■月星暦一五四一年七月⑰〈夢〉
全てが、真っ赤だった。
夕陽の朱か、それとも血の赤かは区別が付かない。
ただでさえ朱味を帯びた砂漠、正確には礫ばかりの大地に蹄の音がこだまする。
低木は踏みつぶされ、なぎ倒される。
彼は走っていた。
どこへ行くのか、どこへ行きたいのかなど分からない。
ただ、この戦場から逃れたくて、足を進める。
されど、いくら進めど周囲は赤く、かつて人馬であった物体に覆い尽くされている。
もはや敵、味方の区別などつかず、彼の歩みを妨げる。
近付く馬の気配。
彼は動けなかった。
衣が重い。
黒衣をまとっていたはずなのに、どうして赤く見えるのか。
これは、誰かの血なのか。
馬が彼の背後で止まった。
背の高い男が立ちはだかる。
砂色の髪を一つにまとめ、鎧をまとった中年の男。
胸部を斜めに切られた痕がある。そして、額にも傷。そこから流れた血は、髪と同色の髭を赤黒く固めていた。
よく、知っているような目。
ライネス・ジェイド・ボレアデス。
男の名が浮かぶ。
この、月星の戦場にて、かつて彼が手にかけた王。
王の手が彼の襟元をつかんだ。
剣が振り上げられる。
自分が斃した相手に今度は殺られるのか…。
これが夢なのはわかっている。
何度も見てきた。
いつもならここで終わる夢。
突然、青白い光の塊が二人の間を裂くように生まれた。
光は大きな鷲らしき猛禽類の輪郭をとり、舞い降りた。
『起きなさい。お前の身体は生きようとしている』
不意に意識に直接語りかられる声。
『お前には、すべき事がある』
鳥は翼を広げた。
羽片の各々からは銀色の輝きが紡がれ、辺りを覆い尽くす。
世界は明転した。
王の顔も、朱の大地も、輪郭から崩れ去り、視界から消え失せた。
ただ、そこにいるのは二人だけ。
いつかの白い砂漠だった。
同じ様に向かい合って二人は対峙していた。
当時は見上げた男の顔が、同じ高さにある。
「お前か」
「また、逢おうと言っただろう」
「あんたが死神かい。そいつはいい」
軽口を叩く彼に、男はひどく真面目な視線を向ける。
「私を探せ」
言い残し、その姿はぼやけて消えた。
【一章 登場人物紹介】
https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076599827456
【序章 登場人物紹介】https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076585788065
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