうではなく、全教科百点満点を取ったものが現れてしまいました」
「なっなんですって! そんなことはありえません!」
老淑女は悲鳴と共に手から湯呑が落ち鈍い音が畳の上に起こった。
「いいやありえることさ。テストは百点が取れるようにできているのだからね。これまで前例がなかっただけで不可能と言うことでもない。うむ、報告ご苦労。それでもそのものが文句なしで次期王妃様に決定ということだね」
落ち着き払った様子で老紳士が笑顔で応じると試験官の顔は曇ったままであった。
何か問題でもあるのか? そう疑問に答えるように試験官は目をつぶりながら言った。
「実は全教科百点満点が、もう一人いるのです」
「そんな馬鹿な!」
老紳士は腰を抜かし床に尻餅をついてしまった。
この前例のない事態に対し緊急会議が開かれることとなった。
過去一人もいなかった全教科百点満点が同時に二人にも現れてしまった問題。
「これは失態ですよ試験作成者諸君!」
「おっお言葉ですが今回の試験は過去最も平均点が低いのです。簡単であったから生じた問題ではございません」
「よりによって同点満点とは……神よ何故この二人を同じこの時代に生まれさせたのか」
混乱と責任のなすりつけ合いによって会議は紛糾。まとまりのないまま会議は流れていき、ここでようやく試験長官が重い口を開いた。
「諸君。ここは偉大なる開祖様がつくりたもうた試験の掟に立ち返ろう。このような場合に備えての対処法もきっと想定していてくれたであろうし」
一同は驚き早速その掟の書を隅から隅まで読み通すと、はたしてあった。
誰もきちんと読んだことがないであろう書の末尾において小さな字で、まずありえないことだと前置きすら書いてあるそれを。
しかしそれを見たものはみな顔に手を当て哀し気に首を左右に振った。
「こんな残酷なことを」
「これしか方法がないとしても」
「せめて一点でも差や優先教科の方で差があればよかったものを」
「だが完全に一緒であった。それもまた、運命か」
試験長官である老紳士は驚きのあまり絶句し硬直化しているその横に立つ、同じく試験長官である老淑女は大きく頷き立ち上がり宣言する。
「あるのならこれを適用するしかありません! さぁみなさん準備をおすすめください」
掟を出されては異論も出るはずもなくみなが観念して立ち上がるも、恐怖心でいっぱいの老紳士は座ったまま老夫人を見上げた。
「しっしかしこれはあまりにも……」
「いいえ、これでよろしいのですよ」
見おろす老淑女の目には鈍色の光が宿っている。
「王子に決めていただければ、本人たちも諦めがつくでしょうし」
「しかしそれは後に禍の種子になるかもしれない……」
「それもまた運命でしょう。受け入れるべきです」
重々しくそう語る老淑女の口は歪んでおりまるで笑みを浮かべているようであった。
開祖による掟・試験ではこうである。
『もしも候補者らがともに完全なる満点の場合のみ法王となるものが遠目から見てどちらかを選ぶべし。』
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