第30話 田舎町ホーン?

 スピカがとうとう限界を超えて何も喋らなくなったので、俺たちはカチカチに凍ったパンだけを購入して飛行船に戻った。


 客室の暖炉に火をつけると、スピカがまだ小さな炎に手をかざす。

 手、燃えるんじゃないか……。

 

 雪猿たちに荒らされた形跡もなく、とりあえずほっとした。


「『浮揚レビテーション』」


 ギシギシと飛行船が体を起こして、ゆっくりとゴンドラの傾きが水平に戻る。

 風力エアーでタービンを回すと、離陸可能な状態になった。


「今度こそホーンへ向かうのですね」


 客室の窓からマトビアが顔を出した。


「そうだな。ストーンに会ってみよう」

「……疑問なのですが、どうしてお兄様はストーンという方に会いたいのですか?」


 そうだな。改めて聞かれると、何のために会うのか分からない。母の導きに従っているが、俺自身はどうなんだ。

 母の日記では世界の平和のためにとあるが、べつにそんな高尚な気持ちは俺にはない。

 たくさんの設計図を残し、この世界の結末を知っていた母。一番近い存在だったのに、今では何ひとつ知らないように思える。


「まあ、母を知るためかな……。旅には目的があったほうがいいだろ。それに」

「帝国には帰れないですからね」

「母はフォーロンにいる間の数年、ストーンと会っていた。ここで何をしていたのか、聞いてみたいな」

「ビードルさんの反応からして、あまり堂々とストーンさんの名前を出すのはよくないですね」


 そうだな。ストーンっていったい何者なんだ。


「元ギルド冒険者って言ってたな。とりあえず、ホーンのギルドに行ってみるか」


 レバーを引き、プロペラを回すと飛行船はホーンに向けて飛び立った。


 方角を固定してしばらく席を外す。

 客室に入ると暖炉の火が消されていた。気温はスノウピークにいたときより、ずっと上がっている。


「スノウピークではご迷惑をおかけしました」


 顔色の戻ったスピカが頭を下げる。


「あれは俺の準備ができていなかったことが原因だ。スピカは特に災難だったな……」

「いいえ……本来、食事を用意することが侍女の役目ですので。それをないがしろにしていた私に咎があります」

「まー、あのときはバタバタしていましたからね。どうしようもないですわ」


 デウロンが追ってくるとは思っていなかったからな。まあ、そこを想定していなかったことがあまかったのだが。


「ところで、銀貨をもらったんだが、共和国の貨幣はほかに何があるんだ?」

「低いほうから銅貨、銀貨、金貨です。それぞれ十枚が一枚になって価値が上がります」


 さすが手紙魔のマトビアだ。情報通がいると助かるな。


「スノウピークでは銀貨一枚で、つららみたいなパンを五個買えたということは、銅貨二枚でパン一個というわけか」

「帝国と比較すると、おおよそ、金貨一枚あれば宿を借りれる計算ですね」


 帝国での相場を知るスピカの通りだとすると、手持ちがかなり不安だな。

 宿なしの貧乏旅だ……。


「まあまあ、そんなに落ち込まないでくださいな」


 マトビアがポンポンと俺の肩を叩く。


「ギルドに登録して依頼をやってみるか?」

「楽しそうですわね!」


 気を遣っているわけではなくて、本音のようだ。


「姫様には少々危険ではありませんか?」

「もちろん、マトビアがいるから安全な依頼だけにしよう。さっきスノウピークでちらっと依頼を見たんだが、草花の採取や、物資の運搬なんかもあるようだ」


***


 飛行船は草原地帯を飛ぶと、点々と民家や家畜の群れが見え始めた。


 田舎だな。フォーロンより田舎だ。


 すると眼下にフォーロンのような町が見えてきた。

 石壁に囲まれた畜産業の町だ。

 羊とか鶏とかを飼っている。用水路があり、沿うように小麦畑が広がっているな。

 

「あれはなんでしょう……?」


 下の方ばかり見ていたが、前に視線をずらすと地面から何か突き出ている。


「塔だ。しかもかなり大きい。ん……? 家が密集しだしたな……」


 次第に農地はなくなり、町の壁は高くなる。

 大きな川が見えて、その周辺に家が密集し始めた。


「おいおいおい……どこが田舎の町だ……」

「あ、あらあら……」


 アウセルポートを超える人口だろこれは。

 時間を告げる大鐘を備えた立派な教会の塔と、その横に立派な木造建築物らしきものも見えた。

 何人もの人が俺たちの飛行船を見上げて指さしているじゃないか。


「この付近には着陸できないな。少し離れたところにしよう」


 ホーンに続く道には馬車が走っているので、道から逸れた川の上流に位置する森を目指した。

 ちょうどよい窪地があったので、そこに飛行船を着陸させた。


「ほんとうに議長の息子とやらの情報は正しいのか?」

「私は手紙でやり取りしているだけですので、それをお伝えしたまでです」

「フォーロンぐらいの町って書いてあったのか?」

「いえ、田舎の町だったかと……」


 ふーん。田舎の町ね。

 城を除けば、帝都ぐらいあるんじゃないか。


「ホーンの住民を騒がせたから、少しほとぼりがさめてからのほうがいい。夜に忍び込んで、ギルドまで行こうか」

「では、変装したいと思います」


 そうだな、モンスターもいるし飛行船にはおいていけない。

 しかし、なんで議長の息子とやらは嘘の情報をつかませたんだ。信用ならんな。

 中立的な町というのも嘘なのかもしれない。

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