■月星歴一五四ニ年七月⑯〈説明〉
「……さて、説明してもらいましょうか」
一振りの剣を前にして、八つの瞳がアトラスを見つめていた。
先程説明を求めた二人のうち一人はライとともに顛末の収拾に駆り出されている。
「全ては、ユリウスのお導きさ」
ふざけた口調で、アトラスは言った。
ユリウスははっきりとは肯定はしなかったが、おそらくそれが正しい。
「六年前、俺は月星首都の東にある白い砂漠でユリウスに会った」
その時の会話で、ユリウスは剣と魔物についてアトラスの心に種を蒔いた。
「そして、道を示されて進んだ先に居たのが記憶を喪ったレイナだった」
きれいさっぱり自分に関する事だけ忘れ、本名を呼ばれて思い出すという、こんな都合の良い記憶喪失は作為的な匂いがする。
「記憶を封じたのもユリウスの手によると考えれば納得がいく。もしかしたら、当時のレイナがさかんに月星への憧憬を抱いたのも、ユリウスの誘導の一つだったかも知れないと、疑えばきりが無い」
果たして、辿りついた竜護星で、魔物に憑かれたレオニスに遭遇。
「レオニスに憑いた魔物は、身体を喪い霧散したと思っていた。あの件はそれで終わったのだと思っていたんだ。だが半年前、俺は都合良く現れた学者から魔物について講義を受けた。正しい手段で無いと魔物は浄化できないと聞いた――それが剣を探しに出た動機だが、その学者もユリウスの仮の姿のだったのではと、俺は思っている」
「ちょっと待って、ユリウスってあのユリウスのことなの?」
「魔物って一体……」
突拍子の無い単語が飛び出して、月星から来た二人はついていけない。
レオニスの件は、レイナがかいつまんで説明した。
「――理解したかい?」
月星の二人が過程を聞き終わるのを見計らい、アトラスは声をかけた。
「理解はしたが、消化できた訳ではない」
返したのはヴァルム。
無理も無い。
実際に魔物に憑かれて人格が変貌したハイネを目の当たりにしていなかったら、一笑して終らせていただろう。
「どうして、ユリウスはお兄様を選んだのかしら?」
「……俺が、タビスだからだろう」
珍しく、アトラスがタビスを肯定する。
「つまり、女神の意思ということかしら?」
「いや。そういうことではなくて……」
そこまで言って、アトラスは口をつぐんだ。
アトラスは別れ際にユリウスに訊ねたのだ。タビスとは何かと。
神の声を聞き、伝えるという役割を担うのは、大抵の場合巫覡である。
だが月星にいるのは巫覡ではなくタビスである。
タビスは神の言葉も分からないのに女神の代弁者とされる。
アトラスの問いにユリウスはただ一言答えた。
「お前は自身で証明して見せたではないか」と。
魔物の蔓延る山を抜け、憑かれることなく辿り着き、ユリウスから剣を授かった。
右手に剣、左手に麦を持って描かれる女神セレスティエルと、魔物退治の剣を携えて語られるユリウス。
おそらく、長い年月の中で両者は混同された。
そしてタビスの意味も取り違えられてしまった。
本来タビスとは、女神ではなくユリウスに選ばれた者を指す言葉だったのではないか。
通常タビスは月星王家が保護する為、自由に外を出歩く事が出来ない。
今までこの剣を手にする資格を持った者が現れなかったのも、説明がつく。
だが、アトラスという規格外が現れた。
だから、こうして剣を手にできたのではないか。
ユリウスもアトラスの右腕を注視していたように見えた。
そこにあるものといえば、女神の刻印に他ならない。
ーーただの仮説とはいえ、月星の人間に聞かせる意見では無い。
「魔物が次に現れるのは月星だ」
アトラスは話を戻した。
魔物が好む負の感情があふれている場所は、現在そこ以上に無い。
レオニスもユリウスもそう、匂わした。
「そして魔物は、俺がこの剣を手に入れた事を知った」
「『僕』が、そうと認識したから?」
「そうだ」
ハイネは歯噛みする。
魔物は意識を共有するという。
もし、剣を認識する前に浄化されていたなら、これから起こることが容易く収拾出来たかも知れない。
「気にするな、ハイネ。どんな状況でも、その時できることをするだけだ」
アトラスは断言して、アリアンナを見やった。
「アリアンナは月星に戻って、次の大祭にはタビスが現れるかも知れないと、それとなく流してくれ。魔物は俺が……タビスが剣の保持者と認識しているから、なんらかの妨害を仕掛けてくるだろう。焙り出す」
「お兄様に魔物のことは伝えなくていいの?」
「アウルムにはもう警告してある。俺が帰るとだけ伝えてくれ」
「魔物のことは?」
「もちろん、警戒しておいてくれ。だが、煽る結果にもなりかねん。存在は隠せ。吹聴はするな」
アリアンナは神妙に頷いた。
「君はどうする?」
ヴァルムは尋ねる。
彼の行動もアトラス次第となる。
「俺は一応、レイナに送って貰う形で直前に月星に入るとした方が良いだろう。今はまだ、誰に憑いたか分からない。捕えられたら何もできない」
「では、僕は女王の案内係として同行しよう」
方針は決まった。
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