第54話 ホーンの危機

 ストーンと俺は、正門を開かずに裏口から回り込むようにして向かった。


「はー、いずれ見つかるとは思っていたが、しつこい奴だなあ」


 裏道を抜けながらストーンはぼやく。


「今はモンスターもいるし、どうにか追い払わないと」


 門を開けてしまえばすぐに三階建ての建物が目に付くはずだ。

 そこをモンスターたちが出入りしていれば、街の衛兵の矛が向けられるかもしれない。


 強烈な日差しの下で、議長の息子はうなじに汗をかきながら待っていた。二人の騎士風の男を連れてはいたが、孤児院にきた時のような威圧感はない。門の前を右往左往して落ち着きがなかった。


「いい加減、お姫様と会うのは諦めたらどうだ」


 ストーンが後ろから声をかけると、男はビックリして肩を上げた。


「い……いや、違うんだ。今回はベギラス皇女の件ではない。とにかく、話を聞いてくれ……」


 汗で歪んだ髭を直しながら振り向くその顔は、たしかに憔悴していた。


「なんなんだ。契約の件なら、成果を出しただろ」

「……ホーンが……この街が、モンスターに襲われるかもしれないんだ! 力を貸してくれ!」


 議長の息子が近づいて頭を深々と下げる。


「いったい、どういうこと?」


 モンスターと聞いて、思わず俺は尋ねた。

 まさかリオンのことじゃないよな……。ずっと拠点の裏手にある林の中にいたはずだから、街の人間が知る由もない。


 隣に立っていた騎士が前に進み出た。


「私は共和国ホーンの衛兵隊長サイモンだ」


 銀の兜をかぶった男は、四十過ぎぐらいの年齢で顎髭が生えていた。

 黄色と赤のモザイク柄の腕章を右腕に巻き付けていて、左胸には上長を示す階級章がある。おそらく衛兵のなかではトップクラスの指揮官だろう。


「これから話すことは町民に漏れないようにしてほしい。……じつは、北の樹海からモンスターの移動が確認された」


 思わず俺はストーンと目を合わせた。

 リオンと一緒にモンスターを引き連れて拠点に戻りはしたが、誰にも見られてはいないし、なによりすでに拠点の中へ入ってベッドで飛びはねているところだ。

 喫緊のことというには的外れなように感じる。


「そのモンスターがホーンに向かってきているということか?」


 おそらくリオンのことではないと踏んで、尋ねるとサイモンが急に早口になって狼狽える。


「あれがこの街にきたら、とんでもないことになる! 何千、何万のモンスターの群れなんだ! こっちに向かっているのは、その一部。だが、それでも、とてもじゃないが、俺たちでは太刀打ちできない! 頼むから、エベレク殿にも街を守るために戦闘に参加してほしい!」


 サイモンはそのモンスターの群れを実際に見たのだろう。

 ホーンという平和な街の衛兵隊長ではあるが、町民よりはずっと戦闘経験があるはずなのに取り乱すとは、恐ろしい光景だったに違いない。


 と、そのとき正門がギギギッと音を立てて開いた。

 開いた門の中央にマトビアが立っていた。高貴なオーラを身にまとい、ベギラス帝国の皇女たる威厳に満ちていた。


「おおっ……なんと、マトビア殿……!」


 美しさにため息するほど、議長の息子は自然と声が漏れる。

 サイモンもマトビアに膝をついていた。


「話は聞きました。……サイモン殿、モンスターの本流はどこに向かっているのですか?」

「旅商人の話をまとめると、おそらく南に」

「南……帝国に向かっているのですね」


 マトビアはしばらく何かを考えると、俺に視線をあわせた。


「お兄様、世界平和の手始めにホーンを守りましょう!」

「もちろんそのつもりだ。リオンにも協力してもらおう」

「私はすぐにフォーロンに伝文を送ります」


 マトビアは拠点の中央にある受信塔の近くに向かった。

 ちょうど入れ替わるようにして、空から黒い影が落ちてくる。


「よっト、フェア、呼んだカ」


 着地体勢から顔をあげて、銀髪をかきあげたのはリオンだ。


「なっ!」「モンスターだっ!」


 サイモンたちが腰にある剣の柄に手を伸ばそうとする。


「まー、待て。こいつは俺たちの味方だ」

「み、味方!? 魔人が?」

「どういうことだ? 魔人は人間の敵だろ!?」


 リオンは腰に手を当てて頬を膨らませている。


「魔人、魔人いうナ! リオン、ダ!」


 ストーンとリオンの間に挟まれるような形になったサイモンたちは、混乱して目をぐるぐる回す。


「ホーンを守るためには、少しでも助けが必要なんだろ?」


 ここぞとばかりに、俺は議長の息子に決断を迫った。

 リオンを公式に認めてもらうしかない。


「いや……しかし……モンスターに手を借りるなど……」


 議長の息子は頭の中を整理できず悩み続ける。


「まー分からんでもないが、どうやら人間と同じように、モンスターにもいいモンスターと悪いモンスターがいるみたいだな。そして、いま目の前にいるリオンは、間違いなく『いいモンスター』だ」

「……私はエベレク殿を支持します。いまは少しでも味方が欲しい」


 サイモンは初め警戒をしていたが、リオンの人間らしさに気付いてくれたようだ。

 その言葉に議長の息子も同意するしかなかった。


「分かった……。とにかくエベレクが参戦してくれるだけでもありがたい」


 俺たちはホーンの衛兵と共に、モンスターを撃退することになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る