□月星歴一五三六年ニ月④〈密談〉
大神官は王立セレス神殿の長であると共に、各地にある神殿を総括する神官長にあたる。
大神官リーデルは憤懣遣る方無い形相だった。
弓月隊には神官もいる。補給隊はほぼ神殿関係者だ。かなり正確に情報を掴んでいるのだろう。
「さすがに今回の王のなさりようには、神殿から厳重に抗議させていただきます。危うく、タビスを喪うところだったのです。一騎討ちだなんて!」
今迄だってタビスを戦場に出すなと再三言ってきたのだと、ぶつぶつと文句を口にする。
アウルムに言っても仕方がないのは大神官も解っている。それでも言わずにおれなかった心中は察せられた。
「そのことで、私も話がある」
大神官に促されてアウルムとタウロは席に着く。
「この部屋は大丈夫だな?」
「もちろんでございます」
頷き、アウルムは大神官に問いかけた。
「神殿にも、陛下の手の者は入り込んでいるのか?」
「この十五年に入ってきた者達の素性は調べあげ、王が送り込んだ者は絞り込んであります」
常に同行は見張らせていると、大神官は言い切った。
神殿は女神を信棒し、女神の選んだタビスを全面的に護る。
王とタビスが対立したら、神殿は必ずタビスに付く。だが、身中に王の手の者がいたならという懸念だったが、想定以上の返答が返ってきた。
「ならば、今迄以上にその者達を注意して欲しい」
この大神官は勘が良い。
アウルムの顔を真摯に見つめ、頷いた。
「伺いましょう」
「ジェイド派という脅威が去った後、次に陛下が恐れるのはタビスだからだ」
「なるほど」
「どういうことです?」
大神官は頷くが、タウロには意味がわからない。
「タビスの言葉は女神の言葉。王の言葉すら覆すことがあるということだ」
「そんなこと、何を今更……?」
月星人にとっては当たり前の話だ。タビスとはそういう『存在』なのである。
タウロの言う通り、今更なのだ。
だが、アセルスはそれが我慢ならない筈だとアウルムは語った。
「あの方は、御自分の脅威になるかならないかで人を測る」
「使えるか、そうではないか、では無く?」
「そうだ。あの方は根が臆病でいらっしゃるのから」
いくら息子でも、王を、父親を語るには到底相応しくない言い方でアウルムは続ける。
「タビスとして戦場での役割が終わったアトラスは、あの方にとっては邪魔でしか無い。神殿に軟禁くらいのことは平気でするおつもりだろう。時期をみて消そうと考えていても私は、驚かない」
「でも隊長は、その、御子息でしょう?」
そこ迄しますかとタウロは呆れ気味に言うが、アウルムは首を振った。
「子供でもなんでも、だ。自分の脅威は排除する。それがアセルスという御方なんだ。私とて、身の振り方を間違わば切り捨てられよう」
アウルムが一度も父と呼ばないことに気づいたタウロの顔が引き締まる。
「神殿はタビスを護ります」
「もちろん解っているが、閉じ込めて護っても、あの方がしようとすることと変わらない」
そこにアトラスの意思が反映されなければ、タビスの意志を否定することになる。
つまりは女神を否定することに繋がり、教義に反するのである。
【六章登場人物紹介】
https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093077373506171
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