うどん転生ー後に覇王と呼ばれたうどんー

蒼色ノ狐

うどん転生 生地作り

 突然だが皆、異世界転生に憧れた事はあるか?

 勇者に転生して王道を突き進んだり。

 あるいは人外に転生して自分だけの道を突き進んだり。

 様々な転生先を考えてる事だろう。


 しかし、現実というのはそう甘くはない。

 事実はどんなファンタジーより奇なり。

 時としてとんでもない転生をするのである。


 え? どうしてそんな事が分かるのかって?

 それは簡単だ。

 何故なら俺はいま


「さあ、ご飯にするぞ」

「わー! 美味しそうなだ!」


 うどん、なのだから。

 父親と思われる男と、子ども。

 その両者の間に挟まれる形で置かれてるうどん、それが俺。

 いやー驚いたね、何せうどんだよ?

 食べ物だよ?

 小麦粉の塊だよ?


 いつ意識が芽生えたかは少しあやふやだが、少なくとも転生者であること。

 そして俺がうどんである事は確かだ。

 さて、ここまで事実を考えて見て一言いえるのは。


(あれ? 詰んでない?)


 何せうどんである。

 しかも食べられる寸前でもある。

 痛覚がもしあったりしたら、ショックで死んでしまう。


「「いただきまーす!!」


 って! 考えてる間に食べようとしてるし!!

 二対の箸が俺に迫ろうとしている!!

 ウオォォォォ!!

 動け! 俺の体ぁ!!


「うわぁ!?」

「う、うどんが動いた!?」


 成せば成った!

 俺はうどんの束として跳ねていく。

 ざるうどんだったのは不幸中の幸いだった。

 かけうどんみたいに丼に盛られていたら、跳ねまわるのは無理だったかも知れない。


「父さん! 何でうどんが動いているの!?」

「クッ! 健康にいいかとマンドラゴラの粉末を混ぜたのが原因か? それとも魔界の水で捏ねたのが原因か? それとも」

「それ息子に食べさせようとしてたの!?」


 いや、ホント何してるんだよ。

 ツッコミたいところではあるが口がないので、思うだけにして俺は近くにあった扉に向かう。


「まずい! うどんが外に出るぞ!」

「本当にうどんって呼んでいいのかな、コレ!?」


 そんな事を叫びながら、二人は俺の道を遮ろうとする。

 だが俺としても最初で最後のチャンス、逃がす訳には行かない!

 燃えろ! 俺の魂!


「う、うどんが水気を利用して床をスライディングだとぉ!?」

「やっぱりコレうどんじゃないよねぇ!?」


 必死のスライディングで二人の間をすり抜けると、鍵が掛かってなかった扉に体当たりをする。

 どうやら外は夜だったようで、幸いにも人気は少ない。

 とにかく俺は人がいないであろう森の方に跳ねて行く。


「ど、どうするの父さん。また近所の人に怒られるよ?」

「……さぁ息子よ! 夕飯を作るぞ!」

「最低だよ父さん」


 そんな会話をバックにしながら。

 と言うか初めてじゃないんかい!?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そんなこんなで、俺は無事に森に逃げ込んだ。

 何故か視覚も聴覚も機能しているので、周りの状況がよく分かるのは幸いだが


(これから、どうしよう)


 しつこい様だが、俺は今うどんである。

 人と交流しようとしても追われる事は確実。

 モンスターはいるかどうか知らないが、どのみち相手にされないだろう。

 結局一人で生きていかないといけない訳だが、どう生きていけばいいのかすら分からない。

 何せうどんだもの。


(一先ず安心できる場所を確保。こんな所をもしモンスターに襲われたりしたら)


 グルルルル


(した、ら……)


 嫌な予感を抱えつつ、俺が視界をその方向に向けると。

 そこにはオオカミがいた。

 オオカミが、いた。


(ああ、短い人生(?)だったなぁ)


 絶望しか感じえないこの状況。

 オオカミがうどんを食べるのかは不明であるが、碌な目に合わない事は必須である。

 逃げようにもオオカミの脚に敵う訳もないだろうし、残されてる道は二つ。

 諦めて喰われるか、それとも戦うかである。

 勝ち目など、ある訳もない。

 例えるなら台風の日に外で放置されたロウソクの火の如く。

 そしてイヤらしいゲームをしてるところを親に見られた子どもの如く、その命運は真っ暗である。


 だが


(諦めたくない)


 そう、諦めたくない。

 例え可能性がどれだけ低くても、それが諦める理由にはならない!

 俺はうどんの一本一本に力を込める。


 グルル


 その気配を感じたのか、オオカミも警戒感を強めていく。

 先手必勝!!

 そう心で叫びながら、俺はオオカミに襲い掛かる。


(うどん! 百裂拳!)


 うどんを触手のように扱いながら、オオカミに叩きつける。

 さながら世紀末に現れた救世主の技の如く、オオカミは地に倒れた。


 ……ならどれだけ良かっただろう。


 ペチ、ペチ


 そんな音が聞こえてくるような、情けない衝撃しかオオカミに与えられない。

 当然、オオカミにダメージを与えられる訳もない。


 グルルルルルル


 不快だったのか、オオカミは唸りながら一本のうどんに噛みつき千切る。


(ギャァァァァァ!? 痛くないけど痛い気がするぅぅぅぅ!?)


 思わずビビッて手ならぬうどんを引っ込める俺。

 一方オオカミの方はうどんを飲みこんでいた。

 千切れてもその部分が単独で動ける。

 そんな便利設定なんてある訳もなく、うどんは消化されていった。

 もはや俺が食われるのも時間の問題、そう思った瞬間であった。


(ん? まてよ? 千切れても問題ないなら、塊になっても問題ないのでは?)


 これは正直賭けである。

 うどんでは無くなった瞬間に、俺の自我が消える可能性だってある。

 だがしなくても死が待っているのであれば、そう悪い賭けでもなかった。


(行くぞ! 合! 身!!)


 うどんの一本一本が混ぜ合わさり、俺はそこそこ大きな小麦粉の塊となった。

 幸いにも意識は、ある。

 ならば次の手!


(チェンジ! 一本うどん!)


 塊が段々と細く長く伸びていき、最終的に蛇のようなスタイルになった。


 グルルル


 この姿にオオカミの方もさらに警戒したらしく、数歩下がる。

 だが作戦は変わらない、先手必勝である!


(うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)


 俺は体を思いっきり回転させる。

 オオカミは何をする気なのか分からず、警戒したままである。


(くらえ! うどんスピンアタック!!)


 質量と遠心力が加わった俺の渾身の一撃、それはまるで吸い込まれるようにオオカミの頭部に直撃した。

 声を上げる事もなく、オオカミは地に倒れるのであった。


(や、やったのか?)


 自分の事ながら、うどんがオオカミを倒すというこの状況に半信半疑になってしまう。

 オオカミを突つつきながら反応を窺っていると、どこからか機械を通したような声が聞こえる。


『レベルアップしました』

(レベルの概念があるのか、というかうどんにも適応されるのか)


 そんな事を考えていたが、続けて声が聞こえる。


『新スキルを入手しました。ステータスよりご確認ください』

(うおぉ! や、やった!)


 これで少しはこれからが楽になるかも知れない。

 その思いで俺は心の中でステータスを唱える。

 レベルが二という事や、職業がうどん(冷)なのは今は置いておく。

 縋る思いで俺はスキルの欄を確認する。

 そこにはただ一つだけ、名前が書かれていた。


『小麦増殖』

(ジーザス!)


 思わずそう考える俺であったが、冷静になって考えればまだ分からない。

 もしかしたら名前だけが残念で、実はチート級のスキルなのかも知れない。


(頼む神様!)


 そう思いつつ、俺はスキルの詳細を確認すると。


『小麦、あるいは小麦粉を取り込む事ができる。とくに強くはならない』

(神なんて嫌いだ)


 というか最後の一文は完全に嫌がらせだろうが。

 この先の事を考えて呆然としてると、何かに触られている感覚がする。


(ん?)


 視覚をハッキリさせてみると、そこには先ほどのオオカミがいた。


(……)


 絶句、だった。

 手を凝らしても、うどんの質量では限界があったようだ。


(喰われる……!)


 そう覚悟した俺であったが、オオカミはどこかへ歩いていく。


(あれ?)


 不思議にその姿を見送っていると、オオカミは少ししてから立ち止まり振り返る。


(……一緒に来い、って事か?)


 俺が警戒しながら蛇の如く這うと、オオカミはまた歩き始める。

 そうこうしながらしばらく動いていき、着いた先は。


(こ、これは! 小麦畑か!?)


 一面には小麦らしきものがズラッと並んでいた。

 小麦の一大産地なのか、どれだけ見渡しても小麦であった。


(も、もしかしてオオカミ。俺をここに案内を?)


 ウォン!


 俺の考えを察しているように、いいタイミングで吠えるオオカミ。

 その考えも分からないうえに、感謝も伝えられない。

 だが一つだけ確かなのは、これがチャンスである事である。

 これだけの小麦があれば質量だけでも相当で、それでモンスターを押しつぶす事も可能だろう。

 そうなればレベルも上がり、まともなスキルも貰えるかも知れない。


(いいぜ? やってやろうじゃねぇか、うどんによる快進撃って奴をなぁ!)


 —―後に、『小麦の覇王』と呼ばれる正体不明の王

 その一歩はこの小麦畑から始まるのであった。

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