■月星歴一五四二年十月大祭翌日⑤〈恋バナ〉

 その後も、いくつか簡単に擦り合わせをした後、王を残してアトラスはレイナと共に応接室を退出した。


 応接室の隣はちょっとした待合スペースになっており、テラスに面した心地の良い空間が造られている。


 アトラスはレイナをテラスに促し、気になっていたことを尋ねてみた。

「乗り手の件、誰かアテがあるような話しぶりだったな」

 レイナはきょとんとした顔をした。

「ハイネのことでしょう?」

「へぇ。あいつ、乗れるんだ?」

「子供の頃は乗ってたわ」

 前にライがなんか言っていた気がする。ハイネも広義ではアシェレスタだし、そんなものかと思う。

「さっきのはその為の振りでしょう?」

 今度はアトラスが不思議そうな顔をする。

「振りって?」

「そもそも、ハイネだってその為に今回の同行を申し出たのでしょう?」

「何の話だ?」

「だから、アリアンナ」

「はい?」

 二人の会話がここ迄食い違うのは珍しい。

「昨日だって、一緒に居たじゃない」

 アトラスは自分のことで精一杯だった為、実はあまり覚えていない。

「一緒に踊ってもいたわよ」

 言われてみれば、そんな気がする。

「今まで彼女は、その気が無いと一緒にいることすら拒否していたって聞いたわ。だから、そういうことなんでしょう?」

 レイナの言わんとしていることが、やっと繋がった。アトラスの顔が驚きに満たされる。


「待て待て待て。多分ハイネ、それ、自覚無いぞ?」

「まさか」

 さすがにそれはないでしょうと、レイナは笑うが、アトラスは考え込む顔になった。

「アウルムも、事務的な話をしただけだと思うのだが」

 男女で見るものが異なる話はよくあることだが、二人の場合も今回はどうやら視点が違ったらしい。

「……違うの?」

「知らんわ」


 廊下を近づいてくる人影に気付き、二人自然に口をつぐむ。

「ここに居たのね」

 顔を出したのは例によってアリアンナ。

「レイナが来てるって聞いたから、探していたのよ。アウルム兄様とのお話は終わったの?」

 寝不足を感じさせない軽やかさで、アリアンナは二人に歩み寄る。

 先程の話は、二人ともなんとなく口には出さないことにした。


「丁度良い、アリアンナ。ちょっと付き合ってくれ」

「何かしら?」

「母上にレイナを会わせたい」

「そうね、必要よね」

 アリアンナは意地の悪い笑みを浮かべた。

「でも、私、必要かしら?」

「緩衝材になってくれ。後宮から苦情があったと、怒られたばかりなんだよ」

「そりゃあ、あんな時間に押しかければ、仕方ないわよね」

 自分のことは棚に上げるアリアンナ。いいわ、と先導して歩き出す。


「苦情と言えば、昨晩、枕を濡らした女性の数を知っていて?その親族からの苦情にネウルスは寝てないんじゃないかしら」

 片棒を担いだくせに、そんなことを言う。


「親って莫迦よね。タビスの言葉は女神の言葉。それがこの国の不文律なのに、子供の泣顔の前では忘れちゃうのよ」

 この世にそんなものが無いと知っている人間はアトラスだけだ。

「タビスの言葉は、例え王でも覆らないから、大丈夫よ」

 アリアンナは振り返り、レイナに微笑みかけた。


「それで、王太后さまのお加減は?」

「あの後は、快方に向かっていると聞いてるわ」

 声をひそめる。

「因みに、あの時のことは覚えていないみたい」


 ハイネはしっかり覚えていた。何か違いでもあったのだろうか。

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