■月星暦一五六〇年六月二日⑥〈人柄〉

 香が焚かれた謁見の間の壇上、中央に置かれた棺。

 花に彩られたレイナは、ストラとハールによって髪と服は整えられ、化粧がされていた。


 人目も憚らず、わんわん泣くハイネが羨ましかった。アトラスは声をかけることも出来ない。


 アリアンナがすと、前に進み出て、月星式の追悼の祈りの形をとった。

「レイナ、遅くなってごめんなさい。貴女と、もうお話出来ないのがとても残念。どうか、貴女の旅路が安らかなものとなりますよう、お祈りします」

 最後の方の声は涙が滲んでいた。

「願わくば、お兄様を見守ってあげてね。あれで案外、涙脆いところがあるから」

 本人の前で言わないで欲しい。いつもなら言うだろう文句も飲み込んで、アトラスはそっと目を伏せる。


 棺にしがみついている夫ハイネを立たせ、アリアンナはマイヤの前に立った。

「竜護星次期国主に、お悔やみを申し上げます」

「お気遣い、恐れ入ります」

 次の瞬間、アリアンナはガバっとマイヤを抱きしめた。

「叔母様?」

「今のうちにちゃんと泣いておきなさい。これからは涙さえ自由にならなくなるわ」

「あっ……」

 アリアンナは、そのまま肩を抱いてマイヤを連れ出して行った。

 相変わらず、よく気が回る妹である。


 置いて行かれたハイネはアトラスを振り返る。

「君は大丈夫かい?」

「そう見えるか?」

「全っ然、見えないよ」

「だろうな」

 アトラスは両手で降参の意をしめした。

 なんだかんだ、ハイネとの付き合いも長い。 ハイネと共に、レイナの棺の前に並んで立つ。

 そっと触れたレイナの頬は、解ってはいたが冷たい。


「いつ?」

「今朝がた。朝日を見たいと言って起きてきた。寝衣は嫌だと着替え迄してな」


 痛み止めも効かなくなっていた。肌に布がこするだけでも苦痛だっただろう。

 あるいはもう感覚がなかったのかも知れない


「あいつ、頑張ったんだ。多分、王の部屋を母親が死んだ部屋とマイヤに思わせないように」

「レイナらしいね」

 ハイネは頷く。

「きっと、六月迄頑張ったのも、君の誕生月を命日にしない為だ」

「そうだな……」

 アトラスの妻は、ハイネの知る幼馴染はそういう人だった。


 控えていたライとペルラに後を頼んで、アトラスもまたハイネ連れ出って外に出た。


 明日からは弔問客が訪れる。ゆっくり悼む時間は今日しかない。


↓八章人物紹介

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093081691323353

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