第3話

アンジェリカとキースの関係は、変わっていないどころか悪化している。

婚約者としては年々と溝が開いているのだ。しかしなぜか、お互い将来の国王と王妃というパートナーでは認め合い理解していると口を揃えて言う。

どこかだ。

対してアーロンとノアは良好な関係で続いている。周りには微笑ましいと見守られ、初々しく可愛らしい様子を見せていた。

特にアーロンはノアが自分の子供を命懸けで産むと知った日から、増し続ける愛情をノアに惜しみなく伝え、ノアも素直に受け入れ愛を返すと言う、穏やかでけれど愛に富んだ関係のまま十五歳になった。

来年はついに王立学園に入学する年になる。十六歳になる年に入学し、三年間学ぶのだ。


楽しみだなと学園生活に想いを馳せていたアーロンだが、この日の朝は違った。

アーロンは、大好きなノアと同じ学科に入学出来ないという事を、この日の朝、気がついたのである。



ノアは“精霊痕”と呼ばれる、“祝福を与えた精霊が残す痕と言われている星の様な痣”を異常な数持って生まれた。稀有な存在であった。

その数は属性の数よりも多く、『精霊の愛し子』なるものが、ノアはまさに“そうなった”のではないかと思わせる数である。

ノアの異常な精霊からの祝福は今現在王家とミューバリ公爵家ノアの生家のみで共有されている事だ。あまりの“異常さ”に公表は婚姻の後の方が安全だろうと、皆が考えている。

精霊痕は──ノアの場合はであって、これは人によって様々である──左の足の付け根あたりに集中しており、服に隠れない場所にあるのは一つだけ。なので服を脱がない限り、ノアの異常さに気が付くものはいないだろう。

そしてそのノアの異常さは精霊痕だけではなく、生まれてすぐに光と闇の精霊から加護を与えられたそれもある。

生まれてすぐと言うのも、光と闇から同時に与えられたのも前代未聞。

ノアはだ。

そんなノアだからなのか、王子殿下の婚約者でなかったら史上最高で史上最強の魔術師──魔法師とも言う──として名を残すだろう能力がある。

魔法だろうが精霊魔法だろうが、ノアは最も簡単にやってのけるのだ。空気を吸うかのように、当たり前のようにこなしてしまう。

そしてノア自身も、魔法を使う事が楽しく勉強に対して意欲があった。だから彼は普通の王子妃教育で魔法を担当する教師ではなく、元王宮魔法騎士団団長という初老の教師が担当した。

彼も飲み込みが早いノアに教えるのが楽しくついつい教えすぎたと笑っていたが、そんなこんなでノアは“王子妃として必要な魔法の知識”は早々に習得。その分、他の知識の習得に時間を割いたのである。

結果、ノアは学園で自分の好きな科への入学が可能になったのだ。

これはつまり、王子妃教育で様々な事柄を学んでいるのだから、重複するような事を学園でわざわざ学ばなくてもいいだろうと言う事である。

これに関しては王子であるアーロンも同じなのだけれど、彼は領地政務科、通称領政科に入学すると決まっている。

この科には将来領地を治めるものとなる子息子女や、またはその予定である候補、もしくは婿入り予定の生徒など、“領地を豊かにすべく学びにくる生徒”が多い科で、王子はここでにまつわる様々な歴史やそこからくる政策を含めた事などを彼らと共に勉強するのだ。

教育では帝王学にを学ぶ。他の科では王子教育と重複する箇所、もしくはもう取得している箇所もある。

領政科に通っても重複している箇所もある事は事実のだが、けれどそれでも領政科で領地をよくするために学ぶ彼らと共に切磋琢磨する事を、歴代の王族は求め、いつの間にか王子殿下は領政科へという慣例が生まれた。

その時間はこの先王子が王子たる生活をしていく上でとても大切な事であり、それが自分の人生の糧になっていく事を成長するに従い彼らも実感する。だから今の世もなのだ。


今までの王太子なり王子なりの婚約者が、領政科へ入学しなかったというわけではない。

王子が婚約者の家に婿入りする場合は婚約者も共にこの科へ入学をしたし、婚姻後爵位と領地を与えられる王子婚約者が「共に協力したいから」からと言いぬゆがくする場合もあった。

それ以外でも仲が良かった場合、せっかくの学園生活を同じ科で過ごしたいからと共に同じ科へ入学したパターンもある。

しかし、アーロンはノアにこれらを求められない。

ノアが魔法学に夢中なのはノアが大好きなアーロンには十分すぎるほど理解していたし、なによりアーロン自身がノアが楽しそうに魔法について学ぶ姿を見ている事が好きだからだ。

だからこそノアに「一緒に領政科に入学しよう」なんて決して言えなかった。


「なんで僕は馬鹿なんだ……!!!どうして慣例通りじゃなくてもいいよって言われるような成績を残せなかったんだ……!!!」

自室の椅子の上で頭を抱えるアーロンを、忠実なる侍従トマスは“可哀想な子”を見る様な目で、護衛騎士のマルティヌスは苦笑いで見ていた。

慣例はアーロンがどんな成績を残そうと、変わりがないのに、しかもそれを本人も理解しているだろうにこの様。

不敬もいいところだけれど、この・トデスキーニは二つ年上で、二人はアーロンが三歳の頃からの付き合い。アーロンにとっては兄にも似た存在であり、頼れる相談相手である。

また、アーロンの護衛騎士・デーレンはアーロンよりも十九歳年上で、アーロンが赤子の時からずっと守り続けており、国王直々に『あれがもし過ちを犯す様な事があれば、しっかりと正して欲しい』と言われているので、アーロンに面と向かってそうした事も数ある護衛騎士だ。その事もあって、マルティヌスはアーロンにとってトマス同様、兄のように慕う存在でもある。

だから彼らは時に──もちろんTPOは弁えているが──弟を思う兄のような心境でアーロンを事があった。

「なんで僕は王子なんだ!!!!」

頭を抱え唸るアーロンにトマスは突っ込む。

「王子殿下でなかったら、ノア様と婚約は出来ませんでしたよ。ねえ、マルティヌス殿」

「ええ。全く」

アーロンは声にならない声で再び唸った。


幼い頃、ノアの従者ランド・ジャールに盛大なやきもちをやき、トマスとマルティヌスに宥められ、エルランドに苦笑いをされた時も「くやしいいいい」と思ったアーロンだが、今回も同じだ。

小さい時と変わりがない。それが良いのか悪いのかと思われそうだが、これは親しい相手の前で出る素の自分であるだけ。二人、いや彼がこれを見せる相手が受け入れ見守ってくれるからこその姿であり、それが彼の王子ではない時間を作り彼を支えているのだろう。

余談ではあるが、十九も年上のマルティヌスはで、何かと頼りに──基本だったが──したため、アーロンはマルティヌスにも盛大にやきもちをやいては「嫉妬するからやめて!」とむくれていた。


「分かっているけど、やっぱりノアと同じ教室で勉強してみたかったんだ」

机から顔を上げたアーロンはそう言い、ノアがプレゼントしてくれたペーパーウェイトを眺める。

いつもそれは机の上に置いてあり、アーロンが汚れていなくてもよく綺麗に拭いているものだ。

魔力を固めた水晶の中に花を閉じ込めたそれは、ノアが「やってみたら作れた」と言ってアーロンにプレゼントしたものなのだが、「やってみたら」で作れるものではない。きっとノアを好きな加護を与えたり祝福を与えている精霊たちが、力を貸したのだろう。これは、このペーパーウェイトを作ったノアの話を聞いた、国王ゲルトと王妃エレオノーレの見解だ。

ゲルトはペーパーウェイトを前に「……そうかすごい才能であるな」とだけ搾り出すように言ったが、エレオノーレは魔法騎士に憧れ本気でそれを目指していただけに、このペーパーウェイトを前にかなり興奮──王妃の意地で顔には出さない様にしていたが──していた。

もし彼女に自由に話をさせていたら、王妃の仮面なんてになっていただろう。

「ノア、好きだからな……、魔法。絶対に魔法科最難関コースの精霊魔法学科に余裕で進学出来るだろうし、きっと喜ぶだろうし」

ツンツンと水晶を叩くアーロンは、しかしけれども顔は穏やかに変わっている。

「楽しそうにしているのを見ると幸せになるから、うん、諦めよう。でもランチ、それに登下校は絶対に一緒にいよう!」

「婚約者ですから、登下校は一緒になさった方がいいですよ」

「そういう義務的な気持ちだけなら口に出さないよ。したい気持ちが溢れてるから口から出るんだ」

そのまま「学園に入学したら……」とあれこれ想像する主人を見た二人は


(あと一年、こうやって過ごすのだろうか)


となんとも言えない顔でアーロンを見ていた。

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