第33話
ハイルを閉じ込めていた塔が瓦礫の山になった。
中から見つかったのは、腹を裂かれ死亡した兵士一人だけ。
そう聞いた王家、エングブロム公爵家、そして教会は頭を抱えた。
これではそれぞれが描いたシナリオが破綻してしまう。
その時フと、国王は思い出した。
ハイルはヴァールストレーム辺境伯爵に匿われていたと。
だから国王は次の様な内容で発表した。
何者かが侵入し、罪人を逃し塔を破壊した。
犯人は罪人ハイルを匿っていたヴァールストレーム辺境伯爵の手のものである。
我々王家、エングブロム公爵家、教会は、ヴァールストレーム辺境伯爵が王国を我がものとしようと今回のハイル・ロルフ・アスペル殺害を企てたと決めるに十分な証拠を見つけている。
早急にヴァールストレーム辺境伯爵を捕縛し、罪を白日の元に晒す。
これが発表されるより前に、これを知った王族周辺へ潜入していた諜報員から連絡が入ったタウンハウスの使用人たちは全員辺境地へ強行軍でむかった。
そして別の諜報員は馬を走らせ途中で乗り換えながら辺境地で向かい、これを知らせる。
ヴァールストレーム辺境伯爵領の人間はヴァールストレーム辺境伯爵と今の国王の確執をいやになるほど知っている上に、歴代ヴァールストレーム辺境伯への信頼は揺るぎないものである。
中央の教会に嫌悪しかない辺境地の教会も同じだ。
すぐさまヴァールストレーム辺境伯爵は発表した、王都からの軍と戦うと。
この国を守り続けていた辺境地の領民は知っている。
これが言いがかりだと即答出来るほど領民は歴代ヴァールストレーム辺境伯爵との信頼関係を築き上げていたし、彼らが自分達をそしてこの領地を命懸けで守っていた事に敬意を払っている。
それに国王が言いがかりをつけ、自分よりも出来のいい、本来ならば国王になるべきだったと言われていた実の弟を疎んでいる事は辺境地では有名であった。
ヴェヒテがヴァールストレーム辺境伯爵に養子に入り今の国王になった途端、国から支給されていたこの辺境地を守るための防衛費が驚くほど減らされた。
不思議に思う領民たちに、王都の事情をよく知る商人たちがこぞって教え回っていたのだ。
──────ご領主さまの養子であるヴェヒテ様は国王よりも国王に望ましいとされていた方で、国王が一方的に目の敵にしている。彼は弟が憎いからこんな事をしているのだ。と。
それに貴族もヴェヒテと国王の確執──────いや、国王が一方的に、どれほどの強さでヴェヒテを憎く思っているかをよく知っていた。
だからこの件──────『犯人は罪人ハイルを匿っていたヴァールストレーム辺境伯爵の手のものである』については眉唾物もいいところ。
辺境地へ軍を送ると言い出した国王やエングブロム公爵家、教会が出したそれ対して決議を渋った。おかげで辺境地は戦う準備の時間が、タウンハウスの使用人が無事に辺境地に到着する時間が出来た。
戦う準備が整った辺境地で、ついに探していたユスティの行方も知れた。
逃げてきたタウンハウスの使用人から報告を受けたのだ。
ユスティが突然王都のタウンハウスに現れ、誰かを必死に探していたのだと。
教会は、賄賂を送り自分の方へと引き込んでいた貴族や軍関係者からジワジワと辺境伯爵領への進軍賛成を取り付けている。
明日開かれる緊急の議会で今度こそ辺境伯爵領地へ軍を差し向ける事が叶いそうだと、教会幹部たちはこれで自分達のシナリオが崩れる事なく全てを上手に収める事が出来るとほくそ笑んでいた。
これは王族やエングブロム公爵家も同様で明日が待ち遠しいと、まるでこの戦いに勝ったかの様にこの夜は祝杯をあげている。
が、開けた翌日、彼らは驚く様な光景を目の当たりにした。
全員を集めて行う議会の席、その半分程度が埋まっていないのだ。
賛成票も反対票も投じず、議会欠席の場合は賛成票とする。とまで言い含めて集めていたにも関わらず、である。
席についているものはみな顔を見合わせ。一体どうしたのかと不思議そうな顔で囁き合う。
これを見た国王はひとまず、従者に命じ急ぎ欠席した貴族らのタウンハウスなどに向かわせた。
彼らのタウンハウス、またそれを持たないものが利用する宿泊施設は王城から馬を用いれば最悪1時間もあれば十分着く。
議会を2時間延期し、そのギリギリで従者全員が帰ってきた。
従者の持ち帰ってきた話をまとめると、「領地で問題が起きたため議会に参加している場合ではなくなった」と言い領地を持っている貴族がタウンハウスを残し希望する使用人も連れ領地へ戻ったというもの。あとは「登城できない理由が生まれてしまったため、議会への参加は不可能である」と言い慌てて親族の領地へ戻ったというもの。欠席の理由は概ねこの二つである。
欠席の場合は賛成票となる。今、欠席している者たちのせいで議会を何度も何度も開いたと言っていい。つまり、今現在出席しているものはほとんどが賛成に投じていたと言う事だ。
欠席した貴族らはあとで領地没収などにしてやれば王家も潤うだろう、と彼らの事は後回しに国王は議会へ向かった。
案の定、反対するものがいないに等しいからあっという間に可決となる。
準備が出来次第、ヴァールストレーム辺境伯爵領へ進軍となった。
(これで、忌々しい“弟”を始末出来る……ついに、ついにこの日が来た!!)
ヴァールストレーム前辺境伯爵と王家との契約により、生まれる前からヴァールストレーム辺境伯爵へ養子に行く事が決まっていたヴェヒテ。
成長するにつれ第二王子であるヴェヒテの優秀さが目立ち、彼こそが王にふさわしいのにと言われ続けた、今の国王。またヴェヒテよりも8ほど歳の離れた末弟である第三王子はヴェヒテを目標に勉強に励んでいた。
ヴェヒテが養子に行くのは決まっているため国王にはなれない。ならば第三王子が王になればいいのではないか、と言われ始めるのにそう長い時間必要としなかった。
ヴェヒテは自身の優秀さを鼻にかけず、養子に行くヴァールストレーム辺境伯爵領のために、養父のためにと身につけられるものはなんでも身につけようと貪欲に知識を蓄えた。
その結果がヴァールストレーム辺境伯爵の繁栄にもつながっている。
いなくなる弟にも忌々しいと感じていた現王だ。末の弟にも同じ感情を向ける様になるのも時間の問題。
第三王子である末弟に、立場を、時期国王という立場を取られるのではないかと危惧し、まだ幼い彼を暗殺したのだ。20歳になり王都で婚姻式をしたヴェヒテが、辺境地へ旅立ってすぐの事である。
現王の能力であれば誰がそれを行ったのかも、誰が黒幕なのかもあっという間にバレてもおかしくなかったのに、小さなことが重なり今もバレていない。
この事が現王の成功体験となって、ここまでの男に成り下がれたのだ。
王は、いつかヴェヒテに許してくれと言わせ平伏させ、そしてその前でヴェヒテの大切なもの全てを殺し壊してやりたいとずっとずっと考えていた。
それが今叶うところにある。
王は罪人ハイルなんてどうでも良くなっていた。ハイルの事なんて、頭の中にわずかしか残っていない。
あるのは一つ、ヴェヒテへのこの憎しみだけだ。
早く憎い弟の前で大切なもの全てを壊し、そして弟を殺してやりたい。そればかりが頭の中で膨らんでいる。
王が首を長くして待っていた日がやってきた。
進軍当日は、教会も関与している事もあり精霊からの祝福を兵士たちに送る事となっているため、法王をはじめ数人の枢機卿が教会に揃ったがどう言うわけか、みな顔色が悪い。
しかし彼らはそれでも、実に偉そうに彼らに祝福を与えるといい儀式を執り行う。
罪人を匿っているされている──────いや、王都では罪人を匿ったと確定しているヴァールストレーム辺境伯爵一家を皆殺しにしろと、領地を焼き尽くせいう声が貴賤関係なく多く、この儀式も朝が早いにも関わらず一眼見ようと多くの平民も集まり、儀式を行なっている教会の周辺は異様な熱気に包まれていた。
国王は法王と並び教会の最上段で枢機卿らが行う儀式を見ている。
兵士も階級の高いものから枢機卿に近いところに立ち、平の兵士は教会の外に溢れていた。
「この世界を混沌に陥れようとする悪に立ち向かう勇敢な男たちに、精霊の加護を」
大袈裟で恭しい言葉を最後に枢機卿らが手をかざすとパッと眩し光が広がり、それは教会の外へと一瞬で広がる。
冷静になればなんて事はないただの明かりを生む魔法なのだけれど、この熱気を生む興奮では誰もそれに気が付かなかった。
「みなさまには、精霊王の加護がついております。案ずる事はありません」
法王が国王の隣で高らかに宣言すると、教会内、そしてそれに呼応し教会の外の兵士、最後には集まった観衆も「おおおお!」と大きな声をあげる。
老若男女、皆が、教会と王族のいう『悪』を打てば全てが戻ると決めつけて、その気持ちを一層強く持つべく声高に叫ぶ。殺せ!と。
熱気に満ちた教会内で、法王と国王が背を向けていた“精霊と戯れる少女の像”──これは精霊王を神の様に崇拝するこの国のシンボルとなっている──が突如大きな音を立て崩れた。
突然の事にヴァールストレーム辺境伯爵領へ進軍する軍の指揮官権限を持つ数人は一瞬対処に遅れたが、慌て法王と国王を自分達の後ろ、つまり教会出口の方へ押しやり背に庇う。
法王と国王、そして教会内にいた全員の前で崩れた像の前でゆったりと体を起こす男が見えた。
少しピンクの入ったプラチナの髪は長く、長身に見合った手足の長さ、白い布を幾重にも重ねただけの様に見える服を纏い、真っ直ぐを見つめるそのブロンドの目は鋭い。
突然現れた男に全員が警戒し、魔法騎士は魔法をいつでも唱えられる様に身構えている。
「わたしを知らぬとは……せっかく夢に出てやったのにわからんのか」
小さいがはっきりと聞こえる声は冷たい。教会の外にも聞こえるのか、外がザワザワとしていた。
男にじっと見られている、あまりの緊張感と恐怖に一人の魔道士が我慢出来ずに男に魔法を放つ。
それをハッと笑った男に、それはぶつかる前に空気へ還り
「そのような魔法でわたしが傷つけられると思うか?哀れよのう」
挑発に乗りもう一度その魔道士が魔法を放とうとしたが何も出来ない。
どうしてだと叫ぶ魔道士に男は笑った。
「どうして?お前は誰を傷つけようとしたかわからぬのか?そこの、わたしが何者か、やつらに教えなくていいのか?」
国王はなんの事だと法王を見る。法王は震える唇をなんとか開け
「精霊王シュピーラド様……」
と真っ青な顔を下げた。
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