◯月星暦一五四一年〜月星暦一五六〇年〈裏事情〉

 在位十八年というあまりにも短い女王レイナの治世は至って平穏だった。


 即位の経緯は衝撃的センセーショナルだったとはいえ、レイナが優れた為政者だったという訳では無い。


 右も左も分からぬまま王位を継承した直後や、産後の肥立ちの悪さなど出産前後の約三年に渡る体調不良、晩年の闘病生活と、まともに政務に携われなかった期間も少なくなかった。


 それでも、その治世が悪く言われないのは、彼女ひたむきな人柄と、支えた層の厚さによるものだろう。


 先代から継続して宰相として王家を支えたブライト家のモース。

 自身も故国月星の王位継承権を保持したまま伴侶となったアトラス。

 モースが一線を退いてからは娘のマイヤの功績が大きい。


   ※※※


 竜護星王家アシェレスタは、巫覡であったアシエラを始祖とする血筋なだけあって、能力者が生まれることが多い。


 レイナは少し勘が鋭い程度だったが、母である前王セルヴァは受け取るだけとはいえ、未来視さきみの能力を持っていた。

 マイヤに至っては、先祖返りの真正の巫覡であり、視ようと思えば直近ならばほぼ外れることのない優れた目を持っていた。


 マイヤの巫覡がとしての資質が確認されたのは、皮肉にも弟王子の死がきっかけだった。


 まだ六歳の幼い少女の拙い訴えに、大人達は心配のし過ぎだと宥める方を選んでしまった。

 ウェスペルの死因は事故だったが、マイヤの言葉をしっかり聞いていれば防げたかも知れないと思わずにはいられないのが人間というものである。


 特にレイナは嘆き、悔いた。

 以降、レイナはマイヤのどんな些細な言葉にも耳を傾けるようになったのは言うまでもない。


 マイヤのげんは、最初は天気のことなど、身近なものが多かった。


 霜が下りる。

 長雨が続く。

 大雪になる。

 風が強い。

 高温になる。

 嵐が来る。


 小さな情報でも、必要な人間には意味を持つ。

 知っているとそうでないのとはとれる対処が違う。

 特に気象情報は収穫量に直結する。


 マイヤは長じるとより広くを見通せる様になった。


 来年は小麦が不作だから今のうちに備えたほうが良い。

 どこどこで何が不足するから物価の高騰がおきる。


ーーそんな情報を手札に恩を売って信用を得て益に繋げるのは商人のやり口だが、その本質が商人のファルタン一族がアトラスに全面的に協力していたのは大きかった。


 外交手腕として腹芸はレイナよりアトラスの方が上手うわてだったが、更に嘘が通じないマイヤがいれば下手へたを打つことはない。


 レイナの治世が平穏だった裏事情には、そんな絡繰りがあった。


―――――――――――――

お読みいただきありがとうございます。

【小噺】牡牛座のプレアデス星団は神話でアトラスの娘達のプレイアデス姉妹の姿と言われてます。その長女の名前がマイヤ(ア)。娘のマイヤの名はここから貰いました。


↓八章人物紹介

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093081691323353

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