第73話 雌犬の小屋
馬車の窓から外の景色を眺めていると、前方に大きな石造りの塀と鉄製の門が見えてきた。
どうやらあれが目的の子爵の館のようだ。
馬車は門で止まる事も無くそのまま中に入って行くと、その先には立派な石造り建物が見えてきた。
それは、総4階建てで大きなバルコニーと彫刻を施した石柱が手間をかけている事を主張していた。
だが、馬車はその館を素通りしたのだ。
何処に行くのだろうと訝っていると、館の後ろには3本の塔が建っており、小さな丸い窓のような物が縦に5つ並んでいる事から、中は5階建てと想像できた。
そしてその塔は屋根が付いた連絡通路で繋がっていて、右から2番目の塔と本館も連絡通路で繋がれていた。
あれのどれかに行くのだろうと思っていると、馬車はその3本の塔の左側の更に左側にあった小さな円形の建物の前で止まった。
それは1階分の高さしか無く、しかもかなり小ぶりであり、壁も石ではなく土壁で作られていた。
馬車の扉が開かれると、カフェで声を掛けてきた兵士が顔を覗かせた。
「降りろ」
私はそれに抵抗してみる事にした。
「ここは何処です? 子爵様に挨拶するなら本館の方に案内するのが普通じゃないんですか?」
「子爵様に会うにはそれなりの準備が必要だ。お前達にはその準備をして貰う。良いから早く出て来い」
そう言うと剣を突きつけてきたので、しぶしぶ従う事にした。
馬車から出ると周りには兵士達が剣を構えていて、おかしな動きをしたら刺されてしまいそうな雰囲気だった。
私達はそのまま建物の中に促されながら入って行くと、そこは円形の部屋になっていて、中央に鉄格子が嵌っていた。
どう見ても牢だった。
「ちょっと、これはどういうことですか?」
私が苦情を言うと、再び剣を突き付けられた。
「良いから中に入れ」
私と兵士は暫くの間睨み合っていたが、剣を喉元に突き付けられたので、仕方なく牢の中に入った。
そして鍵を閉められると、兵士は剣を収めて出て行ってしまった。
残っていたのは、牢番らしい男が一人だけだった。
私はその男から情報を何とか引き出そうとした。
「貴方は、この牢の番人ですか?」
「ああ、そうだ」
そう言った牢番の男は私の事を頭のてっぺんからつま先までじっくりと観察すると、その視線が再び上がってきて胸のあたりで止まった事に気が付いた。
「ここは何処ですか?」
「ああ、ここは雌犬の小屋って呼ばれているよ」
何ですかそのネーミングは。
いや、それは今はどうでもいいのよ。
「子爵様に会うための準備をすると聞きましたが、それがこれなのですか?」
「ああ、そうさ。まあ、準備と言ってもこれを付けるだけだがな」
そう言うと男は箱の中にある装飾品を見せてきた。
そこにあった装飾品は、銀細工のティアラとチョーカー、赤い宝石を嵌めたネックレス、金細工のブレスレットそれに銀細工のアンクレットだ。
そう言って男は何を想像したのか、嫌らしい顔でニヤリと笑った。
装飾品を身に付けて子爵と社交ダンスでも踊れと言うの?
なら、こんな荒事をしなくても招待状をくれればいいのではないの?
そして、乱暴な招待になった事が何かの手違いであったのなら、謝罪一つで許してやってもいいかと思っていたのだ。
「それなら私達で準備するから着替えのための部屋を用意して欲しいわね」
私がそう言うと目の前の男は首を横に傾げていたが、直ぐに可笑しそうに笑いだした。
「いや、お前達の着替えは俺がするから問題ないぞ。これが俺の役得だからな」
この男は何を言っているの?
貴方のような人間が、貴族令嬢を飾り立てられるとはとても思えませんよ?
「貴方に出来るとは思えません。部屋を用意してください」
私が強く言うと、男は気分を害したようだ。
床を踏み鳴らしながら乱暴な口調になっていた。
「黙れ、お前達に部屋等不要だ。そもそもお前達は素っ裸で踊るんだから、服を剥ぎ取るくらい俺にだって出来るんだよ」
「・・・なっ」
な、なんだってぇ。
一体私を誰だと思っているのよ。
「ふざけないでください。何だってそんな事をしなければならないのです。断固拒否です。上の者を連れてきなさい。私が抗議します」
全く何だっていうの?
これは謝罪くらいでは許してやる事はできませんね。
そう言えば古代エジプト王の壁画を集めた画集をみた時、王の前で装飾品を付けて裸踊りをする女性の姿が描かれていたわね。
地球の歴史では、英雄と呼ばれた王達が女好きだったのは広く知られており、そのため「英雄色を好む」と言われるほどなのだ。
その点で言うとこの世界での英雄は、勿論帝国の侵略から王国を救ったお父様だ。
だが、そのお父様も領地の女性を集めて裸踊りをさせたりはしないのだ。
もしお父様がそんな遊びをしていたなら、1週間は口を聞いてあげませんけどね。
それを片田舎の子爵風情が、こんな遊びをしているというの?
全く話になりませんわね。
だが、男は全く動じる様子も無かった。
「くくく、此処に入れられた女達は、皆最初は威勢がいいんだよ。だがな、その内自分から服を脱いで、踊らせてくださいと懇願してくるんだ」
そう言うと男は私の事など全く無視をすると、樽の中から胡桃のような実を取り出して砕き始めた。
あの実は見た事があった。
そしてその効能も。
「そ、それはまさか・・・」
「ああ? もしかしてカルルの実を知っているのか? なら、この煙を吸い込めばどうなるかお前も知っているだろう。直ぐに、お前も盛りの付いた雌犬になるさ。ここが雌犬の小屋と呼ばれている意味がこれで分かっただろう?」
男はそう言うと3本脚の香炉に砕いたカルルの実を入れて火を付けた。
そしてその香炉を床に置いた。
「これが部屋に充満するまでもうしばらくかかるが、なに煙を2、3時間も吸っていれば、効果は覿面だ。その後、素っ裸に剥いてやるから楽しみにしているんだな。そうそう、子爵様がお前の踊りを気に入らなかったら、俺達に払い下げられるから、その時はたっぷりと可愛がってやるぞ。ぶははは」
男はそう言うと部屋を出て行こうとしていた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
何とか、引き留めようとしたが、男は煙の効果を知っているようで、振り返る事も無く足早に出て行ってしまった。
さて、どうしましょう。
このままでは薬漬けにされてしまうわ。
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