号令@底辺校

すらなりとな

離さないで! 話さないで! 放さないで!?

「お疲れ様! たんちゃん!」

「うん、おね……じゃない、ハコちゃん、ちょっと静かにしてて?」


 たんちゃんこと私は、話しかけてきたダンボールロボ一号ことハコちゃんに、うんざりした声を返した。


 目の前には、怪しげな魔法陣。

 その真ん中には、「完全復活!」と叫ぶダンボールロボ二号。

 そして、周囲で歓声を上げる不良たち。


 どう見ても、意味不明な光景である。

 まったく、どうしてこうなったんだか。


 思い返せば数日前。

 れんちゃんこと私の姉が、宝石になってしまったのが原因だ。

 なぜ宝石になってしまったのかは、さっぱりわからない。

 本人が言うには、ゲームで遊んでいたら、いつの間にかゲーム内で作ったアバターの宝石になってしまったとのことだが、きっと引きこもりすぎて頭が××になってしまったのだろう。

 その姉は、しばらく私の体に憑りついて、好き勝手遊んでいたが、お父さんが分離させる方法を発明。

 代わりに用意されていたダンボールロボ一号に憑りつき、今は只野葉子ダダノハコことハコちゃんとして私のクラスに溶け込んいる。

 が、私から離れてハコちゃんに慣れるのは一日が限度。その後、一週間はまた私に憑りつくことになる。お父さんには、ぜひともさっさと研究を完成させて、お姉ちゃんを元に戻してもらいたいものである。


「ささくれはできるし」


 ついさっきまで、大量のダンボールを投げるという罰ゲームかと思わしき作業をやっていたせいで、指にささくれができてしまった。

 ダンボールは手の油と水を奪うのだ。


 二回目になるが、なんでこうなったんだか。


 思い返せば数日前。

 ダンボールロボ二号ことノロちゃんとかいう幽霊が憑りついたのが原因だ。

 この幽霊、お姉ちゃんに除霊されかけた(お姉ちゃんは自分はゲームのアバターになったから、ゲームに出てくる魔法を使えるなどという妄言を発している)挙句、ダンボールロボの予備に憑りき、今は野呂井八子のろいはこことノロちゃんとして隣のクラスに溶け込んいる。

 が、その予備のダンボールロボを電柱にぶつけて壊してしまい、死亡。その後、隣のクラスの生徒に土下座され、「復活の儀式」なるものを行うこととなった。


 教室のど真ん中に描かれた、無駄に豪華な魔法陣。

 その魔法陣のど真ん中に置かれたダンボールロボ。

 そのダンボールロボに向かって、ダンボールを投げ続ける私。

 そのダンボールをむしゃむしゃ食べるダンボールロボ。

 それを44分44秒継続。


 意味不明な儀式である。

 その間、隣のクラスの生徒たちが、


「不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男! 応援させていただきます!」

「フレーフレー! たんちゃん!」

「頑張れ頑張れ! たんちゃん!」


 などと応援してくるのが非常にうざい。

 バカでかい応援旗を振り回すのも非常にうざい。


 学校中に響くバカでかい声で叫ぶな!

 耳がキーンってなっただろうが!

 っていうか! 応援だけしてないで手伝えや!

 旗が顔にあたってんだ○すぞ!


 叫びそうになるのを必死にこらえながら、ダンボールを投げ続ける。

 ようやく終わったと同時、


「完全復活!」

「うぉぉおお! 野呂井ぃ!」

「皆様! アリガトウ! ありがとう!

 オカゲデ! 魂を離さないですみました!」


 などと、歓声を上げてはしゃぎ始めた。

 自分の姉とはいえ、同じダンボールロボのハコちゃんに、うんざりした声が出るのも、仕方ないと言うべきではないだろうか。


「ええっと、みんな、授業中は話さないでほしいんだけど?」


 ついでに言うと、今は授業中である。

 先生からこんな声が聞こえてくるのも、仕方ないと言えるのではないだろうか?


「うーん、話す話さないの問題じゃない気がするけど?」

「お姉ちゃん? ダンボールロボその格好で突っ込んでも説得力ないからね?」


 とはいえ、この高校は底辺校。

 授業中に意味不明な儀式を始めるくらいは、さほど問題じゃない。

 私は不良どもの騒ぎの中心がノロちゃんに集まっているうちに、自分のクラスへと戻ることにした。


「ちょっと待って! 七瀬さん! 皆を止めるの手伝って!?」


 が、先生に呼び止められた。

 無理難題をおっしゃる。


「たんチャンサン! アリガトウゴザイマシタ!」

「うぉぉおお! たんちゃーーん!」

「胴上げじゃぁぁああ!」


 そして、新たなターゲットに迫りくる不良たち。

 私は、とりあえず声を張り上げた。


「全員直立ッ!」


 大声には大声で対抗するもの。

 一斉に直立不動となる不良たち。


「整列ッ!」


 そして、一斉に自分の席に着く。


「礼! 着席!」


 授業開始の挨拶をして、


「では、先生、後はよろしくお願いします」


 私は今度こそ、自分の教室に戻った。



 ―――――☆



 その日の放課後。

 私は先生に呼び出されていた。

 職員室に入ると同時、涙目で手を握られる。


「あのね、七瀬さん。私ね、この学校、このままじゃダメだと思うの」

「なに当たり前のこと言ってるんですか?」


 さりげなく、手を振りほどこうとする私。

 しかし、先生は放さないでと言わんばかりに握りしめる。


「でもね、先生、みんなが不良さんになっちゃったのは、みんなのせいだけじゃないと思うの」

「なにドラマ見過ぎた主婦みたいなこと言ってるんですか?

 とりあえず、手を放してください」


 直接、手を放せと言ってみる私。

 が、先生は相変わらず手を握りしめたまま続ける。


「それでね、七瀬さん! 私考えたの!

 この学校にも風紀が必要だって!」

「なに役立たずの教育委員会みたいなこと言ってるんですか?

 さっさと手を放しやがれください」


 ちょっとメッキがはがれかけてきた私。

 が、先生は手を握る力を強めて続ける。


「と、いうことで、七瀬さんには風紀委員を――」

「ふざけんな○すぞ!」


 完全に地が出た私。

 手を強引に振りほどいて、声を張り上げる。

 が、先生はむしろ歓声を上げた。


「そう! それ!

 今日も不良さんたちをその大声で止めてた!

 先生思ったの!

 この学校を変えるのは七瀬さんしかいないって!」


 今日「も」ってなんだ!?

 やったの初めてだぞ?

 さっきも、ノリと勢いでやっただけだから!


 そんな心の叫びをどうにか落ち着け、私は再びメッキをかぶりなおした。


「その場のノリと勢いに、みんなが乗っかっただけです。

 次はもううまくいきません。

 という訳で、お断りします」


 さっさと職員室を抜け出す私。

 後ろから待って~とか、朝の号令だけでも~とか、手を放さないで~とか聞こえてくるが、無視だ。そもそも、底辺校の生徒らしく、先生の呼び出しなど初めから無視すればよかったのだ。

 心が離れてしまった私は、さっさと家路についた。



 ―――――☆



「たんチャンサン! 風紀委員長に指名されたと聞きマシタ!

 オメデトウゴザイマス!」

「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 おめでとうと言わせていただきます!」


 が、翌朝。

 私は隣のクラスからやってきたノロちゃんとやたら声のデカイ生徒に、盛大に祝われていた。


「わあ、ありがとう~。で、風紀委員って何?」


 私の身体を動かしているお姉ちゃんが答える。

 脳内ボイスとなってしまった私は、とりあえず説明してやる。


 ――あー、昨日、その場のノリで整列着席とかやっちゃったでしょ?

   で、先生が私に風紀委員になって欲しいって。

(わあ、たんちゃんすごい!)


 すごくない。

 ただの先生の思い付きという名の無謀に巻き込まれただけだ。


「私モ! あの後! 壱年弐組の風紀委員に抜擢されましテ!

 ぜひ一緒に活動したいト!」

「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 姉御のため! 復活した友のため! 精一杯やらせていただきます!」

「うん、いっしょに頑張ろうね? ノロちゃん、ひでちゃん!」


 ダンボールロボと不良と当たり前のように握手する姉。

 止める間もない。

 昨日、せっかく私が断ったというのに、なぜか風紀委員になってしまった。

 せめて、姉御呼びとかダンボールロボと友達とかいろいろ突っ込んで欲しかった。


「それで、風紀委員って何をするの?」

「ソウイエバ、何をすればいいのでショウカ?」

「む? それは盲点でした! 流石姉御!」


 悩み始める三人(正確には人ではないのも混じっているが)。

 いつまでもうなる三人に、私は先生が叫んでいた言葉を、そのまま伝えた。


 ――とりあえず、朝の号令でもしてみたら?



 ―――――☆



「きりーつ、きをつけー、れーい」


 授業が始まって。

 やる気のない声を出すお姉ちゃん。

 もちろん、だれも従うはずもなく。

 あっちこっちからゲーム機の音やら、話し声やら、野球をボールで打ち返す音やらが聞こえてくる。

 流石底辺校。風紀委員の声など誰も聞かない。

 先生(風紀委員というよく分からぬ制度を提唱したのとは別の先生だ)も、号令などなかったかのように授業を進めている。


(どうしよう? たんちゃん、誰も聞いてくれないよ!?)

 ――うん、いいのよ、これで。

   やったってことが大事なんだから。

(もうたんちゃん! なに不良政治家みたいなこと言ってるの?)


 何やらショックを受けたようなお姉ちゃん。

 が、次の瞬間。

 隣のクラスから大声が響いた。


「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 授業開始の号令をかけさせていただきます!」

「起立ッ!」

「気を付けッ!」

「礼ッ!」


 そして、一斉に響き渡る「よろしくおねがいしまーす」という声!

 なぜか、私たちのクラスも号令に応えている!


(なんだかすごいノリになってきたねー?)

 ――他人事みたいに言ってるけど、このクラスの風紀委員はお姉ちゃんだからね?

   同じことしないといけないんだからね?


 思わず突っ込むと、お姉ちゃんは


(なるほど、真似すればいいのね!)


 何か変な方に曲解した。



 ―――――☆



 次の授業から、私のクラスと隣のクラスは、なぜか号令で競い合っていた。

 意味が分からないと思うが、私も意味が分からない。


 隣のクラスで声のデカイ生徒が叫べば、お姉ちゃんもそれ以上の大声で叫び返す。

 そして悪乗りしたクラスの連中も声を張り上げる。

 まるでナントカ大会の応援合戦である。


 ――どう考えても、もっと風紀が乱れてるよね?

(え? そんなことないよ? ほら、よく見て?)


 号令が終わった後、そこには、なんと静かに授業を受けるクラスメートたちが!

 しかし、その数秒後には、元に戻っている。


 ――これじゃ意味なくない?

(そんなことないよ?

 初めの1秒でも真面目に授業を受ければ、すごい進歩だって!

 それに、隣のクラスのノロちゃんとひでちゃんも頑張ってるみたいだし?)


「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 風紀委員として! 先生を応援させていただきます!」


 どうやら授業前の号令以外もこのノリで押し通すようだ。


 ――こういうのってさ。

   初めは珍しがってついて来るけど、途中で飽きてやめちゃうのよね。

(ま、ほら、その時はその時で。別の方法を考えればいいと思うよ?)


 しかし、意外にも、みんな飽きることはなかった。

 飽きる前に、校舎外から別の大声が響いてきたからだ。


「おいヨウチ園!」

「こっちまでいい子ちゃんの叫びが聞こえてきたぞ!」

「腑抜けた不良校なんぞ底辺校の恥さらしよ!」


 ヨウチ園というのは、私たちが通っている学校、陽ノ道学園の略称のことだ。

 ちなみに、相手の学校は不動武烈学園、略してドウブツ園という。

 まったく、底辺校にふさわしい、誇り高い略称である。


「なんだドウブツ園!」

「ぶっ○してやるから待ってろや!」

「返り討ちじゃぁああ!」


 盛り上がる不良たち。

 しかし、そこで、風紀委員が立ち上がる。


「皆サン! お待ちくださイ!

 私ガ! 風紀委員としテ! 平和的に! 説得してみせまス!」

「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 話付けに行ってまいります!」


 どうやら、ダンボールロボと大声野郎が追い返しに行くようだ。


「たんちゃんサン! こちらへ!」

「姉御! 失礼します!」


 違った。

 こっちに押し付ける気まんまんだ。

 隣のクラスからこっちのクラスへ入ってきたかと思うと、手を掴まれ、あれよあれよという間に校舎の外へ連れて行かれた。

 もちろん、目の前には、ドウブツ高の不良生徒!


「でハ! お願いしまス!」

「押忍! 姉御! 先ほどまでの見事な号令を!」


 この時ばかりは、私もお姉ちゃんも、やることが一致した。


 ――うん、とりあえず、手、放さないでね?

「うん、とりあえず、手、放さないでね?」


 がっしりとダンボールロボと大声野郎の手を掴み返す。

 そのまま、不良の方へ、全力でぶん投げた。

 普通なら投げられるはずはないが、そこは自称ゲームのアバターと同じ力をもつお姉ちゃん。


 ダンボールロロボと不良Aは、真っすぐ地面と平行に飛んでいき、ドウブツ園の不良どもを巻き込みながら、そのまま直進!

 校門やらその辺の民家やらを破壊しつつ、隣の学校へと消えていった!


(注)この後、破壊された建築物は、お姉ちゃんがすべて魔法で修理しました。



 ―――――☆



 後日。

 私は、なんと先生に土下座されていた。


「ごめんなさい!

 せっかく風紀委員に任命させてもらったけど! 七瀬さんも、野呂井さんも極道くんも、みんな一生懸命やってくれてるのは分かるんだけど! その、他の先生からの苦情がすごくて!

 風紀委員は解散になりました!」


 まあ、そうだろうな。

 一時的とはいえ、町に被害を出したんだから当たり前だ。

 むしろ、よく持った方だろう。

 なんにせよ、これでようやく元の生活に戻れる。


「先生! 諦めてはいけませン!

 当初ノ、この学校をどうにかするという決意を忘れたのですカ!」

「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 先生を応援させていただきます!」


 が、隣の一体と一人は、なぜか涙を流して悲しみ始めた。


「あなた達……分かりました! 先生! もう一度頑張ってみます!」


 先生も一緒になって涙を流す。


 いや待て!

 私の手まで握ろうとするんじゃない!

 なんだ、その、「放さないで」とでも言いたそうな顔は!


(うーん、これが底辺校の結束)

 ――違うからね? ただ、ノリと勢いで騒いでるだけだからね?


 心がすっかり離れた私は、三人をぶん投げると、さっさと家路についた。


(注)この後、ふっ飛ばされた三人は、お姉ちゃんが回収しました。


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