□月星歴一五三六年二月③〈不調〉

 アトラスの部屋は香が焚かれていたが、誤魔化しきれない汗と吐瀉物の匂いがした。


 アトラスの熱は下がっており、意識もあったが酷い目眩で起き上がれない状態だった。

 常に船酔いが続いているようなもので、起き上がると吐き気をもよおす。

 蜂蜜や湯に溶いた蕎麦粉など流動食しか受け付けていないと、看病しているテネルが説明した。


 テネルは神殿が用意した、アトラスの従者であり護衛である。

「兄上、タウロ……」

 二人を認めて、アトラスは起き上がろうとしたが、ぐらりとよろけてすぐに寝台に倒れ込んだ。回る視界を堪えるように強く目をつむる。

「お見苦しいところを、すみません……」

 顔色が悪い。頬も痩けたように見える。


 アウルムは腰を降ろし、視線をアトラスに合わせた。

「気にせずに休んでいろ。こちらのことは私とタウロでやっておく」

 アウルムを見つめるアトラスの瞳から涙が零れた。

「おい、どうした?」

「なんでも、ありません。……」

 アトラスは両手で顔を覆う。荒い息遣いが嗚咽に聞こえた。


「お二人共、申し訳ありませんがそろそろぉ」

 テネルが上掛けをかけ直しながら頭を下げてくる。

「すまないね。頼むよ」

「隊長、お大事に」


 部屋を後にして、大きな声が特長のタウロが声を潜めて言った。

「ライネス王になにか言われたんでしょうかね。あんな隊長、初めて見ます」

「身体は正直と言うことだろう。無理が祟ったんだ」

「そう、ですね。今迄、相当無理してきましたから」


 上司アトラス想いの副官タウロの、その口調には悔しさが滲み出ていた。

「いくらタビスだからって、王は無理をさせすぎで。でも隊長、真面目だから。いつもボロボロになって。わたしらにまで気を遣って」

 タウロが心からアトラスを心配しているのが伺えた。


 この男なら信用できると踏んだアウルムは、タウロをそのまま大神官の部屋まで誘った。

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【六章登場人物紹介】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093077373506171

三人の『兄』が揃いました!

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