□月星歴一五四一年七月㉑〈現実 後〉
【□ペルラ→レイナ→ペルラ→ハイネ→ペルラ→レイナ】
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ペルラがレイナを引き摺るように連れて行ったのは、城の最下層、地下の小部屋だった。
使われていない
本来は食料品を低温保存する為の場所に、そぐわない二つの大きな木箱。
ひんやりと暗いその場所には、前王セルヴァ及びその嫡男イルベスの遺体が安置されていた。
棺に入れられた二人は、ほんの数日前まで生きていたのではないかと思わせるほどきれいな状態にあった。
「どうして……」
「眠っているみたいでしょう?」
ペルラが語る。
レオニスが保存していたのだという。
「レオニスと名乗っていたのは魔物で、全ての行動はケイネス様の意志ではなかったのですって」
だが、ケイネスは確かにいたとペルラは言う。
どこかにケイネスの意志は残っており、二人の扱いはその表れであると。
皮肉にも邪な魔物の能力は腐敗を防ぎ、最上の状態で保存を可能にしていた。
魔物とは、負の感情から生まれた邪悪な意志の集合体で、心の隙に取り付いてはその者及び周囲を破滅へと導くという。
「どうしてケイ兄様が魔物なんかに……」
「それは、あなたがいなくなったから」
やり場のない怒りに似た感情を、ペルラは必死に押し殺していた。
「あなたが家出なんてするから。だからケイネス様は!」
ーー魔物に取り憑かれてしまった。
そう、最後まで言い終わらない内に、涙が、溢れてしまった。
生まれつき病弱で二十歳まで生きられないと言われていたケイネス。
誰も彼に告げはしなかったが、ケイネスは気付いていた。
そんな彼にとって無邪気に駆け回る妹の存在は、唯一の慰めだった。
「もう、ご自分が長く無いのをご存じだったの。だから、二度とあなたに会えないかもしれないということが、この上ない恐怖だったのよ。そんな状態なら、魔物に憑かれる弱さが生じたって仕方がない!」
ペルラは泣き崩れた。
張りつめた糸が切れたのか。涙が止めどなく流れ落ちる。
「何だって良かったわ!ケイネス様が元気に立ち回れるなら魔物だって!側に置いて下さるなら、たとえ私を見てらっしゃらなくても構わなかった……」
ペルラは感情の昂ぶりを押さえられない。
「あなたが、羨ましかったのよ。なのに……」
泣くつもりなどなかった。
ペルラは頭を振り、落ち着かせる。
レイナに声をかけようとして、留まった。
レイナは二つの棺に視線を落としていた。
一見、にらみつけるような眼差しはその実、自身に向けているものであるのが伺えた。
□□□
「私がケイ兄様を殺した。イル兄様も母様も、いえ、この五年間に処された人達を死に追いやったのも私の、せい……」
そして、アトラスをも刺した。
これが現実。
認めたくなかった事実。
軽率な行為が引き起こした結果。
きっかけは単純だった。
単に、月星に行ってみたかっただけだった。
しかし、月星とは正式な交流も無く、当時内戦終結直後ということもあって、レイナがいくら頼んでも行くことは許されなかった。
だが、レイナはどうしても見てみたかった。
内戦以前は世界の頂点に立つ大国といわれた月星。
たった十五歳の少年が戦いを収めたという英雄譚も、憧れに拍車をかけたかも知れない。
行かなければいけないような衝動ですらあった。
それだけなのだ。
「恨んで、いるわね。ケイ兄様……。私のせいで、汚名まで着せられて」
つぶやくようなレイナの声は重く、独り言に近い。
□□□
「嘘よ、レイナ。レオニス様はあなたを恨んではいない。あなたのせいなんかにはしてはしていない!」
ペルラは、レイナに事実を正視させたかった。
だが、それはレイナを咎める為ではない。
「誰かの意図することではなかったのなら、これは、偶然が重なってしまっただけよ」
困るのは、負の方向に物事を考えられてしまうこと。
ペルラは慎重に言葉を選ぶ。
「レイナ、あなたはケイネス様を救ったの。最期の言葉、あなたも聞いたでしょう?」
それは感謝の言葉だった。
ほぼ全てを魔物に封じられながらも、ケイネスの意識は確かに残っており、助けを求めていた。
そして、最愛の妹に救われたのならケイネスも満足だったはずだとペルラは強調する。
「でも、取り憑かれたのがケイネス様の落ち度とするなら、そして、あなたは身内の失態を補わなきゃと思っているなら……」
レイナは顔を上げた。
期待を含んだ眼差しで、ペルラの
「私にも、出来ることがある?」
ゆっくりと頷くペルラ。
ペルラはまだたった十七歳にしかならない幼なじみの少女を見つめた。
意を決したように、タイミングを間違わないように、はっきりとした口調で告げた。
「王位を、継ぎなさい」
愕然とするレイナ。恐怖にも似た表情。
レイナが口をひらく間を与えず、ペルラは続けた。
「この国には統べる者が必要なの。それはあなた以外にいないのよ!」
五年間を悔いるなら、帳消しに出来るくらいの良き世の中を創ればいい。
この王家の不祥事も今後の発展の為だったと納得させればいい。
それが、亡くなった者、苦しんだ者への謝罪にもなる。
レイナをその気にさせるなら、この際、都合の良い解釈ととられてもよかった。
レイナが統治者にしたいのは、過保護にかばいすぎて様子見をしているモースらも望んでいるはずのこと。
沈黙が走った。
唇をかみしめるレイナ。即答は出来ない。
□□□
対峙する二人の場は、第三者によって崩された。
こんな所にいたのかと、入ってきたのはハイネ。
「アトラスの、意識が戻った」
ハイネの言葉にレイナはびくりと肩を震わせた。
「君を、呼んでいる」
言いながら、ハイネはペルラに鋭い一瞥を与えた。
ここにいるべきではない、と。大人しく謹慎していろと含みを込めて。
ペルラがレオニスについていったのは自らの意志である。
意識を奪われて、やむを得ない状況に置かれて仕方無くという訳ではない。
故に、罪は重いとハイネや虐げられてきた者達は考える。
□□□
ペルラは屈せずにハイネを睨み返した。
勝手だと言いたければ言えばいい。
これからの主は決めた。
謹慎なんかしてくすぶっている間があるなら、新たなる主に対して出来ることをするまで。
「償えというならそれも行動で表させてもらうわ。なんと嘲笑されていても構わない」
傷物の女というレッテルが貼られ、嫁のもらい手もないと一族の中では噂する者もいる。
自分で選んだ結果だから甘んじて負うとペルラは決めていた。
「でも、ハイネ。あんたに私のしたことを咎めさせやしないわ。五年も何もせずに、ただ捕らわれていただけのあんたなんかに!」
「なんだってっ!」
憤るハイネ。
殴り合いが起きても不思議はない程の険悪な視線がぶつかり合った。
□□□
「モース様は向かわせましたよ、ハイネさま」
申し合わせたのかの様に現れたのは、脱獄に手を貸した黒髪の男、ライ。
もう兵士の装いはしていない。
「王女さまをお迎えに来たのでしょう?」
思い出したようにハイネはレイナを見やるが、彼女には二人の口論も耳に入っていなかった様子。
レイナは足元の一点を凝視し、震える身体を懸命に押さえようとしていた。
□□□
待ちわびた朗報にレイナは息を呑む。
すぐさまアトラスの元に行きたい反面、怖かった。
逃げ出したい衝動。
実際レイナは逃げていた。
直面するのが恐ろしくて、この三日間でさえアトラスの様子は遠目から一度見ただけだった。
「……大したひとですね。あなたは」
ふと、ライがペルラに話しているのが耳に入る。
「なかなかいませんよ。自分に正直に動ける人は」
「私は自分のしたことは自覚しているわ。だからこそ、すべき事も理解しているつもり」
(ーーすべきこと?)
レイナは巡らせた。
(ーーペルラの言ったように王位を継ぐこと?)
(ーーそんなことは知らない。)
だが目下、アトラスに対してしなければいけないことは解っていた。
向かいあわなければいけないのだ。
レイナはやっと顔を上げた。
足元はまだ震えていたが大丈夫。ちゃんと、会える。
レイナは、自らアトラスのいる部屋へと足を向けた。
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視点が変わり読みづらくてすみません。人毎に分けると短すぎるのでこうなりました。
【一章 登場人物紹介】
https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076599827456
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