今日も藤巻刑事は新人を育てる その三

久坂裕介

出題編

「しかし、これはまた……」と奥野おくのゆかを見つめながら、こまった表情をしていた。床には、六つの血文字ちもじが書かれていた。


はなさない

    で


 奥野は、つぶやいた。

「これじゃあ、『秘密を話さないで』なのか『あるモノとあるモノをはなさないで』なのか、分かりませんよねえ……」


 すると藤巻ふじまき刑事は、あきれた口調で答えた。

「はあ。君は本気で、そう思っているんですか?」


 奥野は、おどろいた表情になった。

「え? 違うんですか?」


 藤巻刑事は、聞いてみた。

「それじゃあ、ちょっと想像してみてください。君がある人物に刃物はものされて、今にも死にそうになっている。そしたら最後に、何を書き残したいですか?」


 少し考えた後、奥野は答えた。

「えーと。自分を刺した、犯人の名前ですね、やっぱり」


 藤巻刑事は、説明した。そうです。被害者ひがいしゃが最後に書き残す、ダイイング・メッセージ。それは古今東西ここんとうざい、犯人の名前と決まっているんです、と。奥野は一応、納得なっとくしたようだ。

「はあ、古今東西……」


 ここは、高級マンションの一室いっしつだ。被害者の妻が友だちとのディナーを終えて帰ってくると、被害者が腹部ふくぶから血を流してたおれていた。あわてて119番通報して救急車を呼んだが、被害者はすでに亡くなっていた。そして救急隊員が110番通報をして今、警察が調べているところだった。


 藤巻刑事とその部下の奥野がここにきた時には、すでに鑑識官かんしきかんたちが鑑識作業を行っていた。鑑識官の郡司ぐんじによると死因しいんは腹部を刃物のようなモノで刺されたことによる、出血多量ということだった。


 また被害者の妻の話によると部屋から、被害者の高級腕時計、被害者の妻の指輪、高級ブランドのバックなどがなくなっていた。つまりこれは、強盗殺人と考えられた。


 被害者はベンチャー企業の社長で、八名はなたくみ立花たちばな綾香あやか佐内さない博光ひろみつ本坊ほんぼう麻帆まほ井出いで佑真ゆうまの五人の社員がいた。そして藤巻刑事は、告げた。

「それじゃあ、このダイイング・メッセージから、犯人を推理すいりしてみてください。もちろん、間違ってもかまいません」


 と言いながらも藤巻刑事は、余裕よゆうだった。間違ってもいいからまずは、新人の奥野に事件のことを推理させる。この方法で奥野は最近、めきめきと推理力が上がってきていたからだ。もちろん、推理が間違っていたこともあった。だが奥野はどうして間違ったのか、どうすれば間違わずに推理できるのかを考えて推理力を上げた。奥野はむずかしい表情をしながら、答えた。

「えーと、僕の推理だと、三人になってしまうんですよねえ……」


 すると藤巻刑事は、満足そうにうなづいた。

「はい、それでいいんです。犯人は、一人ではありませんから」

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