□月星歴一五四一年七月⑦〈まじない〉【□ハイネ】

□ハイネ

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 珍しく、食事や掃除等以外の時間に重い扉が開かれた。


 石造りの階段を降り、入ってきたのはハイネの知らない男だった。


 男は旅へ出る際によく使われるクラミュスと呼ばれる短めの外套に身を包んでいた。

 留め金を外せば一枚の大きな長方形の布になる為、上掛け代わりになって重宝するーーと、ハイネは何かの資料で読んだのを思い出した。


 二十歳くらいだろうか。

 ハイネよりも拳一つ分ほど背が高く、白樫色の肌は日に焼けており、見るからに健康そうな印象を受ける。


 連れてきたのはモースという、王家に仕える一族の長たる人物であった。


「何だよ、こいつは?」

「地下牢はもう一杯なのですよ」


 銀髪の老人は久方ぶりに話し相手に恵まれたろうと言い残して立ち去っていった。


 ハイネは、珍入者を再び見つめた。


 青みがかった砂色の髪を持ち、青灰色そらいろの瞳はどこか冷めたような眼差しをしている。


「お前もあのレオニスとやらに歯向かったくちか?」


 初めの言葉にかけるアクセントが強い話し方。この人間ではないことはすぐに分かる。


「いや……、まぁ、似たようなものだけど」


「あいつに反感を抱いていること、あいつの不審を買っていることは間違いないだろ?」


 ハイネが答える間にも男は部屋を見回した。


 上部にある窓扉を見つめたかと思うと、下部にある窓を屈み込んで観察した。

 窓枠の縁をなぞって考え込む素振りをみせる。

 入って来た扉に戻り、同じ様に枠を確認した。


「何をしているんだ?」


 ハイネが近づくと、男はいきなり腕を掴み袖口を捲り上げた。


 そこには表側からは見えないようにびっしりと刺繍がされていた。


「扉の枠飾りと似ているな」

「この国に昔からある紋様だよ」


 言いつつ、ハイネも驚きを隠せない。

 衣装棚に向かい、掛かっている衣類を確認する。


 袖口だけではなく、裾にも隠すように刺繍が施されているものがいくつも見つかった。


「お前、相当大事にされてるな」


 後ろから覗き込んでいた男が感心したように言う。


「どういうことだよ?」

「それは多分、魔除けのまじないだ。御守りと言い換えても良い。俺の国にも似たようなものがある」


 本来は別に隠すようなものではない。

 飾りとしての意味合いが強く、刺繍を長いテープにして襟や袖の縁に縫い付けたりすることが多い。 


 それがまじないになると本気で思っている者も少ないだろう。そんな由来を持つことすら、知らない者の方が多いかも知れない。


「扉の外側には盛り塩が二つ置かれていた。それもこの部屋に邪なものが入らないようにするまじないだな」


 それは、ずっと東の国の文化だった筈だ。

 異国の知識を取り入れることで、判りにくくしようとする意図が伺える。


「誰かがお前さんを何かから護りたいんだろうな」


 そんなことを言いながら、男は長椅子ソファーに座り込んだ。

 外套を脱ぎ、足を組む姿は自室にいるかのようにくつろいで見える。


 ハイネは自分の疑問を言葉にするのに時間を要した。


 何故にこの男はこうも余裕のある態度をとれるのか。男も捕らわれたはずなのにである。

 そもそも、どうして新参者がこんなに大きな態度をとっているのか。

 いくら五年近く閉じこめられてきた嫌な部屋であっても、現実ここはハイネを住まわす部屋とされている。

 後から新入した者である男は、座るにしても最初くらいは先にいた者に一言言うくらいしてもいいはずで……。


 ぐるぐると巡ったが、結局口をついた言葉は、もっとも単純なところに落ち着いた。


「いったい君は何者なんだ?」


 男は溜息をついた。


「どうしてこの国の連中は、自分から名乗ることをしないのか……」


 あきれた表情で男はハイネを見つめて言った。


「俺はアトラス。連れを探すのにあんたの協力を仰ぎたい」


【一章 登場人物紹介】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076599827456

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