第二章

第20話 空への導き

 一人で丘を下ると、麓の町についた。

 夜ということもあり民家から弱い光が見えるだけで、辺りは暗くひっそりとしている。


 母の導きの在処をあまり人に知られたくはない。町の中を通らず、迂回していくか。


 牧場の柵を越えて、人のいない広い牧草地を通り抜けると、森の中に入った。


 なんにも視えん。月明かりって意外と重要だな……。


「『光明ライト』」


 さすがに暗すぎて何も視えないので魔法を使う。

 母の遺品は、このあたりを示していた。


「見た感じ、何もないな……」


 少し開けた野原に大きな岩があるだけだ。


「地図を読み間違えたか? 解読した地図が裏表逆とか?」


 うう……。蚊とか虫とかいる。まさか狼とか出てこないよな。

 一人で夜に出歩いたことがなく、まして森の中など尚更だ。不気味で恐ろしい……。


 探索したが何も見当たらず、真ん中の岩石に腰を下ろす。

 岩に座ると、手を置いた場所に何か削られたような痕があった。


「これは、地図のバツ印……」


 間違っていない。

 母マリアが導いた場所はここだ。地図の印と一致した。


 しかし……どうすればいいんだ。


 叩いてみたり、岩を押してみたりしたが何も起きない。


「……引き出しの開錠、日記を透かすための光明……どれも魔法で解決できた。ならば……『浮揚レビテーション』!」


 ゴゴゴッ……。

 埋没していた岩が、ゆっくりと浮き上がる。

 と同時に、冷たい空気が岩の底から漂って来た。


「これは……!」


 どかした岩の底は丸い穴になっていて、縄梯子が下ろされていた。


 一体どれだけ深いのか。

 光明ライトで中をみても、底が見えない。


 足をかけてみて梯子が壊れないかチェックしたあと、ゆっくり降りていく。

 地面に着いて洞穴のような通路を少し歩くと水の音が聞こえる。


 だんだんと水の音の激しさが増していく。

 パッと開けると、突然、水の音が轟音になった。


「『光明ライト』」


 複数の光体を飛ばす。

 丸い光体は蛍のように辺りに散っていき、光を放った。


 天井がない巨大な空間――。


 水量のある大きな滝が地底湖におちて水しぶきを上げ、鍾乳石が岩壁を装飾するように生えている。


 そして、湖に浮かぶ島に着陸している巨大な乗り物。


「すごい……」


 湖と孤島を繋ぐ木の橋を渡る。


 おとぎ話に出てきそうな幻想的な場所だな。ふつうに聖剣とか刺さってそうだ。


 近づくと乗り物の大きさが桁外れに大きいことが分かった。

 まるで屋敷ぐらいの大きな風船。そしてその下に設けられた乗船部分。

 おそらく上の風船のような気嚢部分で浮遊力を得るのだろう。そして一番底にある、乗船するゴンドラ部分で操縦する。

 そのゴンドラの両方に付けられたプロペラの大きさも人ぐらいあり、それで方向転換したり離発着するのかもしれない。


 木製のゴンドラに入り、光明ライトで照らすと、長年放置されていたせいかホコリが空中を舞う。


 うわー……。ホコリがすごいな……。あとで掃除するか。


 中は客室と操縦室、そして動力室に分かれていた。

 魔力走行船に動力室を足したぐらいで、そこまで広くはない。


 上の風船部分がめちゃくちゃデカいんだな。


 操縦室には、操舵があり固定された船長椅子があった。椅子の上には、船長の本なのだろうか、手に取って読んでみた。


「これは飛行船というのか。魔力走行船のように魔力によって動く……」


 この乗り物の操縦方法がマリアの字で書かれている。今までの設計のなかで飛びぬけて大きく、様々な技術が詰め込まれていた。


 いったい何十年かけて造ったのだろうか。

 母マリアの気の遠くなるような失敗と成功が綴られていた。


 最後のページを開くと、俺宛のあとがきがある。


『愛するフェアへ――この飛行船をあなたに贈ります。帝国と共和国の双方の平和のために、使ってください。そして北の町ホーンのストーン・エベレクを頼りなさい。きっとあなたの力になってくれるでしょう』


 平和のため……。

 母は生前、様々な設計図を作ったが、どれもすべて平和のためだった。風力を利用した風車に、水を浄化する上下水道施設。


 もし母がジョゼフ爺さんに言ったとおり、共和国に帝国が負ける運命であるならば、これから先の帝国の戦いで一体どれだけの戦死者がでるのだろう。

 しかも現皇帝は強権的で武力に偏り過ぎている。負けの情勢になっても、負けを認めず、さらにたくさんの戦死者が増えるかもしれない。


「だが、どうなのだ。俺はもうベギラスとは関係ない。廃嫡どころか、罪人だぞ……」


 アルフォスには脱獄のとき手助けしてもらったかもしれないが、まあ別に俺一人でも脱走はできたわけだし、皇子のあいだは民の生活ために魔法を使った。


「ベギラスを助ける義理はない。アルフォスには悪いが、仲が良かったのも昔の話だしな……」


 ただ、この飛行船を飛ばしてみたい気持ちはある。母が造った飛行船を。


 幸いなことに設計図はすべて操縦室にあるようだ。設計図と照らし合わせて、メンテンスをしていけば、飛行船を飛ばすことができるかもしれない。


「素材がなければ町の生活基盤整備と引き換えに、領主に頼むか」


 室内図を片手に動力室へ入ると、上部を照らす。

 天井に整備用の人ひとり分の穴が蓋してあった。


 備え付けられている梯子をのぼり蓋をあけて、風船部分の内部に入った。


「これは……ひどいな」


 光体を動かして広大な空間を照らすと、飛行船を包む布のあちこちが破れている。


 ギャァギャァ!!


 バタバタと音を立てながら、コウモリの集団が外に逃げて行った。


「うわぁ、修理に時間がかかるな……」


 ガスと呼ばれる浮遊物を包む袋は破け落ちていた。

 床に落ちている巨大な袋を持ち上げてみる。

 気密性の高い、薄い膜でかなり特殊だ。


 マリアの手記によるとゴムと呼ばれる物質らしい。


「ジョゼフ爺さんを伝手にして、原料を手に入れたみたいだな。あとで聞いてみるか」


 母マリアは何度かこの飛行船で移動していたらしく、メンテナンスも一人で全部やっていたようだ。


 本当に母は天才だな。

 俺は魔法の知識はそこそこあるつもりだが、母だけが知っている科学の知識というやつだろう。

 やっぱり、別世界の記憶があったんだな。ということは、帝国が負けるのは間違いないのか……。


 ゴンドラから出て、まず取り掛からないといけないことは物資の調達ということが分かった。


「まずはジョゼフ爺さんに相談だな」


 俺は日が昇るころに屋敷に戻った。


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