第23話 南西の森へ

 翌朝、冒険者ギルドに行くと、早速南西の森での麻痺茸の採取依頼を受けるため受付の女性に依頼書を持っていった。


「こちらを受けたいと思います」

「はい、麻痺茸ですね。あ、そうそう南西の森に行かれるのでしたら、もし幻影魔樹があったら魔素の実を採取してきてください。こちらは需要があるのですが、なかなか見つからないのでかなり高値で売れますよ」


 それは知っているのだが、なかなか見つけられないのなら初心者に毛が生えた程度の私達には無理ではないだろうか?


「ええ、分かりました。でもあまり期待しないでください」

「あ、大丈夫ですよ。ベテランの冒険者でもなかなか見つけられませんから」


 ああ、期待してないけど偶然見つけたらよろしくという意味ね。


「ああ、でも赤い瞳の魔眼ネズミを見つけたら、後を追いかけてくださいね。もしかしたら幻影魔樹を見つけられるかもしれませんから」


 なんでも魔眼ネズミは、この幻影魔樹の幻影魔法を無効化する魔眼を持っているので、簡単に場所が分かるらしい。


 そしてそこは、天敵に見つからない絶好の塒になるのだ。


 冒険者ギルドを出た私達は、そのまま馬車で冒険者門に差し掛かった。


 そこには前回も会った兵士が門番として立っていたので、手を振って挨拶すると、向こうも私の事を覚えているようで、そのまま行けと言うふうに手で合図をしてきた。


 この冒険者門は毎日多数に冒険者が通ると思うのだが、たった2回で既に顔を覚えられているとは思わなかった。


 それでも顔パスというのは、貴族門を通る時に戻ったようで何だが嬉しかった。


 道を暫く進むと分岐路があり、南西の森は右手側の道になった。


 昼食は馬に水や飼葉をやるため、川の傍にある馬車寄せと呼ばれる人口的に作られた広場を使う事にした。


 エミーリアは私が言ったことをちゃんと履行してくれたようで、テーブルロールを切ってその中に野菜と肉を詰め込んだ簡単昼食を作ってくれていた。


 簡単な物だが意外と美味しかった。


 それはエミーリアやエイベルも同じだったようで、意外そうな顔をしていた。


 南西の森に到着した時は日も大分傾いた頃だったので、森の入口付近にある開けた場所で野営をすることになった。


 エイベルに聞いてみると、野営には竈が必要とのことで石と枯れ枝を集める必要があるとのことだったので、私も張り切って探すことにした。

 だが、2人からは生暖かい目で見られるだけだった。


「わ、私だって枝くらい集められるんだからね」


 エミーリアからはお嬢様は馬車の中で寛いでいてくださいと言われたが、私はそう宣言して探しに行った。


 森を少し入ると木々の間には草が生い茂っており、地面には自然に折れた枝が落ちていた。


 何だ、簡単じゃない。


 私はその枝を1本拾うと、表面には泥が付いていて意外と重かった。


 何とか服が汚れないように数本手にすると、それを持って戻っていった。


 そして石を組んで竈を作っているエイベルの元にその枝を置くと、両手を腰に当たりに置いてドヤ顔をしてやった。


「どう、私だって少しは役に立つでしょう?」


 するとエイベルは、私が持ってきた枝を見てとても残念そうな顔をしていた。


 私が不安になって尋ねてみると、水を吸った枝は燃えにくくて使えないそうだ。


 仕方ないじゃないか、そんな事誰も教えてくれないのだ。


 私は恥ずかしくなって馬車の中に入ると、そのまま閉じ込もった。


 +++++


 エミーリアが枯れ枝を集めて戻ってくると、エイベルが竈を完成させていた。


 傍らには湿って使えそうもない枝が置いてあったので、もしやと思いエイベルに聞いてみるとやはりお嬢様が持ってきたようだ。


 そのお嬢様はエイベルに使えないと言われて拗ねてしまったようで、馬車の中から出てこないのだとか。


 私はモス男爵家の3女として生まれ、10歳の時にブレスコット辺境伯家のお屋敷に見習いメイドとして働きにやって来たのだ。


 そしてその時まだ7歳のクレメンタイン様のお傍付きになり、それから10年間常にお傍で見守って参りました。


 これからもそれは変わることはございません。


 7年前、私の実家であるモス男爵家が派閥争いにより、ありもしない罪を擦り付けられ家族全員が処断された時、私を捕えるために差し向けられた捕縛隊に一歩も引かずお嬢様が守って下さいました。


 あの時お嬢様が言い放った言葉はこうでした。


「エミーリアをどうしても連れて行くというのなら、貴方達の名前を言いなさい。それから捕縛を命じた者達の名前もよ。全員まとめてお父様に言いつけて酷い目に遭わせて差し上げますわ」


 ええ、今でもはっきりと覚えております。


 当時も今も、ブレスコット辺境伯様は、溺愛する娘の頼み事を何でも叶えるお方でした。


 あの後、辺境伯様はお嬢様が危険な状況にあった事を知ると、大慌てで事態の収拾を計り、私も生き延びることが出来ました。


 そして、王都の館に隠し通路を作ったり、他の場所に身を隠せるセーフティハウスを設置したりと、お嬢様の事となるとなりふり構わぬ仕事ぶりは御見事でございました。


 お嬢様が周りの貴族達から「告げ口令嬢」と陰口を言われるようになったのは、あの時私を守って下された事が原因なのでしょう。


 お嬢様がそう呼ばれる度に私が暗い顔をすると、必ず「それでエミーリアが今でも元気にここに居るのだから何でもないわ」と言っていただける事にどれだけ救われたことか。


 それにお嬢様が「残虐女」と呼ばれているのだって、エイベルがお嬢様は怒っている時は両親が傍に居ない寂しさを忘れているようだと言って、しょっちゅうお嬢様を怒らせては足蹴にされているからに相違ございません。


 一度エイベルに怪我は大丈夫なのかと聞いた事がありましたが、エイベルは笑いながらお嬢様は急所を狙わないから平気だと言っていました。


 あの後、注意して見ていると、お嬢様はお尻とかの肉が厚いところしか狙っていませんでした。


 それが学園の卒業パーティーがあった日、館に帰られたお嬢様はまるで別人にように変わられて驚いてしまいました。


 それというのも使用人達への暴言やいじめが一切無く、あろうことかお礼の言葉まで出てくる始末で、エイベルの暴言にも我慢しておいでなのです。


 きっとあのあほ王子が原因なのでしょう。


 あのような大馬鹿者は、辺境伯様に蹴飛ばされたら良いのです。


 だが、悪い事ばかりではございません。


 お嬢様がまた私の手元に戻って来てくれたのですから、その点はあほ王子に感謝しなければなりませんね。


 お嬢様の一面しか見ようとしない者達からは、酷い女だと蔑み、嫌われる事も多いかもしれませんが、私はそんなお嬢様が大好きでございます。


 エミーリアは満足そうな笑みを浮かべると、お嬢様のために夕食を作り始めるのだった。

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