第21話 ルルカ・フォーロン

 翌日、朝食の席につくと、目の前にショートの黒髪の女性が座った。


 ランチの時にはいなかった女性だ。どこかで会った覚えもない。だが、着ている服や佇まいからして身分の位が高そうだ。

 小柄で顔も小さいが、目つきや落ち着いた表情から、俺と同じぐらいの歳と思える。


 やや険しい顔つきでマトビアと対照的だな。

 髪の横につけた大きな白のリボンが、彼女のきつい印象をやわらげていた。


「ルルカも朝食に来てたのか」


 ジョゼフが一番奥の席に着く。

 ルルカと呼ばれた女性は、俺よりも格上の席についている。まあ、先に席をとられていたので、しょうがないのだが。


 マトビアとスピカはまだ来ていない。

 旅していたときもそうだが、彼女らの朝は遅い。


「お爺様が、また変な客人を屋敷に上がらせていると聞いたので」


 困った顔をしたジョゼフだが、小さくため息をつくだけで注意したりはしない。


 なかなか、初対面にして言ってくれる。

 怖いもの知らずのご令嬢といった感じだ。


「フェア殿、彼女はルルカ・フォーロン。わしの養子だ」

「はじめまして、フェア・ベギラスです」


 自己紹介した途端、ルルカは眉をしかめた。


「ベギラス⁉︎ まさか、逃亡した第一皇子⁉︎」


 しっかり、うん、と頷くと、まるで蛇を見るような仕草で、俺から遠ざかる。


「お爺様、これはどういうことですか? 彼を匿うということは、帝国を裏切るということでしょう!」

「まあまあ……ルルカ落ち着きなさい。フェア殿がここにいることは帝国もつかんでない。それにわざわざ、こんな辺境まで、兵を送るほど、今の帝国に余裕はない」

「それは、お爺様の憶測でしょ! すぐにこの男を捕らえて、ベギラスに送り返すべきです」


 たしかに、もしものことを考えれば普通の領主はそうするだろう。逃亡犯をかくまうメリットなんてないからな。


「ルルカ、フェア殿はわしの家族なんじゃ。そんなことは、絶対にしない」

「……」


 鋭い目でルルカは俺を睨み、席を立つ。今にも食堂を出ていきそうな勢いだったので、俺は手を上げてルルカを止めた。


「じつは、俺もここにずっといるつもりはない」


 二人の会話に割り込んだ。


「ん? それはどういう意味じゃ?」

「昨晩、母が作っていた飛行船が見つかって、それを修理したらフォーロンを出ようかと」


 まあ、俺がいると問題を引き起こしそうなので、ちょうどいいだろう。


「わしはフェア殿がここにおっても困らんのじゃが……」

「出ていってもらえるのでしたら、それが一番です」


 ルルカはジョゼフ爺さんのお目付役みたいなものかもしれない。爺さんは人が良すぎるからな、ルルカの言っていることは分かる。……とはいえ、言い方が腹立たしいが。


「ただ、飛行船を修理するためには、少し材料が足らなくて。それが手に入るまでのあいだだけ、滞在させて欲しい」


 何か言おうとしたルルカだったが、ぐっと堪えて部屋を出て行く。

 

 いざ嫌われる側になると、想像よりもきついもんだな。元皇子だったこともあり、領地を守る責任があるルルカの気持ちは、よく分かるが。


「あと、マトビアとスピカは置いていこうかなと。俺の旅は安全ではないし、マトビアとスピカは何の罪もない」

「そうか。まあフォーロンに残るかベギラスに戻るかは、皇女様に決めてもらうとしようかの」

「それで……飛行船の件については、マトビアたちには秘密にしておいてほしいんだが」

「それはまた、どうしてじゃ?」


 今までの船旅で十分過ぎるほど味わっている。


「マトビアは好奇心が強すぎる」

「なるほど、ハッハッハッ!」


 カゴの中の鳥のように育てられた皇女が、町中を飛び回るところを想像したのか、爺さんは口を開けて笑った。


「飛行船でどこか行くとなると、無理やりにでもついてきそうだ」


 まあ、現にそうなったわけだが。

 笑い事じゃないぞ爺さん。ついてこられた側は、大変なんだから。


「まあフォーロンでよければいつまでもいればいい」


 本当に太っ腹だなジョゼフ爺さんは。普通の貴族なら帝国の皇女なんて手元に置いておくのが怖すぎて、すぐに強制送還させると思うが。

 ルルカが口喧しくなる理由が分かった。


「フェア殿、ルルカのことは、大目にみてやってくれ。フォーロンのことを大切に思ってああいう態度をとっているだけなんじゃ」

「次期領主として、正しい態度だと思う。ジョゼフ爺さんも、見習ったほうがいいんじゃないか」


 大笑いした爺さんは「間違いない」と言った。


***


 修理に必要な材料を商人に発注して届くまでの間、何かフォーロンで役立てることがないか町を見て回った。


 食料品店の前で籠を下げた女性が、野菜を選んでいる。白いリボンが陽光を反射して目立っていた。


「あ、いた。ルルカお姉ちゃん」


 小さい女の子がルルカの足元に走ってきて、シロツメクサの花冠を受け取っている。

 いい笑顔で、食堂のときとは別人みたいだ。


 笑えばマトビアみたいな高貴オーラが出るんだな。……まあ、マトビアに並ぶことはないが、ちょっとだけ似てるな。


 町の中央にある役場に入ると、広い部屋があるだけで中は誰もおらず、がらんとしていた。


「何か用ですか⁉︎」


 後ろから急に声を掛けられてびっくりした。

 気配のないところから大声だすなよな……。


───

面白かったら、フォロー、★、♡応援いただけるとうれしいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る