□月星歴一五四一年七月㉓〈忠臣 前〉
□モース
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五年前、モース・コル・ブライトは初手を見誤った。
レオニスが嫡男の王子イルベス、女王セルヴァを弑逆してなお、心優しく、気弱な王子ケイネスを知っていたばかりに、レオニスが全く別物の存在だと気づけなかった。
忠誠からか、正義感からか、義憤からか。
理由はそれぞれ違ったかもしれないが、臣下たちは暴虐を止めようとした。
諌めようとした。
諌められると勘違いした。
度重なる進言に、ならば話し合いの場を設けようと言うレオニスの言を信じた。
呼び集められた者達は、レオニスの手によって虐殺された。
扉は開かず逃げることは出来なかった。
既に操り人形とされた者によって外側から鍵をかけられていた為だ。
有望な人材が喪われた。
その中にはモースの娘夫妻ーーハイネの両親や、ペルラ・エブル姉弟の両親も含まれる。
モースはその場にいながらにして、一人殺されなかった。
敢えて生かされた。
見せしめだったのか、見届け役が必要だったのかは判らない。
とにかくモースは生き延び、認識を改めさせられた。
レオニスと名乗る者がケイネスとは違う何かなのだと割り切った。
従順に、レオニスに従う風を装うことを選んだ。
王家は巫覡の家系。ケイネスは何かを邪悪なモノをその身に降ろしたのだと判断した。
ハイネは早々に隔離した。
当時十一歳。
両親を亡くしたばかりの少年は幼すぎた。
取り込まれるのは目に見えていた。
城内はすぐに人が足りなくなり、各街から何人という形で徴集がされた。
ライは一番初めの徴集の中に紛れ込んできた。
会うのは彼が子どもの時分以来だったが、すぐに判った。
下級兵士として潜んでもらい、モースが表立って出来ない仕事を受け持ってもらうという協力関係が始まった。
接するにつれ、レオニスは分別の判らない幼い子どもと同じようなものだと理解した。
城は不躾な子どもの玩具箱。
気に食わない者は、意にそぐわない者は、操り人形にできない者は、癇癪のように殺した。殺すように命じた。
命じられたモースは処断した
逃がすのが難しい立場の者は、城の牢に匿ってもいた。
それでも、取り零した命は少なくはない。
また、レオニスは様々な娯楽を禁じ、あらゆるものを制限し、精神的に追い詰めることを悦とした。
ただの嫌がらせでしかない。
税率を上げ、通行料を上げ、民の家計を苦しめた。
だが、使わない。
溜め込むだけ溜め込んで放置する。
金が回らねば国は回らない。
モースが早々にとった手は首都機能の退避だった。
機能はそっくりそのまま人員ごと、ファタルの領主館に移籍した。
モースは従順を装い続けて、レオニスの前では国を回すように見せていたが、実際は城の中を回していたに過ぎなかった。
レオニスの正体に気づいたのは一年以上経ってからだった。
ハイネの為に書物を見繕っていた時だった。
子供を嗜める為のお
まさかと思いつつ仮定し、読み込んでいくと、いくつも符号する点が見えてきた。
否定したくても、そうだとしか思えなくなっていった。
モースは生き汚くも生き延びた。
なんど逃げたいと思っただろう。
死んで楽になりたいと考えたことも一度や二度では無い。
レオニスの暗殺を考えなかった訳でも無い。
だが、アシエラの直系の血筋を頂点に据えることで竜の加護を得て成り立ってきたこの国は、それが喪われば瓦解してしまう。
なればと、各領主が主権を主張し、争い、違う意味で酷いことになるのは目に見えていた。
どの領主も、少なからず、アシエラの血統を己が一族に迎い入れている。
王は必要だった。
最低限の人数に絞り、機会を伺い、待ち続けた。
つらい五年間だった。
耐えられたのは今際の際、セルヴァが遺した言葉があったから。
レイナの帰還を信じていたから。
四日前、エブルに連れてこられた二人を見た瞬間、五年間の苦労が報われたと思った。
髪を短くし、少年の様な身形をしていたが、それが王女レイナであることは一見して判った。
それほど迄に、レイナは若い頃のセルヴァによく似ていた。
連れの青年が月星人であることも、話し方で判断できた。
セルヴァの遺した言葉は二言。
一方には月星の人間を示す言葉が入っていたから、アトラスを示すことは想像に難くなかったが、その意味することはすぐには判断できなかった。
だが、解答に時間はかからなかった。
レイナを、そしてハイネを助けようとしてアトラスは凶刃に倒れた。
長い五年間と天秤に乗せたいくらいに、モースはこの三日間は神経をすり減らした。
アトラスが目覚め、容態が安定して、一番安堵したのはモースかも知れない。
死なせないと宣言はしたものの、アトラスの出血は予想以上にひどく、回復力は著しく低下していた。
医者としての腕はこの国一と自負していたモースでさえも、出来ることは待つことだけだった。
正直、奇跡的に保ち直したとしか言えない。
そう、奇跡。
誰かが、人を超越した奇跡の力をもって癒したと思えてならない。
ハイネが見たという青年が気になっていた。
紫の瞳に青銀の髪の男など城内にはいない。
だが、一人だけ思い当たる。
モースは、葡萄酒を仰ぎ、机に広げたままの書物に目を落とし、息をついた。
創国の物語、アシエラ伝。
袖のない古風な衣装に身を包み、跪く少女に手をかざす青年の挿画が描かれている。
アシエラは魔物から人を、人から竜を護った。
その功にユリウスはアシエラに
だからこの国は
伝承のユリウスは青銀の髪と紫水晶の瞳を持ち、竜の守り人、または樹海の精霊とも解釈される。
伝承の人物が数百年を経て再びこの地に現れたとでもいうのか。
ユリウスは、各国で魔物退治の逸話とともに伝えられていることが多い。
魔物が出現したからか。
王家の危機だったからか。
なら、なぜ五年も放置したのか。
現れた
則ち、アトラスが死にかけたから。
本当にアトラスがきっかけだとすれば、やはり彼は選ばれし者なのか。
月星の、女神に?
そこまで考えて、モースは苦笑した。
竜王星の人間には神の概念が無い。
日々の感謝は巫覡を間して大地に、森に湖にと直接祈る。
それもあって、所詮神など人が都合の良いように解釈した、想像の賜物に過ぎないと思ってきた。
だが、今モースはいると仮定した上で思考を巡らせていた。
無理もないではないか。
魔物の存在を目の当たりにし、奇跡の御業とも言える現象に気づいてしまった現在ならば。
【一章 登場人物紹介】
https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076599827456
【参照画像】アシエラ
https://kakuyomu.jp/users/Epi_largeHill/news/16818093084479794581
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