第9話

アンジェリカは一人で戦う事は、無理だと思う様になっていた。

それは間違いない。

けれども情報だけは、家族以外には漏らさない。

特にノアだけは、に関わらせないと決めている。

よくが働くなんて言うもあった。万が一そうなってしまったらアンジェリカは悔やんでも悔やみきれない。

幸いにも、国王陛下も王妃殿下も、そして家族や屋敷の使用人たち、自分を慕ってくれる友人たちも、自分をなぜか「お姉様」と慕う後輩たちも、アンジェリカの味方でいてくれるし、彼らにそのが働いている様子はなかった。

しかし。しかしだ。

アンジェリカが手を尽くして物語を改変出来たと思っていたのに、結局、いや、アンジェリカが考えもしなかったこのが始まってしまった。


婚約者となった当初なんとかしようと頑張った結果、物語以上に良好な関係を婚約者であるキースと築き上げる事に成功したけれど、今ではそれも無かった事にされてしまいそうだ。

そう、アンジェリカにとって『国王と王妃というパートナー』としてお互いに認め合えるだけで、良好な関係を築き上げれたと自信を持って言えるくらいのだったのだ。

──────これなら、は助けられるかも知れない。

それが物語が始まったらひっくり返されてしまった。しかも、とても悪い物語が始まったのだ。


この時アンジェリカは決めたのだ。

絶対に、ノアには関わらせないと。




アンジェリカが帰ってきたのを知り、アンジェリカの父であるカールトン公爵エイナル・カールトンは彼女を出迎えた。

滅多にない父の行動にアンジェリカが驚き瞬いている。

「お父様……どうなさったの?」

「可愛い娘におかえりと言いたくて、ではいけないかな?」

柔和な顔の父にアンジェリカは「ただいま、もどりました」とどこか嬉しそうな顔で笑う。

アンジェリカの家族は皆、アンジェリカを愛し大切にしてくれている。

その一人である兄ジュード・カールトンはまだ小さかったアンジェリカが「お兄様もなの!もしがはたらいたら……わたくしをするのよ」と泣きながら訴え、彼女によくよく話を聞いた一人でもある。そして妹のためだけに、3別の国に留学をした。

アンジェリカより5歳年上の彼は他国の学院──学園卒業した人間が通う大学の様な場所で、どの国も学院への進学は真に優秀でなければ難しい──へ入学し今現在もそちらで勉学に励んでいる。

丁度彼が研究したがっていた『精霊信仰と精霊の祝福と神からの祝福の違い』についてよく学べる学院と国であったので、彼にとっても悪いものでは無かった。

しかし、ジュードは最後までアンジェリカと離れるのを心配し、悩んだ。

けれども国を離れる事にしたのは全て、アンジェリカの言う強制力が働く様な事になったら彼女を一番傷つけるのが兄である自分であると言う気持ちが強かったから。

ジュードは強制力の意味もその大きさも、。しかし妹が泣きながら言うのだ。そんな事にならないと宥めても「おにいさまはわかっていないの!」と泣く。

そんな姿を見ていると、自分には想像が出来ない様な恐ろしいものがそれ強制力で、アンジェリカの言うように何を持ってしても抗えないものであるのなら、離れるのがアンジェリカのためになるのだと自分に言い聞かせ、彼は今も異国の地で研究の日々を過ごしている。


余談ではあるが、ジュードが『精霊信仰と精霊の祝福と神からの祝福の違い』を研究しているのはアンジェリカが一端を担っていた。


ともかく、兄は留学で不在。

母親のメレディスはお茶会でもうすぐ帰宅するだろう。


「お父様に出迎えていただけるなんて、ですわ」

“ラッキー”もアンジェリカがこのカールトン公爵家に入れた言葉である。だからエイナルは

「幸運とか、嬉しいとか、言い直しなさい」

と一応注意する。

外では年相応に見えない大人なアンジェリカでいるのだけれど、邸に帰ればこうなってしまう事もままあった。

「アンジェリカ、少しどうかな、サロンで美味しいものと美味しいお茶でも」

「ありがとうございます、お父様。着替えてすぐに向かいますね」

アンジェリカの頬を少し染めて笑う顔に、エイナルの顔も目を細める。

愛している妻に似た顔のアンジェリカを、エイナルは人が受け取っている以上に溺愛していた。

シシリーを連れて自室に向かうアンジェリカを見送ったエイナルも、自身の従者やメイドに声をかけサロンの準備をさせ自分もゆっくりと向かう。

その顔はアンジェリカにむけていた時とは違う、なんともいえない表情をしていた。


アンジェリカからを聞いて──────いや、あれは聞き出してだったかもしれないが、とにかく前世の話を聞いたところで家族で話し合い、結局アンジェリカの思いを汲む事にした時、エイナルは果たしてアンジェリカはそれで幸せになれるのかと思った。

あまりにアンジェリカが強くそれを願い、そうしたいのだと言ってひかないので受け入れたものの、最近の事を思うとなぜあの時アンジェリカがなんと言おうとも反対しなかったのかと後悔が押し寄せてくる。

妻のメレディスは「私たちは、アンジェリカをいつだって抱き止めて助けてあげる準備をしていればいいのよ」と言うのだけれど妻に似た娘を可愛がる父としては、なかなかどうしてそういう気持ちでいられない。


悶々と考えてサロンに入れば、アンジェリカの好きな花の香りがふわりとエイナルの鼻をくすぐった。

サロンでお茶をすると聞いたメイドや侍女が、アンジェリカのためにと急いで準備したのだろう。

娘が愛されているの感じて、エイナルの顔がやっと穏やかになった。

椅子に腰掛け待っていると、少しずつアンジェリカの足音が大きくなってくる。

シシリーに「魔道具でを噴けなくするマスクとか、そういうものを作れないかしら」と言っているのまで聞こえてきて、エイナルは思わず笑ってしまったし、控えていたエイナルが最も信頼している執事の一人も思わず顔が笑っている。

「またシシリーはのかな」

エイナルの声に執事は「シシリーにはしっかりと注意しなければなりませんね」と答えた。

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