【KAC20245】凜と涼

青月クロエ

第1話

(1)


 昼休みを報せるチャイムが鳴った。

 教科書に代わってお弁当を机にひろげたり、席を立って購買へ向かったりと、みんな思い思いに過ごし始める。すずも友達と机を並べ、お弁当や水筒をひろげていく。


「凜ちゃーん、早く早く!急がんとチョココロネ売り切れてまう!!」

「わぁ待って!!今行くから!!」


 財布を手に慌てて席を立った凜の、艶々とよく手入れされた黒髪が背中で揺れる。パタパタと駆けていくスラっとした後ろ姿を、すずはさりげなく横目で見送った。


「ね、今の見た?凜ちゃんのお財布」

「へ?財布が何?」

すずちゃんわからんかった?」

「何が?」


 きょとんとするすずに二人の友人はもどかしげに答える。


「凜ちゃんのお財布ブランドもんだよ。めっちゃ有名やつ」

「へー、そうなんや?」

すずちゃん反応うっす?!」

「ブランドとか全然興味ないもん」

「いや、あたしも別に興味ないけど……、うちのおかあさんが若い頃買ったやつまだ持ってるから知ってるだけやし」


 ブランドネタに話題が逸れそうなので、すずは「それで、凜ちゃんがブランド財布持ってることが何?」と尋ねる。


「他の子なら背伸びしてるかイヤミに見えるけど、凜ちゃんが持ってるのは違和感ないよね。ってか、凜ちゃんらしくてかっこよく見えるなーって」

「あー、なるほどねぇ……」

「腕時計もたしかたっかいブランドのやったし、やっぱお医者さんちの子は持ち物違うわー。似合ってるから余計うらやましー」


 陰口かと身構えたが、友人たちの口振りはどちからというと憧憬が圧倒的に強いようだった。


 三か月前、大都市からすずたちが通う、一面田んぼしかない田舎の高校へ転校してきて以来、芸能人みたいに垢抜けた美少女の凜は何かと周囲から注目され、目立つ存在だ。

 目立てば目立つほど出る杭は打たれるかと思いきや、凜はとても明るく気さくで、誰とでも打ち解ける性格だった。彼女を悪く言う生徒を、少なくともすずは見たことがない。


 とはいえ、目立つ子は大抵同じ目立つタイプと主に行動を共にする。

 すずも凜とは何度か話したことはあるが、明るい凛とクール(友人たち曰く)なすずとではクラスメイト以上の接点はない。たまに短い雑談交わすだけの間柄だとずっと思っていた。






(2)


 やっと一日の授業が終わった。

 クラスメイトは部活に向かうか、帰宅するかでだいたい二分され、教室を去っていく。あとに残されるのは教室でおしゃべりしたくて居残るか、日直当番かの数人のみ。すずの所属はほぼ帰宅部に近い料理部。二人の友人は運動部。

 なので、普段はHR終わるなり、友人たちと別れの挨拶して自転車でまっすぐ帰宅する。今日も普段通り、まっすぐ帰る筈だった。


「やってまった……」


 校門を出て一〇分程して、英語の教科書を忘れたことに気づき、すずは慌てて踵を返した。天気予報で今日は雨が降るっていってたし、さっさっと取りにいかなきゃ。なんだか空も曇ってきてるし。


 急いで下駄箱で靴を履き替え、廊下を駆け、階段を駆け上がる。

 息せき切って誰もいない教室の扉を勢いよく開けた瞬間、すずは「うわっ!!」と叫んでしまった。


 誰もいない筈の教室にひとり、ぽつんと座っている凜の姿を発見したからだ。


橋本さん?!」

「わっ、びっくりした!!すずちゃん?!」


 誰もいない教室に人がいたことにも驚いたが、いつも人に囲まれている凛が一人で過ごしていることに二重で驚かされた。対する凜は、「どうしたの?慌ててるの珍しいね」と、すぐに落ち着いた様子ですずを心配してきた。


「帰る途中で英語の教科書忘れたの気づいて……、橋本さんは?」

「ん?」

「何でひとりで教室居るのかなって。あぁ、答えたくなかったら言わなくていいけど」

「んーと、バスの時間待ち」

「バス?でも、学校の近くのバス停本数少なすぎやんね?この時間だと一時間に一本しかなかったんじゃあ……」

「そうなんだよねぇー。次のバス乗るにはあと二十分待たないといけなくて。メグも萌もアイカ凜と同じグループの友達も、みんな運動部だからおしゃべり相手もいないし暇ぁ」


 この学校では九割の生徒が自転車通学なのは、ひとえにバスの本数の少なさが原因である。涼も例に漏れず。


「待ち時間もったいなくない?自転車通学したら?」

「あー、うん、そうなんだけどさぁ」


 凜はえへへ、気まずそうに微苦笑したあと、頬をぽりぽり掻きながら言った。


「わたし、自転車乗れないんだよね」

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