■月星暦一五六〇年六月二日④〈空虚〉

 限界だった。


 足元を見つめたまま、アトラスは速足で自室に向かう。


 息が苦しかった。

 別離は何度も経験してきた筈なのに、取繕えない自分にアトラスは戸惑っていた。


 怒濤のように押し寄せてくる感情の波に頭が付いていけない。


 顔が熱い。

 涙が止まらない。

 嗚咽が漏れる。


 身体の半分を抉られたような、ぽっかり空いた空虚。

 この喪失感の大きさに、アトラスは自分がいかにレイナを愛していたのかを知った。


 どうして、もっと口にして伝えなかったのだろう。

 病を知って、覚悟していた筈だった。

 出来うる限り一緒に過ごした筈だった。

 足りない。

 全然足りない。


「短すぎるだろうっ!まだ、三十六年しか生きていないのに……」


 口に出して、その声音のあまりに情けなさに乾いた笑いが漏れた。


 出会って二十五年。

 共にいた二十四年間。

 あっという間だったとしか言えない。


 少し頭が回ってきた。

 喉がカラカラに乾いていることに気づく。

 水差しから杯に注いで飲み干した。二杯目を注ぎ、飲まずに顔にぶちまけた。


 少し頭が冷えた。

 拭って、鏡に映した顔はとても人に見せられるものではない。

 我ながら酷いものだった。


『あなたでも、そんな顔するのね』


 レイナの声が聞こえてきそうだ。

 もう二度と聞くことはできない声。また目頭が熱くなる。


「あいつに、笑われちまうな」


 敢えて口に出して、アトラスは無理やり頭を切り替えた。


――――――――――――――

書きながら、号泣しちゃいました。

傷心のアトラスを励ましてあげてください。


↓八章人物紹介

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093081691323353

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