■月星歴一五四二年十月⑧〈大神官〉

 程なくして、大神官が現れた。


 大神官とは、王立セレス神殿の神官長であり、様々な祭事を摂り仕切るため、大司祭とも呼ばれる。

 王立セレス神殿は、月星全土に点在する神殿の総本山にあたる。

 タビスを別にすれば、あからさまな言い方だが、月星の神官の頂点を司る人物となる。


 大神官リーデルはアトラスを認めて目を潤ませた。

「よく、お戻りくださいました」

「迷惑をかけたな」

「女神の信徒たる我らが、タビスをお助けしない道理はございません」

 その意味することは意外と深い。

「よろしいので?」

 大神官はヴァルムとアリアンナを一瞥して訊ねる。

「大丈夫、今回彼らは協力者だ」

 アトラスはレイナとハイネを紹介する。

「すまないが、彼女たちはここで匿って欲しい」

「アトラスっ!」

 レイナが抗議の声を上げるが、アトラスは首を振る。

「レイナ。立場を弁えなさい」

「でも……」

「ここの者達は、『』の意にそぐわないことはしない。安心して良い」

「なら、せめてハイネは連れて行って」

 その辺が妥協点だろう。

 ハイネも引かない目をしている。


「それで、頼んでいたものは?」

「こちらに」

 大神官はプロト少年とアリアンナの従者に持たせていた荷を示す。

 広げられたのは黒い装束だった。『黒衣のタビス』の象徴ともいえる衣装である。


 アトラス自身は黒が好きなわけではない。

 ただ、血で濡れても判りにくい、怪我をしても一番誤魔化しやすいからという理由だけで選んだ色だった。


 この深みのある黒という色を染めるのに、どれだけの労力がかけられているのかさえ当時は知らなかった。

 複雑な配合で、何色もの染料を掛けあわせて何度も染め上げる為、非常に高価になる。

 これだけを取ってみても、タビスの扱いが判るというものである。


「これは、弓月隊の隊服じゃないか!」

 検めて、ヴァルムが驚きの声をあげる。

「戦いに赴かれる皆様の補給の担当は、常に我らセレス神殿の者の役目でございました。弓月隊の隊員として席のある者もございます」


 かつてアトラスが隊長を務めた弓月隊は、タビスの為に在ると言っても過言では無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る