仲間殺しの雷炎剣
わさび醤油
終わりと始まりの三年後
日帰り追放のはずだったのに
「何で食べちゃうのよ!? あれは今日皆で食べる予定だったのよ!?」
「だから知らなかったってさっき謝っただろ!? それに全部食べたわけじゃないだろ!? ほんの一切れだっつーの!!」
部屋中に響く少女の怒号。それに釣られるように声量を上げ、こちらも言葉を返してしまう。
「もういいわ! 追放よ! つーいーほーうッ! とっとと出て行きなさいッ! アンクのばかッ!! ばかばかばかッ!!」
「あーそうかよ! なら出てってやるよ! 分からず屋の馬鹿セリスっ!」
強く叩かれたテーブル。部屋へ響き、鼓膜を小針で刺すような金切り声。
有無を言わさぬその宣告に、俺はたまらず部屋を飛び出し、そのまま街へと繰り出していく。
「なんでい阿呆セリス! わがまま女! ばーかばーか!」
街中を当てもなく歩き、やがて中央広場の長椅子に座りながら、それでも尚先の彼女──セリスへの愚痴をしこたま漏らし続ける。
同じ村で育った幼馴染のセリス。十二の時に二人で村を出て、背中を預け合った相棒。
そして俺の所属するギルド──
今回の喧嘩の発端は単純明快。俺が冷蔵庫の中にあったケーキをつまみ食いした、ただそれだけだ。
確かに怒るのはもっともだと、最初こそ素直に謝っていたのだが。
阿呆セリスの剣幕は最初の数言で止まるどころか更に強まり、最終的にはつい反論してしまい、その口論の果てにこうして追放となったというわけだ。
悪かったとは思っている。けどさ、あそこまでキレる必要はないとも思う。
大体、ケーキ一切れで何であそこまで怒られないといけないんだ。確かに俺の確認不足だったのは事実だけど、なにもそこまで怒鳴り散らすことはないだろうに。
あーあ。追放って言われたし今日は帰れない……どっかに野宿かなぁ。
「おいおい荒れてるなアンク。せっかくの記念日だってのに、何がそんなにご不満なんだ?」
いきなり出てきてしまったので、一泊出来るほどの金がないことに今気付き。
今夜の寝床について考えていたちょうどその時、俺の名前を呼ぶ飄々とした声へと顔を向ける。
背に二本の剣を携え、両の手にそれぞれ紙袋を持ちながらこちらへと話しかけてきた赤茶髪の男。
彼の名はディード。
「……あ、ディードの兄貴。今帰り?」
「おうよ。で、ついでに使われてんのさ」
にやりと笑みを浮かべながら、指し示すように紙袋を揺らすディードの兄貴。
先日魔物討伐の依頼を受けて街を離れていたのだが、この様子であればどうやら無事に終わって戻ってきたらしい。流石はうちのギルドでも三つの指に入る実力者だ。
三日ほど前に山スライムの討伐依頼を受け、仲間二人と共に出払っていたのだが帰ってきたらしい。
「よっこいせっと。んで、なにしょぼくれてたんだてめェ? あ、また嬢ちゃんとでも喧嘩したか?」
「……した。追放された」
「プハッ、まじかよ。ったく、つくづく忙しねェなおめえらは。何度目だってんだ」
「…………三十三回目」
「多いなァ! ってかなんで覚えてんだよ! 逆に怖ェよ!」
豪快に笑ったディードの兄貴は、よっこらしょと俺の隣へ紙袋を降ろし、そのままベンチへと腰を下ろしてきた。
「で、何が原因なんだ? どうせしょうもねェこったろ?」
「……実はさ──」
話してみと、優しく言ってくれたディードの兄貴へ事情を説明していく。
最初はちょっぴり躊躇いながら、けれど次第にあいつへの不満も混じり勢いを増しながら。
「大体あいつもあいつだよ! たった一切れだぜ? 怒るのは分かるけど、あそこまで怒鳴り散らすこともねえっつーの!」
「ははっ、違えねェ! そらお前が怒るのも分かる! 嬢ちゃんにも非があるわなっ!」
ひとしきり、いやそれ以上に日頃の不満までぶちまけてしまった後、俺の話を聞いたディードの兄貴は腹を抱えて豪快に笑ってくる。
「……なんでそんなに笑うんだよ」
「あァ悪い悪い、お前ら変わんねえなァと思ってよ。……だがま、そんなに怒らねえでやってくれよ。嬢ちゃん、今日に向けて結構気合い入れてたんだぜ? ま、ちと詰めが甘かったとは思うがな?」
ディードの兄貴は俺を窘めながら、小さい方の紙袋から串焼きを取り出しこちらへと渡してくる。
未だ温かみを帯びた肉の塊を頬張ると、肉汁と馴染みあるタレの旨みが口内へと充満していく。
うーん美味い。このタレと熱の残り具合的に、中央通りの定食屋で買ったのろま牛の串焼きってとこかな。
「……兄貴、随分あいつの肩を持つんだな」
「あー……ま、仕方ねえか。よりにもよって今日、このまま拗れられても面倒だしなァ」
俺が少し拗ねながら気になった点を指摘すると、失敗したと苦笑いしてくるディードの兄貴。
言わなかったって何をだ。皆が知っていて、俺だけが知らないことなんてないだろう。
「ちなみにだがよアンク。お前は今日が何の日か覚えてっか?」
「……? 今日は別になんにも? ギルド創設二年目記念はこの前やったしな」
「あーなるほど、嬢ちゃん言わなかったのか。ったく、さては他の連中も愉しんでやがったなァ?」
ディードの兄貴は空を仰ぎ、手を額に当てながら大きなため息を吐き出してくる。
「今日はてめえの十五才、つまり成人の誕生日だろ? だから帰ってこられる奴は全員集まってお祝い会しようって、嬢ちゃんが提案してきたんだぜ?」
「誕生日……あっ、今日ってそうだっけ」
「本人が忘れてんじゃ世話ねえなァ。お前の門出に嬢ちゃんが自分がケーキ作りたいって言い出してなァ? わざわざスーティの菓子屋で勉強してたんだぜェ?」
ディードの兄貴が話した言葉に、俺は小さく声を漏らしてしまう。
セリスがケーキ作りだって……? あの阿呆セリスが? 細かいことが苦手で料理だって強火こそ正義とか抜かしやがる、あのセリスが?
「ま、全部呑み込めとは言わねェよ。事実、嬢ちゃんのミスが原因だしなァ。けど汲んではやりな。お前達は嬢ちゃんの相棒、そして俺達
ディードの兄貴はがしがしと、空いた片方の手で俺の頭を撫でてくる。
無骨で固い、けれども頼もしさに溢れた手。
この手に何度も助けられた。この大雑把さで苦労したこともあったけど、それ以上に何度も俺達を導いてくれた。
そんな人に言われちゃ俺も溜飲を下げざるを得ない。あいつとの喧嘩なんて、それこそ日常みたいなもんだしな。
「……阿呆セリスはともかく、要ってんなら兄貴やトゥエルナさんの方だろ? 俺じゃあんな連中纏められねえもん」
「それは違ェな。確かにうちは曲者ばかり、平時の手綱は俺やトゥエルナが握っちゃいる。だがよ、それでもここ一番はお前達二人が中心。大亀殺しで一躍名を馳せた“
ディードの兄貴はよく俺を褒めてくるが、決してそうとは思えない。
ある村を呑み込まんとした錆色の大亀。その討伐を成し遂げたセリスに──
或いはかつて単身で竜を狩り、その骨で打たれた二振りの剣を操る“
けれど、俺はどこまで行こうが俺だ。
二人で立ち上げたギルドで
そう夢を誓い合いながら、最早セリスやみんなの強さにひっつき甘い蜜を啜るだけの虫でしかないのだから。
「折れてんなァ。……ま、自虐も大概にしろよ? そいつァお前の悪い癖だぜ?」
「……性分だよ。正直、直る気がしない」
「難儀だなァ。お前はこれから……あー、まあこれは後でいいか。どうせなら後で言うべきだしな」
「……何だよ兄貴? もったいぶんなよ」
「ま、内緒だ。後のお楽しみってことにしておくんだな」
兄貴ははぐらかすように再度雑に頭を撫で、それから立ち上がって荷物を持ち直す。
何だよ、気になるじゃんか。そういう誤魔化し方ばっかりだよな、兄貴は。
「んじゃまあ先帰るわ。俺とトゥエルナが団長殿の宥めるのと残りの……あー、ニャルナとルクス辺りか? あの馬鹿共に説教しておくから、気持ち整理してから戻ってこいよな?」
「……ああ。そうするよ」
軽く手を振りながら、そのまま俺に背を向けたディードの兄貴。
その背中を見てあることを思い出し、少し大きな声で彼を呼び止めてしまう。
「なんだよ? ラスト一本はやらねえぞ?」
「違えよ。んなことより、トゥエルナさんと上手くいったのかよ? まだ結果聞いてねえぞ?」
「……お、聞いちゃうか? 聞いちゃう?」
振り向いたディードの兄貴は酒を飲んだ時みたいな笑みを浮かべ、鬱陶しいほど声色を上げてくる。
同じギルドメンバーでありながら、ディードの兄貴と付き合っているトゥエルナさん。
今回の依頼で街を出る前、プロポーズを申し込むと息巻いていた兄貴だったが、その反応だけで大体の察しは付いてしまう。
「おめでとう! 昇格審査前に縁起良いじゃんか!」
「へへっ、あんがとよ。まあまだ内緒な? 今日のパーティーで発表するつもりだからよォ」
照れくさそうに礼を言いながら、上機嫌に去っていくディードの兄貴。
兄貴もそうだが、トゥエルナさんも大恩人であり俺達のチームで名を馳せる実力者。
俺達が出会った当初からコンビを組んでおり、去年から付き合いだした彼らがようやく結婚までいったのだから、そら嬉しくならないはずがないだろう。
「……喧嘩している場合じゃない、か」
来月に控える
俺の誕生日など霞んでしまうであろう今後を前にされては、先ほどまでの怒りなど最早些事でしかなく。
しかしセリスはどうかは分からないので、とりあえず夕暮れくらいまで時間を潰し、それから帰って謝ろうとした──その瞬間だった。
「鐘の、音……??」
鳴り響く。重く轟く、されど心地好い音が。
この耳だけならず、王都全土へ響き渡っているであろう重く大きな金属音。
周囲に鐘を鳴らしている者などいない。そもそも、鐘やそれに近い楽器などどこにも見当たらない。
ならば何故と、そう思う前に一つあり得ない結論に至ってしまう。
それはこの街──王都ニースに置かれたある大きな鐘、通称鳴らずの遺産。
王都建造よりも前よりあったとされ、この百年、或いはそれ以上昔から一度も鳴ることのなかった歴史の残骸。
もしかして、それが鳴ったのか? 外部から干渉出来ない古代魔法によって保護されているはずなのに……まさか、独りでに?
「……とりあえず、行ってみるか」
漠然とした不安と緊張に苛まれるも、冒険者としてその動揺をひとまずは置いておき。
それが本当にその鐘の音かを確かめるべく、立ち上がってすぐさま走り出す。
目的の場所は幸いにしてすぐ近く。俺の脚力も加味すれば、騎士団や他の連中かは早く辿り着くだろう。
道には戸惑いを隠せない人々、恐怖からか声を上げて涙を流す子供。
それらが更に不安を煽ってくるも、それでもまずは状況の確認だと先を急ぐ。
大鐘に近づくにつれ、誰もが答えを知らぬ音は大きくなっていく。
まるで俺の推測は正しいと告げるように。自身を招いてるとさえ、そう感じてしまうほど強く。
そして辿り着き、その景色を見た瞬間──俺は思わず息を呑んでしまう。
周囲で倒れている人達もそうだが、それ以上に異常であった景色。
それは穴だ。未だ鳴り続ける鐘の下に空いた、人より大きな鐘がすっぽり入ってしまう程度の穴であった。
何だあの穴。あんなの、昨日まではなかったはず。
そもそもここは観光地。大きな穴なんてあったら、騎士団の連中がもっと管理しているはず。
……いや、何はともあれまずは人命。倒れている人の容態確認が先だ。
『……おいでおいで』
疑問は一旦捨て、大丈夫ですかと声を上げ、その駆け出そうとした瞬間だった。
声が聞こえてくる。一度と言わず、何度も何度も誰かを招くように。
囁きのようにか細く、おおよそ人とは思えぬ、けれど確かに言葉の羅列であった音が鐘の音をすり抜け俺の耳へと確かに届いてきた。
思考の前に体が臨戦態勢へと切り替わり──懐に剣がないことを思い出し、舌を打つ。
聞き間違いはあり得ない。周辺に倒れている人がいる今、見て見ぬ振りも出来るわけがない。
せめ他の冒険者、或いは騎士団の誰かが到着するまでは。
得物がなく相手が未知だとしても、この場の犠牲を抑えるために動かなければ。それが俺の、
『おいでおいで、仮初めの人。私が持つべき、待ち人よ』
「……何だってんだ、ちくしょうがっ」
警戒しながらも声の方──空いた大穴へと躙り寄っていく。
何時襲われてもいいように。どんな相手でも、返しで一撃たたき込めるように。
だが意外にも妨害はなく、戦闘のせの字も見せることなく、大穴の間近まで辿り着いてしまう。
「……深えな。下水道も貫通してんのか、これ……?」
先は真っ暗。あまりにも深く、黒以外を見つけられないほどの空洞。
まるで闇がこちらを覗き込んでいるかのよう。ないはずの扉が、目の前に現れたみたいだ。
「誰の声だって──」
声の主は愚か、それに繋がる片鱗すら見つからず、つい苦言と呈そうとしたその時だった。
真上の鐘は、まるで何かを見つけたかのように一層音を強め、つい両手で耳を塞いでしまう。
──そんなほんの僅かな一瞬だった。俺の体が、空へ投げ出されたのは。
「はっ?」
抗いようのない落下。地という支えを失った身体は、瞬く間に速度を増して落ちていく。
空が遠ざかる。鐘の音が小さくなる。手を伸ばそうと、世界は俺から離れていってしまう。
『さあ始めよう。見つけよう。真なる器を、いつかの悲願を達成を』
薄れていく意識。身体だけではなく、心すら奈落へと取り込まれていくように。
その最後に聞こえたその声は、先ほどまでとは違いえらく無機質で。
誰かの言葉をそのまま読み上げたようだと、そんな場合じゃないのにそう思ってしまえた声だった。
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