第38話 共和国の繁栄

 初めてのモンスター退治は金貨100枚ほどの報酬となった。

 ほぼストーンが仕事をしてしまったので、受け取った金貨袋をストーンに渡すと、いらないと言われた。


 現役の冒険者だったときの貯えがあるらしい。


「しつこい雇い主が金貨袋を送り付けてくるんだが、それも送り返している」


 あまり金銭のことについては深く考えたことがなかったが、帝国の貨幣価値に換算してみても、皇族の十日あたりの収入より多いんじゃないかと思える。

 共和国のほうが帝国よりずっと栄えているようだ。

 仮にもし、共和国が一致団結して帝国を攻めたらどうなるのだろう……。もし、ストーンやアーシャが共和国の傭兵になり帝国兵と戦うことになれば、互角に戦える者などいるのだろうか……?



 孤児院に着くと、見知らぬ集団が玄関前に群がっていた。

 軽装だが全員武装しており、中心にいる中年の男は派手で真っ赤なマントを装備していた。

 

 玄関先で応対していたのはスピカだ。


「そう言われましても……マトビア様はお忙しいですし……」


 マントをつけた男と話している。スピカは眉をしかめて、苛立ちを募らせているようだ。


「一目でもいいですから、ぜひ!」

「困ります……」

「私の身分は、共和国議会の議長の息子なのですよ。それを拒むとはどういうことかお分かりか」

「しかし、マトビア様が会いたくないと言われているので」


 俺たちに気づいたマントの男は振り返ると、貼り付けたような笑顔でストーンに握手を求めた。


「よう、伝説の冒険者様のお帰りだ! やっと復帰してくれるようだな」


 しかしストーンは握手を拒んだ。

 顔見知りではあるが、ストーンは嫌っているらしい。


「俺の屋敷に何の用だ?」

「私の耳に帝国の姫君が現れたと入ってね。追ってみたら君の孤児院にいるそうじゃないか」

「……」


 マトビアがいることがバレたのか。

 それでスピカがキレそうになっていたんだな。


「ここにいるよりも、私の城のほうが安全だから、匿ってあげたい。同意してもらえるかな」

「そんなわけにはいかない。俺の客人なんだぞ、勝手なことしたら、ただじゃ済まないぞ」


 ストーンの漏れ出た苛立ちに、場の空気が引き締まる。


「し、しかしな……姫君は私の婚約者なんだぞ。君はマトビアの何なんだね? マトビアと会うこともできないこの状況で、いくらストーンでも筋が通らないぞ」

「……」


 この貴族かぶれが議長の息子? マトビアの婚約者なのか?

 ……マトビアが国外逃亡を図ってまで結婚を拒む気持ちが分かる。鼻にかかった物言いを聞いて、帝都にいたときにたまに会う腐れ貴族たちを思い出した。


「俺はマトビアの兄だ」

「へっ? ……マトビアの兄……っということは、帝国の皇子?」

「いまマトビアが一番恐れているのは、このように共和国内で注目を浴びることだ」


 妹を変なマントの男に渡すわけにはいかない。

 こういう輩は権利をやたらと主張したがる。多少危険になっても、身分を明かして拒む必要がある。


「た、たしか、帝国で廃嫡になった皇子がいたが、それがまさか……あんたか」

「悪かったな、皇子じゃなくて。だが、マトビアの兄であることには変わりない。ここはお引き取り願おう。そして、このように騒ぎ立てて、マトビアを困らせないでほしい」

「……くっ!」


 議長の息子は悔しそうな顔で、馬に乗り町に戻っていった。


「だいぶん、因縁をつけられてしまいました。すみません」


 ストーンの雇い主ということもあり、影響は避けられない。俺は謝ると、ストーンは首を振った。


「あいつのやり方は嫌いだなー。俺はあいつの父親がいい奴だったから契約したんだ。父親は亡くなったのに、あいつはずっと契約を解除しない」


 マントの男はストーンの雇い主ではあるが、ストーンの本意ではないようだ。

 一部始終を見ていたアーシャは暗い表情になっていた。


「マトビア様がここにいるってバレてしまった以上、孤児院では警備の面で不安があるわね」


 共和国でも情報が広がるのは時間の問題だろう。


「移るか。拠点に」


 以前話していた拠点の買戻しは、すぐにでもできるようだ。


「……マトビア様があの殺伐とした拠点に住めるかしら……」

「とはいえ、ずっと俺たちがついているわけにもいかないだろうし」

「まあ、拠点の方がずっと守りやすいしね……しょうがないわ、ちょっと私が改築しちゃおうかしら」


 ブツブツいいながらアーシャは孤児院に入っていった。


***


 ホーンの町と飛行船の停泊地を結ぶちょうど中間にストーンたちの拠点はあった。

 母とストーンとアーシャで、戦いの準備と訓練をしていた拠点。

 そして昔、ストーンが冒険者稼業をやめてから、売ってしまった土地だ。


 ゆるやかな丘を登ると、四角い建物が見えてくる。


「あっ! あれは……もしや!」


 スピカにおんぶされたマトビアが、何かを見つけ大声を出した。

 少し進むと、たしかにフォーロンで見た受信塔がある。


「たしか……フォーロンの爺さんが母と伝文でやりとりしていたと言っていたな」


 フォーロンを脱出するときに持たされた送信器のことを思い出した。


「すごいですわ、これで帝国と情報をやりとりできます!」

「まあ、壊れてなければね」

「ああ、そうでした……あれから何年も経っていましたね……でもお兄様でしたら直せますよね」

「まあね」


 敷地内は格子状の木材に囲まれて、訓練用の広大な土地がある。


「なつかしいな」


 ストーンは敷地内に唯一ある建物に向かっていった。

 頑丈な観音開きの扉を開けると、だだっ広い工場のような空間がある。

 

 たしかに、アーシャが言っていた通り、殺伐とした風景だ。

 ここで寝泊まりできるのか?


「マトビア様はこちらにどうぞ……」


 工場のなかに急遽作られたのだろう、大きな木材の壁があり、女性専用になっているようだ。


「女以外はこの扉を開いてはならぬ……開いたものは、麻痺パラライズの餌食となるであろう」


 アーシャが俺とストーンをにらんだので「ひっ!」と一歩下がった。

 女性たちは壁の向こうに行き、俺はストーンに案内されてミーナが使っていた部屋に案内された。


「ミーナの部屋はここなんだが」


 ドアをあけようとしても鍵がかかっている。


「この通り、ミーナが鍵を持ったままなんだ。……まあ、力任せに開けていいんだったら開けるが、いいかね?」

「あ! ちょっと待ってください!」


 開錠アンロックを唱えると、カチャッと鍵が開く音が聞こえた。


「おー、すごい。便利な魔法ばかりだな」


 ミーナがストーンたちと別れてから、長い間、誰も入ることがなかった部屋だ。

 母のすべての秘密がここにあるに違いない。

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