第21話

加護はその精霊からの、人間の言う『愛情』の様なものであること。

加護なしは『加護がない』のではなく『精霊王の加護』を生まれた時から得ているために他の精霊からの加護が得られないこと。

精霊王からの加護を上書きして加護を与えられる精霊は皆無であり、精霊王の加護は特殊であるから人にはそれを判定する術がないこと。

術がないために『加護なし』という判定になること。


「あの……精霊王陛下」

「陛下か……まあその通りだが、王でいい。様もいらぬぞ」

恐る恐る声を出したマーサにシュピーラドが柔らかい顔で言う。

答えている合間にシュピーラド自身も言っていたが、献身的にハイルの看病をし愛情を注いでいたマーサに対して、シュピーラドはかなり好感があるようで他の人よりもあたりが柔らかい。

「ハイル様は精霊王の愛し子であると言う事は……ハイル様は精霊界の妃となるのでしょうか?」

これにはシュピーラドの目が瞬いた。

「いや、それは違う。そうか……そういう誤解をするものなのか?精霊王の愛し子というのは人の世界で言う、そうだな──────一番近いのは親子だろうか。わたしが心から慈しみ愛し守り育てたい。そういうものを持ったものが愛し子であるのだ」

「そうでしたか」

「それに愛し子には“愛し子の唯一”が必ず現れるものだ。そやつが愛し子の伴侶たるもの。まあ、わたしは歴代の精霊王よりも間も悪ければ、そこ意地も悪そうだからな。愛し子が唯一を見つけ愛そうともしばらくは邪魔をしてやろうと思っておる」

「まあ……娘はやれないと文句を言う父親の様でございますね!」

「はははは!マーサよ、実にその通りだ」

その通りなのかよ……とマーサ以外の全員が心を一致させた。

こうなると気になるのは“愛し子の唯一”である。

ドンがそれを聞くとシュピーラドは

「唯一と愛し子はあえばすぐにわかるものだ。わたしが寝て待とうと思うたのもそれがある。愛し子と唯一が出会った時に、わたしもそれがわかるのだ。だから安心して“寝て”しもうた。わたしの間違いであった。ともかく、愛し子と唯一は魂がつながり合う、それこそ伴侶たるもの。愛し子を守り愛し慈しむものだ。しかしハイルは愛を知らぬ、愛で満たされておらぬのだろうな……あれでは会ってもわかるまい。愛を知っているからこそ、満たされているからこそ、出会えば唯一無二のものであると理解出来るのだが……」

ヴェヒテの喉が上下した。

「精霊王は愛し子のように、唯一が分かるものでしょうか?」

「いや。これは私にはわからぬこと。二人が出会いそこで初めてわたしが知るのだ……──────なんだ、おまえたち、その顔は。まさか、心当たりでもあると言うのか?」

誰がこれに返事をしたのか、実は後になっても誰も分からない。

ただ誰かが呆然と呟いた。


「ユスティが、きっと」


おお、と驚いたシュピーラドは身を乗り出す。

「ユスティ……ヴェヒテの二番目の倅だな。そうか、そうか。して、どうしてそう思う?」

「『ハイルは暖かいのです。優しい何かに包まれているのです。俺にはわかるんです。ハイルは、ハイルには得難い何かがあるんです。俺は、そばにいたい』と、『ハイルがいいんです。よくわからないけど、ハイルのそばにいたいと思う気持ちが溢れる』そう言っていましたから」

ヴェヒテの答えに頷くシュピーラドに、今度はドンが言う。

「実は私たちはハイルの目が輝くのを見ております」

「はあ、なるほど。愛し子は精霊に触れると目が星の様に瞬く。綺麗であろう?」

「ええ、たしかに、夜空の星の様に美しくございました。私たちが加護を付与した魔法を使った時に、あとはハイルが魔法を使った時にそれを確認出来ますが、ユスティはそれよりも多くの機会でそれを見ております。魔法を使った時は、ハイルの周りに輝くものがあったと」

「愛し子の目は良いか悪いか…精霊に触れると輝くものだ。だが人の中でだけは愛し子の感情が揺らぐ……大体は喜びや幸せであるな、悲しいことに怒りや悲しみでもそうなりはするが……ともかく、が生まれると愛し子の“煌めき”を見る事が出来る。きっとそれがユスティが他のものより“輝き”が多く見れる理由だろう。それと、ハイルが魔法を使ったと言うが、多分それは精霊が先んじて“勝手にやった”のだと思うぞ。たとえば火を使いたいと魔法を使おうとしたのを察して、精霊が火をつけてやるのだ。愛し子だとから、わたしの僕はハイルに世話を焼きたがるはずだからな。ユスティが言う輝きを他に見たものは?」

小さくマーサの手が上がる。

シュピーラドはそれにも頷いた。

「マーサは極上の治癒魔法の使い手。治癒魔法が精霊魔法のひとつでもあると教会には、まあ随分前になるが触れを出していたはずだが……」

全員が「え?」と驚く様な顔をしたのを見て「そうか……」とシュピーラドは嫌悪を露わにし

「そうだ。あれは精霊魔法の一つであると言っても良い魔法だ。あれは精霊との相性、本人の適正で使えるか否かが決まるもの。マーサは精霊に非常に好かれる魔力を持っている。マーサは魔力の量が多いと思われているのではないか?それも精霊がマーサを好むから助けているのだろう。だからこそそれほどまでの治癒魔法が使えるのだ。それもあってユスティの様にのだ。なかなかこれほどのものはいまい。これは実に素晴らしい事だ。ヴェヒテ、大切にせよ。マーサは時代や国が違えば、まさに聖女となるであろう魔力の持ち主であるぞ」

驚いた顔のままヴェヒテは神妙に頷く。マーサは信じられないとどうしてか自分の手をじっと見つめていた。

「さて、ヴェヒテとドンの発言から、そうさな、ユスティの可能性が高いが、こればかりはわたしにはわからぬこと。わからぬわたしはただハイルが愛で満たされるのを待つだけさ」

のんびり構える姿勢を崩さないシュピーラドに小さく手を挙げたのは

「ご存知かと思いますが、ユスティの母のヘレナでございます。歴代の精霊王には、必ず愛し子がいたのでございましょうか?」

「いや。祖父にはおったが、母にはいなかったな。そう、私の前の王はいわゆる女王であったのだが、母にはおらなんだ。自分の愛し子が現れることがなのだよ。しかし祖父は言っていたな。愛し子と唯一を見守る王たるものは、彼らを守り慈しむからこそ王たる自分の心に恋情が生まれるのだと。愛し子が現れなかった母は『いなくとも恋情は生まれます。恋情が生まれなくても愛を知っております』とよく怒っておった」

恋愛の話になったからか、ヘレナの食いつきが妙に良い。

「精霊王に王妃様は?」

「おったが──────今は自然へと還ってしもうた。わたしの倍は生きていたからいたしかたあるまい。もちろん妃に対し今でも愛があると思ってはいるのだが……そうだなあ、ハイルと唯一を慈しむ中でもしわたしの心に恋情というものが生まれたら、いなくなったことを惜しみ悲しむことになるであろうな。その時は、愛し子の前で泣いてしまうかも知れぬ。お前たち、その時は見るでないぞ?」


始まった頃よりも柔らかく明るい雰囲気に変わったこの部屋。

けれども彼らは甘く見ていたのだ。

精霊も、そしてその王の事も。

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