■月星歴一五四二年十月大祭翌日⑥〈和解〉
「お母さまにとりついで貰えるかしら?」
王女の後ろにアトラスを認めて、後宮の女官は顔を強張らせた。
「先日は悪かったね」
アトラスは
「……確認してきます」
奥に向かう女官の耳が赤いのが見てとれた。
「その笑顔、危険……」
「同感……」
「なんでそうなる?」
「枕を濡らしたって意味が解ったわ」
「でしょう?」
「だから、なんでそうなる……」
※※※
「お会いになるそうです」
呼びに来たのは先程とは違う、少し年配の女官だった。
案内されたのは後宮内にある中庭の一角、運び出された椅子に座って王太后アリアは一同を待っていた。
まだ、やつれは見えるものの、二日前とは見違える程血色の良い肌色。蜂蜜色の髪にも艶がある。
「ご無沙汰しています、母上」
膝を折って挨拶するアトラスの声は、若干硬い。
「お帰りなさい、アトラス殿。長らくのお務め、ご苦労様でした」
アリアは、記憶にある笑顔で労う。
「お加減は良さそうね、お母様」
気遣う娘に頷いてみせると、アトラスにきれいな笑みを向ける。
「寝込んでいた間にお見舞いに来てくれたそうですね。なんでもよく効くお薬を届けてくれたとか。礼を言います」
「はい……」
頷きながら、王太后の顔を伺い見る。
その表情からは、本当に覚えていないのかは判らない
魔物を払ったことが病魔を癒やしたことにすり替えられているのかも知れない。
「お母さま、私のお友達を紹介しますわ」
微妙な空気を読んだのか、アリアンナが割って入る。
「お初にお目にかかります、レイナ・ヴォレ・アシェレスタです」
「アシェレスタ?では、お母様は竜護星のセルヴァさまですか?」
「母をご存知なのですね」
「一度だけでしたけど、こちらにいらっしゃったことがあります」
その一度、セルヴァが何の為に訪れ、何を言ったのかは想像に容易い。
「聞いていらして?お兄様ったら、昨晩大衆の面前で彼女を妻にすると宣言しましたのよ」
「そうでしたか」
王太后はレイナに微笑み、
アトラスに顔を向ける。
「アトラス殿、幸せにおなりなさい。あなたにも、その権利はあるのですから」
この流れで『しろ』ではなく『なれ』と言った。
見詰める海碧色の瞳。
王太后はアトラスにだけ判るように頷いてみせた。
そこにあるのは謝罪。
あの夜に口走ってしまった言葉の答え。
生きていなければ、なることは出来ない。
アトラスはその意味を間違えない。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
再び上げた顔には、穏やかな笑みがあった。
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