『異界窓口・栞屋』
DITinoue(上楽竜文)
第1話
「えっ、ホントに?」
雄星はキョトンとした顔で、和花の顔をまじまじと見つめてきた。
「みたいですよ、ちょっと、代わります」
和花は電話を雄星に預けた。
「もしもし、お電話代わりました、移動書店BOOK MARK店主の大森雄星でございます。……はい、あの、本当に失礼なのですが、本当に
雄星が、KILテレビのグルメ番組、「ニコモグ食堂!」のファンなのはよく知っている。その司会を務める早田アナウンサーは、結婚して戸田と姓を変えた。
「えーっと、はい、あの、具体的にどのような用途でどのくらいの期間を想定していらっしゃるのでしょう?」
彼の顔は既にでろんでろんになっていた。
ふと隣を見ると、陸玖が唇を尖がらせ、不機嫌そうに雄星を見ていた。
和花は、ちらりと彼女を睨んだ。
「……なるほど、そうですか。条件は良いですね……分かりました。二週間ですね? はい、二週間以内なら引き受けます。……役、ですか。我々が演じるのですか? え? ……エキストラではなく? 本当ですか。……検討させていただきます。あ、脚本を本にしたのって既に販売していたりします? ……あぁ、ならその本に十冊頂けたら嬉しいです。はい、ありがとうございます、失礼します」
電話を切った雄星はニッコニコで話しかけてきた。
「おいおい、聞いたか? KILのテレビの次のドラマに、BOOK MARKが起用されることになったぞ」
だが、女性陣二人は正直、冷めていた。
「二週間もバンを貸すんですか? それでは本を売ることが出来ないじゃないですか!」
陸玖が食って掛かった。
「それは仕方がないだろう、臨時休業だね。……まあ、ドラマ撮影に随行できるらしいから、そこで売ってみてもいいんだけど」
「えぇぇ……」
不満そうな顔をした陸玖は、マットレスにドカッと寝転がった。
「ちょっと寝転がらないでよ、狭いでしょ?」
「うるさいです、青木さん」
と言って、和花の腰を蹴ってきた。
「はぁ、蹴ることないんじゃない、ちょっと、謝りなさいよ」
「黙っててください。私より遥かに役に立たないくせに」
「……止めろ、二人とも。両方クビを切ってやっても、僕は不自由しない」
言ってから、雄星はしまった、と言うような顔をした。
「……はい」
「すみませんでしたー」
和花はしゅんとした顔をして、陸玖は嫌々起き上がった。
「ま、そういうわけだから、撮影開始はちょうど二週間後。脚本の小説と漫画バージョン結構持ってきてくれるらしいから。それと、僕らにもなんか役が与えられるらしいから、楽しみにしておこう」
意外な不評っぷりに雄星は戸惑いつつも、努めて明るい声で言った。
ひとまず和花は、窓から顔を出して外の空気を腹一杯吸い込んだ。
あっという間に二週間は過ぎ去っていき、ついに、『異界窓口・栞屋』撮影開始の日がやってきた。
「こんにちは、今回はわざわざお車をお貸しいただき本当にありがとうございます。私はKILテレビアナウンサーの戸田ひな子です。このドラマの語りを務めます」
彼女は深々と頭を下げた。
「私は、監督の
監督は、初老の人だったが、聞いたことのない名前だった。
その他、スタッフの紹介があり、いよいよ俳優の登場である。
「こんにちは、Blue Spring Melody’sの
まず入ってきたのは、十年くらい前、少年バンドとして注目を浴びた西堀良平だった。バンドは今、絶頂期にある。
「こんにちは! 主演を務めさせていただきます、
はっ、と隣で息を吞む音が聞こえた。
音の主は、大森雄星その人だった。
彼の目がキラキラ、恨めしいほどに輝いていて、黒目は、女優の笑顔をピッタリ追いかけていた。
「それでは大森さん、何かご挨拶頂いてもよろしいですか?」
「えっ、えっ?」
「ご挨拶、頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、は、はい……」
ものすごいテンパり具合で、その顔は、風呂で茹でられた後のように赤かった。
「えっと、BOOK MARK店主の大森雄星と申します。ひとまず、僕からは、主演の
拍手は、まばらだった。
「あの……」
五嶋美海が遠慮がちに手を挙げた。
「は、はい?」
「ごじま、じゃなくて、ごしま、です」
「え、え、えっ?」
言われた瞬間、ものすごい顔をして周囲をキョロキョロキョロキョロキョロキョロと見回した。
「あ、そそ、それは申し訳ございませんでした」
「いやいやいいですよ、よく間違われますしね。良いドラマに出来るように、頑張りますね」
アメリカの俳優みたいに、五嶋美海はパチッとウインクした。
雄星は、魂を持っていかれたかのように、その場から動けなくなった。
和花と陸玖は、そんな雄星と五嶋美海を、歯を食いしばりながら見比べ、お互いの目を見合った。
撮影が始まった。
初めに撮影することになったのは、オープニングシーンとなる、BOOK MARKスタッフ三人が出演する場面だった。
◆◇◆
AとBのカップルが、騒ぎながら店へやってくる。
葉多:いらっしゃいませ。
葉多、Aに興味を持つ。
エA:『果てるまで、離さないで』という本をお願いします。
葉多:了解しました。
AとBが色々話している。
エB:あ、私『一生あんたと話さない』っていう本!
葉多:はい。
葉多、本を二人に差し出し、会計をする。そこで、Aの手をガシッと掴む。
エA:え、な、何ですか?
葉多:うちで一緒に働かない?
Bがすかさず、Aの手を握る。
エB:離しちゃダメだよ! この人は私の彼氏なので、手を離してください!
葉多:諦めて。この人は本好きみたいだから、きっとこの仕事に興味を持ってる。
エA:やめてくれ!
A、葉多から手を引き剥がす。
エB:二度と、手を出さないでくださいね。
AとB、二人で話しながら足早に去ってゆく。
◆◇◆
「……え?」
――こんな役をやるの?
「エキストラAは、まあ男性スタッフなので大森さんで確定なんですが、Bは青木さんか濱田さんのどちらかに務めていただくことになります」
「なら私が!」
和花はいち早く手を挙げた。
「私もやりたいんですけど」
陸玖がその手を強引に下ろして、自分の手を挙げた。
雄星はそんなことを視界にすら入れず、真剣な表情でセリフの確認をしている五嶋美海に見入っていた。
「えーっと、じゃあ大森さんはどちらの方とやりたいですか?」
「私ですよね?」
「私ですね?」
戸田アナウンサーの声に、二人の女はすぐさま反応して、雄星に詰め寄った。
「え、な、何?」
「私ですよね?」
「私に決まってますよね?」
グイグイと鼻息荒く詰め寄ってくる二人に、雄星はのけ反った。
「えっ、何が?」
「どちらと演じたいかっていう話です」
戸田アナウンサーがすかさずフォローを耳に入れる。
「え、どちら……正直、どっちも、あっ」
何でもない、と雄星は顔の前で慌てて手を振った。
「……どうしましょう、なら、一度リハーサルをやってみるのはどうですか? どちらが演技に向いているのか」
パイプを加えて椅子に深く腰を下ろしている監督が声を掛けた。
「え、リハーサル?」
「え?」
途端に、和花と陸玖は顔を紅潮させ、髪や服を整え始めた。
雄星は、自分の好きを詰め込んだバンへ乗り込んだ五嶋美海を目でチラチラ追っていた。
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