小松崎と俺の一ヶ月戦争
爽太郎
第1話
俺のウチの右斜向かいに、小松崎八郎(仮名)というじいさんがいた。
風貌は、和田勉と竹村健一を足したような雰囲気だ。
大体察して頂ければと思う。
この話は、俺と小松崎八郎との間で起こった、1ヶ月に渡る戦争の話だ。
ある日、俺が珍しく早起きをすると、表でけたたましいチャリンコのブレーキ音が聞こえた。
何事かと思い二階の窓から外を覗くと、何やらチャリンコに乗ったおばさんが小松崎の家のドアの前に何かを置いて走り去った。
俺は急いで階段を降りて小松崎の家の前にいった。
そこには何と、一本のヤクルトが置いてあった。
ちなみに、小松崎の家には郵便受けも牛乳箱もない。
新聞や郵便物なんかは、いつも横開きの玄関のドアの脇のあまといに挟んである。
従ってヤクルトなんかもドアの前に置くしかないのである。
俺はおもむろにヤクルトを手に取った。
そしてそれをマジマジと見つめた。
そしてラベルの中央に指で穴を開けた。
そしてそれを一気に飲み干した。
美味しかった。
俺はヤクルトの空を元の位置に置くと、素早く家の中に戻っていった。
俺は二階に戻ると、窓を開けて小松崎が出てくるのを待った。
しばらくすると小松崎が家の横開きのドアをガラリと開けた。
あまといに挟まれた新聞をとったあと、足元に目をやった。
ヤクルトの空が置いてあった。
小松崎はその空を手に取り、マジマジと見つめた。
そして片目をつむり、中を覗いた。
そんな事しなくても中身はなかった。
小松崎は中へ入ってしまった。
次の日も俺はけたたましいチャリンコのブレーキ音で目を覚まし、小松崎の家の前にいった。
やっぱり今日もヤクルトが置いてあった。
俺はおもむろにヤクルトを手に取った。
そしてそれをマジマジと見つめた。
そしてラベルの中央に指で穴を開けた。
そしてそれを一気に飲み干した。
美味しかった。
俺はヤクルトの空を元の位置に置くと、素早く家の中に戻っていった。
俺は二階に戻ると、窓を開けて小松崎が出てくるのを待った。
しばらくすると小松崎が家の横開きのドアをガラリと開けた。
あまといに挟まれた新聞をとったあと、足元に目をやった。
ヤクルトの空が置いてあった。
小松崎はその空を手に取り、マジマジと見つめた。
そして片目をつむり、中を覗いた。
そんな事しなくても中身はなかった。
小松崎は中へ入ってしまった。
なんせヤクルトがないのなら苦情も言えるが、空がそこに置いてある以上小松崎とて文句は言えない。
ヤクルトは届けられてるのである。
小松崎はやり場のない怒りを何処にもぶつけられず、悶々としていたに違いない。
俺は二階の窓から小松崎の様子を見つつ、明日もヤクルトを飲むぞ! と心に決めた。
次の日も、けたたましいチャリンコのブレーキ音が鳴り響き、おばさんが小松崎の家の前にヤクルトを置いていった。
だが俺は既に起きていて、自分ちの玄関の小さなミラーから外の様子を窺っていた。
おばさんがヤクルトを置いたと同時に猛然とダッシュして小松崎の家の前に行くと、素早くラベルに指を突っ込み、一気にヤクルトをかっくらった。
すると、家の中から小松崎が起きてきた気配がした。
俺は猛然と反転して家に逃げ込むと、小松崎もガラリとドアを開けた。
今日もヤクルトは空だった。
こうして一週間以上、俺は毎日毎日ヤクルトを飲み続けた。
そのお陰か知らぬが、何となく自分としては健康体になった気がした。
それにつけても小松崎も、日に日に起きて来るのが早くなってきた。
大体ヤクルトが置かれて20秒後には俺は飲み干して、ダッシュで逃げるのだが、小松崎も30秒後には出てくるようになった。
「負けるもんか!」
こうなったら1日だって小松崎に飲ませてなるものか!
俺にとって小松崎は、生まれて初めてのライバルである。
絶対、小松崎には負けられない!
一方それは、小松崎とて同じ思いであろう。僅かな年金の中から頼んだヤクルト。
そのヤクルトを未だ一本も飲めないなんて…。
絶対にヤクルト泥棒を捕まえてやる!
ヤツもそう思ったに違いない。
こうして更に数日が過ぎ、俺と小松崎の戦いに、最大のヤマ場が訪れる事となる。
この日も俺は玄関の小さなミラーから外の様子を窺っていた。
そしてヤクルトが置かれるやいなや猛然とヤクルト目掛けて突進した。
そしてヤクルトを、まるでビーチフラッグのように掴み取ると、ラベルの中央に指で穴を開けた。
しかしその瞬間、小松崎が予想を上回る早さで起きてきた!
(ヤバい!)
早く飲み干さねば!
その時だった!
ベロの先がヤクルトの空に引っ付き、取れなくなってしまった!
痛てててて!
もがいてももがいても、ベロからヤクルトの空が取れない!
ガラス越しに小松崎の輪郭が分かる!
万事休す!
ガラッ!!
小松崎は勢いよく玄関のドアを開けた。
しばらくの静寂のあと、
「チッ!」
という小松崎の舌打ち。
最早間に合わないと思った俺は、小松崎の家が角に建っていたのをいいことに、ベロにヤクルトの空を引っ付けたまんま、曲がり角に隠れたのだ。
小松崎はいつものようにスゴスゴと家の中に入っていった。
「助かった…」
そう思ってホッとしたその瞬間、背後から声をかけられた。
「アンタ、何やってんの?」
ビクッとして振り向いた。
同い年の律子だった。
俺は、ベロの先にヤクルトの空を付けたままの、マヌケな姿を見られてしまった。
喋りたくても、ベロが痛くて喋れない。
不審な目を俺に向けながら律子は、夏休みのラジオ体操にでも行くのか、怪訝そうな表情を浮かべながら、俺の横を回り込むようにして通り過ぎた。
しかし、この戦いが始まって最大のピンチだった。
まさに、危機一髪だった。
次の日、月が変わり、小松崎の家にはヤクルトが配達されなくなった。
やめたのである。
小松崎はとうとう一度もヤクルトを飲むことなくやめたのであった。
小松崎と俺の一ヶ月戦争 爽太郎 @soso-sotaro1207
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