8おじ「作品タイトルも長文で要領を得ないし」
どうやって
「更衣室は、少年野球のを使うです。女子は寧しかいないので、めいわくにはならないです」
ほかの利用者はいないため、多少騒がれても安心して使うことができる。
「そういえばこの後練習だったね。時間は大丈夫?」
「まだよゆうがあるです。次に、着せる服についてですが」
小さい手で指差した。
「あのお姉さんのセーラー服をお借りするです」
示した先にいたのはシノだった。お菓子づくりが趣味のリカとパイプを築くために、熱心に自分を売り込んでいた。
「そうか。リカのセーラー服は、隣の席の班長と交換しちゃったもんな」
「姉はきっと、セーラー服に未練があるです」
「密かな願いを叶えてやるわけだね。寧ちゃんは優しいね」
「そ、それほどでもないです」
おじさんは寧の言葉を疑わなかった。
「その間、お姉さんには姉の学ランを着てもらうです。そっちも、ちょっと興味あるです」
「興味? そっちもって?」
「こ、こっちの話です」
こんこんと
「服を着がえる時ですが、もしかしたら、姉はていこうするかもしれないです」
「どうして? 本当はかわいい格好がしたいって、リカ自身が思ってるはずなのに」
寧は何食わぬ顔で理屈をつける。
「寧の手前、えんりょすると思われるです。姉がかわいい格好をふういんしたのは、寧が理由ですから」
「なら、寧ちゃんがリカの近くにいなければいいんじゃない?」
いったんどこかへ隠れていればいい。何気なくそう提案したが、首から提げたカメラに手をかけて、寧は今日一番の大声を出した。
「それじゃあ、何の意味もないでしょうが!」
「ど、どうした急に⁉」
大人しかった彼女の急変ぶりに戸惑った。寧はハッとなって猫をかぶり直す。
「と、取り乱したです……。忘れてくださいです」
「いや、無理だけど。大丈夫? 具合でも悪いの?」
「いいえおじさん。頭は最高にさえているです」
「そ、そう? ならいいんだけど……」
リカのそばを離れる気は、どうやら寧にはないようだ。
「とにかく、寧は姉のすぐそばにいるです」
「え? でも」
「これは決定じこうです。異論は認めないです」
「は、はい……」
有無を言わさぬ迫力に押されて、おじさんは引き下がるしかなかった。
「でも、姉を着せかえるのは、子どもの寧だけでは無理です。なので、おじさんも手伝ってくださいです」
「そんなことしたら、おじさんは犯罪者になっちゃうよ」
「構わないです」
「おじさんが構うよ!」
このままでは警察の厄介になってしまう――。そう案じたおじさんは代替案を
「……そうだ。シノなら進んでやってくれるかもしれないぞ」
「あのお姉さんですか?」
「ああ。確か前に……」
自分のスーツと彼女の制服を交換した時のことを思い出した。
*
『……なんかこれ、癖になっちゃいそうです。人にかわいい格好させるの』
『言っておくが、俺は今回限りだからな?』
『もったいないですね。ほかに誰かいませんかね。無理矢理かわいい格好させられたい人』
『いるわけないだろう、そんなやつ』
『やっぱりそうですかね』
『ああ。金輪際現れないな』
『そうですよね』
*
あの一件をきっかけに、シノはかわいい衣装を着せるのに目覚めていたのだった。その話を聞いて、寧は望外の幸運にうち震えた。
「なんというぎょうこう……! 奇跡っ……!」
「
「それでいくです。シノお姉さんのせいへきを利用するです」
「性癖……」
所どころで言葉に引っかかりを覚えたが、とりあえず犯罪に手を染めずに済みそうだった。
「そうと決まったら善は急げだ。さっそく打診してみよう。おーい、シノ!」
呼ばれたシノは、リカとの人脈づくりを中断する。一人でおじさんの元に駆け寄った。
「リカさん、ガードが堅いです。なかなかお友達になれません」
「出会っていきなりヤンママ呼ばわりしたやつを信用するわけないだろ」
寧と話し合った内容を伝えた。
*
・リカが強そうな格好をするのは、妹の寧を守るため
・無理してツッパッているが、実はかわいい格好に憧れている
・ずっと我慢していたと明かせば、原因である寧に責任を感じさせてしまう
・かわいい服を用意しても、寧がいると
・そこで、力づくで着せ替えてしまう
・リカは抵抗するかもしれないが、それは寧へ向けた演技に過ぎない
・心の中では、女の子らしい格好に満足するはず
*
「なるほど。だいたい分かりました」
「着替えを手伝ってもらえると助かるんだ。やってくれるか?」
シノは二つ返事で引き受けた。
「もちろんです。つーちゃんの時にハマっちゃったんですよね、女装させるの」
「女装て。リカは女だけどな」
「女の女装とでも言いましょうかね。腕が鳴ります」
「おおっ。頼もしいな」
「リカさんが内心で満足してくれれば、私の株も上がるというものですよ」
「お菓子目当ての友達作戦か……。まあ、そのおかげで上手く運びそうだな」
抱えていたスクールバッグを、シノは意味ありげにポンポンと叩いてみせた。
「それだけじゃないですよ、上手い具合なのは」
「どういう意味だ?」
目を輝かせて言った。
「演劇部の子から、劇で使うかわいい衣装をたまたま預かっていたのを思い出しました!」
「そんなたまたまがあってたまるか! と言いたいところだが……」
おじさんは固い握手を交わした。
「よくやったぞシノよ。セーラー服以外も試せるとは、これぞ僥倖だ」
「もたもたしていると、寧ちゃんの少年野球が始まってしまいますよ。急いで更衣室に移動しましょう」
一方、寧は姉に適当なことを言って丸め込んでいた。
「リカ姉。寧のユニフォームすがた、おじさんとシノお姉さんにも見せたいです」
「おっ、そりゃいいな。寧のかっこいいトコを見せてやろーぜ」
妹の真意を知らないリカは乗り気だった。上手く言いくるめたのを見て、おじさんはよしと頷く。
「向こうもまとまったみたいだな」
シノとともに
(リカにかわいいを諦めさせないぞ!)
シノは着せ替えを楽しむためと、お菓子を狙ったパイプづくりのため。
リカは妹のユニフォーム姿を二人に自慢するため。
寧は姉のかわいい姿をフィルムに収めるため。
こうして4人はそれぞれ別の思惑を胸に、女子更衣室へと向かうのであった。
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