□月星歴一五三六年二月⑬〈憤怒〉

 城に近づくほど、家屋の破壊は酷くなる。

 いつ倒壊するか判らない家の前に、固まって座り込む人々の姿。

 自身が直接関わったわけではなくとも、ぎゅっと心臓を掴まれたようなアウルムは息苦しさを感じていた。


ーーどうしてこんな莫迦なことをしたっ!

ーーあの男が阿呆だから、私がマトモでいなきゃ、ならないじゃないか!

ーー迷惑を被るのは周りばかり

ーー何もかも押し付けやがって!!

ーーくそっ!くそっ!くそっ!!


 城前広場に向かいながら、アウルムは頭の中でありとあらゆる罵詈雑言でアセルスを罵っていた。


 城前広場は瓦礫が片付けられ、空間が確保されていたが、所狭しと天幕がひしめき合っていた。

 所在なさ気に膝を抱える人々。途方に暮れた目が痛い。

 だた幸いなのは温泉が湧く地である為、風呂には入れるらしく清潔が保たれている。

 水が確保出来ているのも大きい。

 タウロ達が人力で別の入口から物資を運び込んでいるのが見える。

 神殿の者達がいつもより多く同行してくれていたのは、結果的にありがたい。


 窓が割られ、扉は砕かれていても原型を留めている神殿に向かうと、壮年の神官がアウルムを認めて話しかけてきた。


「アウルム様でございますね。私はこのジェダイトの街を統括していた中央神殿の神官長をしています、ミドルと申します」

「アウルムです。遅くなって申し訳ない。ここまでの惨状とはつゆ知らず……」

「お話は聞きました。この二週間、あなたが別件で奮闘なされていたこと、感謝致します」

 アウルムは苦いものを飲み込んだ。

 この街が壊され、この惨状に陥っているのはアセルスの短慮だが、この街が主を喪ったのは、タビスとしてアトラスがくだしたからだ。

 それでも女神信徒はタビスを恨まない。


「アウルム様、そう気負うことはございません」

 子供を諭す様な口調で神官長はアウルムに微笑みかける。

「大丈夫です。善行も悪行も、ちゃんと見られているのです。『私のタビス』を苦しめた咎を赦しはしない、と……」

 眼の前の神官の、その双眸がやけに蒼い。

「心が邪な者には魔物が憑きますが、心が空っぽの者はどうなるのでしょうね」

「それは、どういう……?」


 意味を聞くことは出来なかった。近づく蹄の音。アセルスが到着したのだと気付いた。


「なんだ、案外残っているものなのだな」

 辺りを見廻して、白けたようにアセルスは言う。

「ジェイドが討たれたのは女神の意志なのだろう?なのに、まだ縋りついておるわ」

「それが、この二週間生き延びてきた人に対する言葉ですか、陛下!」


 アウルムはアセルスの正面に進み出た。

 アセルスが馬に一蹴り入れれば轢かれる危険な位置だが、見据えて言ってやらねば気が済まなかった。

「ライネス王が託したものを、想いを踏みにじったあなたが、女神を語るな!」

 アウルムの袖口がくい、と引かれた。見ると、小さな女の子が袖を掴んでアウルムを見上げていた。

「お兄ちゃん、女神さまがのぞんだから王さま死んじゃったの?家が無くなっちゃったの?お父さんが痛いの?」

「違うよ。女神はこんなことは望まない。これは人間の、あの男のただの利己だ」

「王に向かって、あの男呼ばわりとは!アウルム、覚悟は出来ておろうな」

「王?笑わせるな。背負う覚悟の無い者が王を名乗るな!」

 広場中にアウルムの大声が響く。

「あなたが考えなしだから、ここはこうなった。余計な人死にを出した。被害が拡大した。あなたはこの街の全てに謝罪しろ。ライネスに謝れ!アトラスに詫びろ!!」

「アウルム!言わせておけばっ!!」


 この男でも怒るんだなと、妙に冷めた頭でアウルムはアセルスを眺めていた。

 アセルスが憤怒の形相で手綱を握り直すのが見えた。

 殺されるのだなとぼんやり考える。

 言いたいことを言ってしまえた満足感か、恐れはなかった。ただ少女は護らねばと覆いかぶさる。


【六章登場人物紹介】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093077373506171

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