第31話 ライセンスを作ろう

 日が沈み暗くなってから、三人で飛行船を出た。帝国と違ってモンスターがいるので、三人で行動したほうがいいだろう。

 フォーロンから持ってきたフード付きのローブを着て、なるべく目立たないようにはした。


「『暗視ビジョン』」


 暗闇でも視えるようにすると、いつものようにスピカがマトビアの乗り物と化する。慣れすぎて互いに何も言わないのがすごい。あまりに自然なので、スピカがだんだん牝馬に見えてきた。


 町に近づいてみてわかるが、ホーンの外壁は高い。

 一番近い門では、衛兵が二人いて槍を武装している。茂みの中で隙を窺っていると、町に入ろうとする馬車がやってきた。


 守衛が前後挟むように検分する。

 商人なのか、小太りの男が守衛の手にカチャカチャする何かを握らせた。


「賄賂は帝国も共和国も同じですね」


 金で解決か、分かりやすいな。だが残念なことに俺たちに賄賂を渡せる余裕はない。

 商人が去った後、ホクホク顔になった守衛の緩んだ脳の隙をついた。


「『催眠スリープ』」


 もともと眠かったのか、あっさり二人とも意識がとんで倒れた。


 門を通って続いている道は、真っ直ぐにホーンの中央に伸びている。

 街灯のランプが均等に配置され、馬車二台が同時に通れそうな幅の広い道を照らしていた。

 

「表通りは目立つな、裏道を行こう」


 夜にも関わらず、表通りを歩く人がちらほらいる。

 高い壁沿いの暗がりの道を行き、迂回することにした。


 ギルドの場所は、計らずも、ホーンの上空を飛んだ時に鐘塔の近くにあることを確認済みだ。


 三人で静かに歩いていると、建物から談笑する声や音楽が聞こえた。

 どうやら、この建物は酒場らしい。


「聞いたことのない音楽ですわ」

「しっ……」


 口に人差し指を当てた瞬間、裏口のドアが音を立てて勢いよく開いた。


「盗み食いしやがって!」


 人影が飛び出たかと思いきや、壁に激突して倒れた。

 よく見れば子供だ。


「ううっ……」


 子供は背中を強打したようで、呼吸ができなくなっている。目が虚ろになって動けないようだ。

 裏口から料理用のナイフを握り締めた男が、ゆっくりと子供に迫った。


「助けましょう!」

「待て、俺が行く」


 男は声に気づくと、こちらを見つけて体を向けた。酒場の室内ランプがナイフに反射する。


「『風力エアー』!」


 ナイフの柄の部分を切り落とすと、続けざまに男全体に風力エアーを浴びせる。

 男は後ろに吹っ飛ばされ酒場の中に強制的に戻された。あとを追うように扉がバタンと締まる。そして料理やコップをひっくり返したような大きな音が聞こえた。


「さすがお兄様! さあ、逃げて……」


 と、振り返って子供の姿を探したがどこにもなかった。


 すると、逆の酒場のほうから男たちの怒鳴り声が響く。


「まずい、さっさと逃げよう」


 夜道を急いで駆け抜けた。

 ギルドの裏手について身を潜めたが、男たちが追ってくる様子はない。


「危なかった……しかし、帝都より治安が悪いな……」

「子供をあんなふうにするなんて、許せないですわ」


 事件に急に巻き込まれてしまった。

 はやく目的のギルドでライセンスを作って稼がないとな。

 金がないと、この町では苦労しそうだ。

 

 一旦身なりを整えて、ギルドの建物に俺だけ入ってみることにした。

 

 四階建ての木造建築で、一階は夜にも関わらず数人が掲示板の前に立っていた。

 いたるところにオーク材が使われていて、質素ながらもしっかりした造りだ。装飾彫りなどはなく、シンプルさと頑強さを求めたのだろう。

 奥に受付があり、三人の女性が座っていた。若い女性といっても俺よりは年上で、二人は忙しそうに何か手仕事をしていたので、端の一人に近づいた。


「ご用はなんでしょう?」


 網のように板が交錯して組まれた、衝立のある窓口の向こうで、女性がにこやかに尋ねてくる。


「ライセンスを取りたいんだが」

「ギルドライセンスですね。新規ですか変更ですか?」

「新規で」

「では、身分を証明するものをいただけますか?」


 え?

 身分を証明するものね……。あるわけない。


「ああ、いまちょっと持ち合わせてなかった。またあとで来ます」


 と伝えると、窓口の女性が眉をしかめた。


「それはどういう意味でしょうか……? 身分証を携帯していない?」

「ああ、ちょっとまた……」


 まずいな……。ギルドでライセンス作るのってこんなに厳しいの?

 ビードルにもっと詳しく聞いておくべきだったな。いや、そもそも俺たちの事情を知らないビードルを頼っても仕方ないのか。

 いろいろとルールが帝国と違っていて困る。


「少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 女性は立ち上がり鋭い目つきになると、誰かに視線を送る。その先にはギルドの入り口に立つ二人の男。

 二人とも鋼鉄の鎧を装備して鞘付きの剣を携えている。

 すぐさま、ギルドから出ようとしたが、牽制するように男二人が立ちはだかった。


「兄ちゃん、おとなしくしとけ。俺はギルドに雇われてるんだぜ!」

「じっとしとけば、殴ったりしない。弱い者いじめは嫌いだからな」


 頭一つ高い二人の男がゆっくりと近づいてくる。

 

 身分証を携帯していないだけで捕まるのか。帝都とは比べられないぐらい厳重だ。

 そして、ギルドは町の規則も取り締まる警らみたいな役割もあるってことなのか。

 

 ギルドからも追われることになるのはつらいが、ここでつかまって帝国側の人間だと気づかれるほうがマズイ。まして敵国の元皇子とか。

 ここは多少強引にでも逃げるか。


「『暗闇ダークネス』」


 唱えた瞬間に一階の明かりが消えて、すべてが黒に染まった。


「んあ⁉ なんだこの魔法は?」

「くそっ、目が見えない」


 後ろにいる受付嬢たちも悲鳴を上げている。

 巻き込んで申し訳ないが、傷つけるわけではないので勘弁してほしい。


 一階がてんやわんやになっているうちに、俺はこっそりギルドから出た。

 しかし、出てからすぐにギルドの建物の二階、三階と明かりが灯り、窓に人影が映る。


「敵襲! ギルドが攻撃されているぞ!」

「応戦せよ! 雇われ冒険者はさっさと応戦しろ!」


 違う違う。攻撃したわけじゃない……。

 

 ダダダッと階段から大勢の足音が聞こえる。

 ギルドの裏手に戻って、スピカとマトビアの姿を探した。


「すぐに逃げるぞ!」


 しかしスピカとマトビアは裏手からいなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る