第34話 ライセンスを作ろう2

 翌朝、スピカが部屋に食事を運んでくれた。

 子どもたちは大食堂で朝ご飯を食べており、アーシャが客人用に個別に用意してくれたらしい。

 質素なものだったが、スノウピークのつららパンよりは何倍も小麦の香りがして美味かった。


 食事を終えると今度はアーシャがやってきた。


「ギルドに行きましょうか。マトビア様と召使いの女性は屋敷に残るってさ」

「そうですね。二人は少しこの屋敷に滞在させてもらいたい」


 騒動を起こしたギルドに連れて行くのは危険だし、子どもたちはアーシャのことを好きみたいだから、きっとここは安全なんだろう。


「まあ、私はずぅっといてもらっても構わないんだけどね。子どもたちも大好きだって言うし、私も目の保養になるし」


 冗談を言っている風には見えないところが怖い。やっぱり、独立して生計を立てないと。


 庭に出ようとエントランスを歩いていると、中央階段から鈍い音と一緒に何かが足元に転がってきた。


「あいたたた……」


 転がってきたタルのようなものはストーンで、後頭部を抑えながらなんとか立ち上がる。

 布の服がはちきれんばかり横に広がり、胸のボタンが上から二番目まで開いている。


「昔の鎧は装備できなかったんだよね。おかげで、わき腹を殴打しちまった」

「運動不足ここに極まれりって感じね」


 呆れたアーシャはストーンの身なりをみて腰を指さした。


「あれ、あの剣は持って行かないの?」

「探したんだが、見つからなかった。倉庫も探したんだがな」

「あれがないと、ストーンって分からないんじゃないかしら?」

「いや……さすがにそれはないだろ」


 なんのことかさっぱり分からないが、ストーンは武器無しでギルドに向かうことになった。


 夜中に訪れたギルドに再びやってきた。

 昼間のギルドは大勢の人が出入りしている。窓口にも列ができて、受付の順番を待っていた。相変わらず入口にはギルドの守衛みたいな男たちがいて目を光らせている。

 俺は夜の騒動の張本人ということもあり、ストーンの背中に隠れながら辺りを窺う。隠れる背中が広くて良かった。


 受付の順番が来ると三人で窓口に向かった。ちらりとストーンの打撲したわき腹から受付嬢を確認すると、夜の受付嬢ではないようで安心する。


「どのようなご用でしょうか?」

「あー、こいつをギルドに登録したいんだが」


 ストーンは俺の背中を押して前に出した。


「新規ライセンスの発行ですね。ではその方の身分証を」

「身分証はないが、俺が保証人になる」

「はぁ?」


 受付嬢は頭を傾げると、ストーンとアーシャをじっくり見る。


「失礼ですが、保証人には国の公的機関の認証を受けた者しかなれません……見たところそのようには思えないのですが」

「ストーン・エベレクだ。雇い主の権限で十分だったはずだが……」

「……えっ」


 受付嬢は目を大きくして驚く。


「ストーンさんですか……! ええっと……失礼しました……!」


 何度も頭を下げる受付嬢を不思議に思った冒険者たちが、俺たちを遠巻きにして注目しだした。


「いいから、まあ落ち着いてくれ」

「ストーンさんが長い間お休みだったので、雇い主の国の機関からたくさんの依頼が山積みになっているんです!」


 焦っている受付嬢は、慌てて依頼票の綴りをめくる。すると、密かに驚く声が聞こえる。


「……雇い主が国とか、何者なんだ……」

「……ストーンってあの伝説の……?」


 どうやら、共和国でストーンは名を轟かせているらしい。それがどういう経緯で有名なのかは分からないが、少なくとも畏怖される対象であることは間違いないようだ。


「おい! そこのデケェの!! ストーンなら、いつか俺がぶったおしてやろうと思っていたんだ」


 入口に立っていた守衛の男がストーンを指さしてケンカを売ってきた。

 たしかこいつは夜のギルドで「俺はギルドに雇われてるんだぜ!」と威張っていた奴だ。


「はー、だからギルドには来たくなかったんだよな」

「しょうがないじゃない。あんたのファンにサービスしてあげなさいよ。ほら!」


 気だるく肩を落とすストーンをアーシャは一喝した。

 振り返るとストーンは背筋を伸ばして、バキバキと背中の骨を鳴らす。猫背だったのか、背丈がぐっと伸びて守衛の男を見下ろした。


「誰が! 誰が! ぶったおすだって⁉」


 別人に変貌したストーンに、俺は一歩さがった。

 急にどうしたんだ。


 ストーンの声でビリビリと一階が揺れた。冒険者たちはヒッと声をあげて、一歩さがる。守衛の男も威圧だけで全身鳥肌が立ったようだ。


「お前みたいなちっせぇ奴が、俺を倒すってのか⁉」

「え、えっ……アア……」


 どしどしと守衛に近づくと、ストーンの胸に守衛の頭が当たった。


「ひねりつぶすぞ」


 真っ青になった守衛はその場で失禁して、しりもちをついた。

 額に血管を浮かばせて、獣のような顔になったストーンは、辺りを睨むとその先に道ができる。冒険者は右往左往して、気づけば受付嬢以外に誰もいなくなっていた。


「やりすぎでしょ! 馬鹿じゃないの!」


 アーシャはジャンプしてストーンの頭を叩いた。


「えー、だってアーシャがサービスしろって言ったから」


 ストーンは力を抜くと、へなへなとまた猫背の中年太りに戻る。


「限度ってものがあるでしょ。もう……。また役人に絡まれる!」


 アーシャは急いで俺のライセンスを作るよう受付嬢に伝えると、あっというまに出来上がった。


 さっさとギルドから逃げようとアーシャに急かされて、とりあえず人の多いメインストリートに向かった。


***


「さっきのストーンさんの声、すごかったです」


 威圧に気迫があって恐怖を感じたのは事実だ。男としてちょっと見直した。


「ストーンは激しい戦い方をしていたからね」

「はははっ、恥ずかしいなー。もう何年前かなー」


 ストーンとアーシャは仲間だったようだ。元ギルド冒険者で、受付嬢はストーンの雇い主は国だと言っていた。そこに母が関与している気がしてきた。


「母のマリアのこと、本当にご存じないですか?」

「んー。分からないなぁ……。俺は酒のせいで記憶がやられているかもしれないが」

「私も聞いたことないわね」


 母との面識はないのか。

 ただ、頼れと言われる理由がなんとなく分かってきた。過去に活躍した冒険者なんだなきっと。もしかすると、ストーンに関わる仲間たちに、母との接点があるのかもしれない。


「それで……フェア皇子は何の依頼を受けるの?」

「アーシャさん! ここで皇子はまずいでしょ!」


 ふと急に出て来た単語にアーシャを注意する。


「あ、ごめーん。つい出ちゃった。じゃあ、フェアでいい?」

「だめです。クリスでお願いします」

「了解! クリスね!」


 ……いつか共和国の役人にバレるんじゃないか心配だ。

 そういえば雇い主が共和国ということに、周囲の冒険者も驚いていたな。


「あの……雇い主ってなんですか?」

「雇い主というのは、そうねー……。優秀な冒険者を定期的な賃金支払いで、優先的に依頼をこなしてもらう、お得意様って感じね」

「まー、普通はギルドに依頼が舞い込んできて、それをフリーの冒険者が請け負っていくわけだ。ところが、ある勢力……たとえば商会だったり教会とかの依頼をやって名を上げると、目をつけられて特別な依頼がくるようになるわけだ」

「で、依頼主も使える冒険者だわねーって思えば、直接雇って、懇意にしたいというわけ」


 なるほどね。

 ビードルはスノウピークが雇い主で、守衛の男はギルド、そしてストーンは共和国というわけか。

 どの雇い主かで、冒険者に箔が付く。そのためには、特定の雇い主の依頼をこなさなければいけない技量が必要というわけか。


「雇い主がつけば、生活が安定するし、強い冒険者として認められるということですね」

「……まあ、そういう面もあるが、それだけじゃない。雇い主によって、特典みたいなものがついてくる。たとえば、商会であれば武器が安くなる。教会であれば魔法収集がやりやすくなる」

「国であれば、身分証無しでライセンスが作れるようになる」

「そうだな。……それに、いままで行けなかった場所にも行けたりしてな。まあ、どうせやるなら雇い主を気にしてやってみたらどうだ?」


───

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