異世界戦記 虹の王
あらいぐま
第1話 七色の流れ星
獣より獰猛(どうもう)な生き物が俺と侍従の王常忠(おうじょうちゅう)を追い駆けている。
その生き物は体が大きく、頭から角が生え、目が赤い。
見た目は大きな牛だが、牛ではない
――魔物だ。
魔物は獣より力が強く、敏捷で、そして魔力を持っている。
魔力を持った魔物は獣より何倍も強い。
この世界で、魔力は絶対的な力だ。
それは魔物だけでなく、人間にとっても同じであった。
高い魔力を持った者が力を手にする。
高い階級の魔力を持った者が強者であり、権力や武力を手に入れた。
ただ、今はそんな力の話より、俺たちが魔物に追われている状況を何とかしなければならない。
幸いなことに、俺たちを追っている魔物の魔力階級は大したことは無かった。
この程度の魔力階級なら、従者の王常忠の力で簡単に捻じ伏せられる。
問題は、王常忠が魔物の戦いを俺に押し付けることだ。
「楊慶之様。早く、この魔物を倒してください。追いつかれますよ。」
「常忠、お前が倒せ。俺は魔力持ちじゃないんだ。魔物を倒せるわけがあるか。」
「大丈夫ですよ。慶之様の剣の腕なら。それくらいの魔物なんて。」
常忠は俺の侍従であると同時に剣の師匠でもある。
しかも魔力も持っている。7つの魔力階級の上から3つ目の将級魔力を持っている。軍に入れば、直ぐに将校クラスになれる魔力だ。
「そんな無茶できるか。もし、俺が魔物に殺されたらどうするんだ。お前はまだ、俺に魔力が発現すると思っているのか。」
「はい、魔力は生まれながらに使える人と、後天的に使える人の2つのタイプがありますから。慶之様はきっと後天的の方です。後天的の方は、命の危険や何かのきっかけで目覚めるそうですから。頑張って、あの魔物をください。楊公爵家の御曹司に魔力が使えないわけがありません。」
常忠は、俺に魔物と戦わせ、魔力が発現するきっかけにしたいと考えた。
本来、魔力は遺伝する。
貴族の子弟は大抵が魔力を持って生まれてくる。
だが、残念ながら俺は生まれながらに魔力を持っていなかった。
楊公爵家には5人の子供がいたが、魔力を持っていないのは俺だけ。今まで、楊公爵家の歴史においても魔力が無い子供など生まれることなど無かった。
心配した両親や兄たちは、楊公爵家の力を使って有名な魔導士を連れてきたり、博学な家庭教師を呼んだりと、俺の魔力を発現させようと頑張った・・・だが、結果はダメだった。
今では、家族も俺の魔力についてはあきらめている。
それで、魔力が無くとも生きていける文官に、王国の官僚になる道を親父殿が用意さえしていた。
そんな中、まだ、あきらめていないのは常忠だけだ。
「そういうことで、命を賭して、魔物と戦ってください。慶之様。」
「・・・それは、無理。そんなこと聞いたこと無いから。」
「それに、慶之様の腕と旦那様に貰った剣なら魔力が無くても、魔物は倒せますよ。」
父がくれた剣は、魔力が無くても魔力が倒せる名剣だ。
普通では簡単に手に入らない剣だが、王都に向かう旅の餞別にくれたのだ。
うちの実家の公爵家。しかも、この大陳国の中で3大貴族と呼ばれる領地の大きく、家格の高い名門の貴族だ。元々は大陳国を興した王の子供で、王族の次に連なる家系でもある。
俺は、そんな楊公爵家の3男で、名は楊慶之。
ただ、魔力を持たない出来損ないだ。
だが、両親や兄妹たちは、そんな出来損ないの俺を家族と言って、心配し、可愛がってくれた。
そして、今回、王都に旅立つ餞別として、この名剣を親父殿がくれたのであった。
「いや、無理だ。魔力無しの人間が魔力を持った魔物と戦ったら・・・。間違いなく魔力のある魔物が勝つ。そんなの当たり前のことだ。」
「大丈夫ですよ。相手の魔力階級は『下級魔力の下』。十分、魔力の無い慶之様でも戦えます。ちゃんと訓練を行ってきました。それに、この名剣があります。」
牛の魔物が、俺のすぐ後ろに近づいてくる。まさに俺と常忠のすぐ後ろを走っている。このままだと、魔物の角で串刺しになる・・・。
普通、魔物は、滅多に人里に現れない。
だが、時々、魔物の領域からハグレた魔物が人界にやってくる。
本来、魔物は、魔力が濃い魔力溜(だまり)に群れをなして生きている。この魔力溜りを魔物の領域と呼んでいる。
そして、魔物が魔物の領域から出る事は滅多にない。
その魔物の領域からはぐれた魔物に襲われるとは、俺たちは運が悪い。
「分かった、常忠。仕方が無いから俺がやる。その代わり、援護を頼むぞ。」
「分かりました。慶之様。援護はお任せください。」
俺は、腰から剣を抜くと、右に跳んだ。
同時に、常忠も左に跳ぶ。
牛の魔物は、俺たちが左右に跳んで前方から姿を消しても、直ぐには止まれないようで、少し距離を進んでから振り返った。
振り返った牛の魔物は、俺と常忠のどちらを倒すか、値踏みをしているようだ。
『常忠だ。常忠の方へ行け!』心の中で、魔物に常忠の方へ行けと願う。
「ブルルルル」
鼻息を荒く鳴らすと、牛の魔物は俺の所に向かって走ってくる。
「・・・やっぱり、俺か。」
俺は生まれつき、なぜか運が悪い。いつもハズレを引く。
今回もやっぱり、牛の魔物も俺の方を選んだ。
あきらめた俺は、親父殿からもらったアダマンタイトの剣を構える。
アダマンタイトはこの世界で通常の鉄より、いやダイヤモンドよりも硬い鋼材と言われている。剣の力は魔力伝導が高い、魔力を帯びたミスリルの剣には敵わないが、魔力の無い俺にとっては、この剣の方が役に立つ。
普通の剣では、魔力をまとった魔物の硬い外皮は貫けない。
だから、魔物と戦う時は剣に魔力をまとわせる。それで、剣の切れ味も硬さも格段に上がり、魔力をまとった魔物の皮を貫けるのだ。
だが、楊公爵家の業物(わざもの)であるこの剣は、魔力を剣にまとわせなくても、魔物と戦うことが出来る数少ない武器であった。
牛の魔物が、俺に向かって一直線に走ってくる。
体が大きく、あの角で突かれたら、即死は確定だろう。
角は避けられても、あの巨体に体当たりをされれば、吹き飛ばされて死ぬかもしれない。
「どっちでも・・・死ぬか。」
静かに呼吸をして、息を整える。
牛の魔物が近づくギリギリまで、俺は腰を低く身構えて魔物に集中している。
そして、体当たりする寸前。
おれは右に動いて、剣で牛の左前足に剣をぶつける。
「硬い・・・。」
魔力をまとった魔物は、剣や武器などの刃が通りにくい。
前に蹴り上げようとする魔物の足と、俺の名剣がぶつかった。
「剣の刃が、通りさえすれば・・・・。」
「ブオオオオォォォ。」
俺は魔物の前足を斬った。
足の痛みを訴えるように牛の魔物は叫び声を上げている。
前足を失った牛の魔物はバランスを崩し、つんのめるように頭から地面に突進した。
魔物が地面に突進した勢いで、俺も吹き飛ばされる。
それにしても、さすがはアダマンタイトの業物の剣だけはある。
下級魔力の魔物とはいえ、本当に魔物を斬った。
普通の剣であれば、結果は逆で、剣の方が折れていただろう。
「お見事です。」
常忠が魔物に近づいて、前足が立てない魔物の首に剣を振り下ろした。
斬られた胴体からは、緑の血が噴水のように吹き出す。
そして、地面に落ちた首の目は、赤から白に変わった。
魔物は死ぬと、目の色が赤から白に変わるようだ。
「これは、魔牛妖(まぎゅうよう)ですね。魔力階級が下級魔力の中ですか。」
常忠は地面に転がっている魔物の首を見てつぶやいた。
魔力階級とは、7つの魔力の力のランクである。
一番強いのが神級魔力、次に王級魔力、将級魔力、特級魔力、下級魔力の上、下級魔力の中、下級魔力の下の7つの階級があり、階級が1つ違うと戦闘能力に大きな差が出る。 下級魔力の中は、7つの魔力階級で上から6つ目だ。
将級魔力の上から3つ目の常忠よりはだいぶん格下の魔力の魔物だ。
3つも格下の魔力階級の相手であれば、戦う力が愕然に違うので、常忠が戦えば、余裕で魔物を倒しただろう。
「それにしても、下級魔物なら俺の剣でも切れたな・・・。」
「さすがは、アダマンタイトの剣です。それより、慶之様の魔力の発現は如何ですか。何か、声が聞こえたり、体が熱くなったりしませんか。」
「・・・・・・・・無いな。」
魔力が発現する時は、念話のような声が聞こえたり、体が熱くるなるそうだ。
だが、魔物を倒した俺には、一切そのような兆候は無かった。
「そうですか。残念ですが・・・まだ、私はあきらめません。」
「・・・、常忠。気持ちはありがたいが、俺はとっくに魔力はあきらめている。だから、俺は王都で文官になる。魔力が無くても、文官なら大丈夫だからな。」
魔力が無いと、貴族は戦いに出られない。
魔力は力だ。戦力的に弱いという理由もあるが、それ以上に重要なのは鎧騎士に搭乗が出来ないからだ。
特級魔力以上の魔力が無いと鎧を動かせない。
そして、鎧に騎士が搭乗した鎧騎士は戦いの最高戦力であり、鎧騎士の力と数で戦いの勝敗が決まる。
鎧騎士とは、人型のロボットのような兵器だ。
その鎧騎士には、7つの魔力階級の真ん中の4つ目である特級魔力以上の魔力を持たない者でないと操作できないのだ。
だから、魔力の持たない俺は、武官ではなく文官になるしかない。
今、旅をして王都へ向かっているのも、王都で官僚になる為に向かっているのだ。
「慶之様が魔力の発現をあきらめても、私は諦めません。」
「それは困るな。それでは、俺が魔物との無茶な戦いを続けねばならん。もう、魔物との戦いは勘弁して欲しい。」
「・・・ですが、慶之様。」
「もう、この話は止めよう。それより、せっかくの獲物だ。早く解体しよう。」
俺たちは倒した魔牛妖(まぎゅうよう)を、川辺まで運んだ。
魔物には、食べられる魔物と、食べられない魔物がある。
食べられる魔物は、動物の肉より魔力が肉に絡んで、柔らかく味も良い。
高級食材として扱われる。神級魔物の肉であれば、幻のSS級として遊んで暮らせぐらいの高値で売買される。
魔牛妖は下級の中の魔力階級だが、普通の牛より肉が柔らかく味が良いはずだ。
「それでは、解体しましょう。」
常忠は、倒れた魔牛妖を逆さに吊るすと、血抜きを始めた。
抜かれた血が川に流れていく。
川に流した方が、血の匂いが消えてくれる。
魔物や獣は血の匂いに誘われて近寄って来る。その為、川に血を流した方が安全に魔物を解体できた。
「常忠は、本当に解体が上手いな。」
「まぁ、慣れていますから。」
常忠はテキパキと解体を行っていく。
牛の魔物の心臓の下に斬りこみを入れて、手を突っ込むと、魔石を抜き出した。
「おお、それが魔石か。」
「そうですよ、魔石は魔力が弱い魔物の物でも、そこそこの値段で買い取ってくれますから。次の街で売って、旅費の足しにしますよ。」
魔石には魔力が籠っている。
その魔石に籠った魔力で、鎧や魔道具を動かすのである。
前世のイメージで考えれば、魔力が電気のようなもので、電気で機械が動くように、魔道具も魔力で動いた。魔石は、魔物の中からしか獲れない。
見方を変えると、魔石を体に持っているのが魔物。魔石をもっていなければ普通の獣だ。
常忠は剣の師匠だけでなく、本当に何でも知っている。
「そういえば、常忠は冒険者になりたかったんだよな。」
「はい。でも、今は冒険者より慶之様のお供をしている方が楽しいですよ。」
常忠の実家は、楊公爵家の侍従長を輩出する家系だ。
彼の父が今の侍従長だ。
彼の一番上の兄が、俺の長兄である楊義之の侍従だ。
将来、兄が楊公爵を引き継げば、彼の兄が楊家の侍従長を継ぐことになる。
そして、常忠は、王家の3男坊だった。
よりによって、魔力の無い楊家の3男坊である俺の侍従で申し訳ないと思う。
一時期、冒険者を目指したようだが、彼の父に言われて諦めたようだ。
彼が魔物の捌き方が上手いのは、冒険者の頃の培ったものだろう。
今回の王都への旅も、俺に着いて来るのは彼だけだ。
「慶之様も見ているだけでなく、手伝ってください。」
「お、おう。分かったよ。」
俺は、正直、動物の解体は苦手だ。
理由は、俺にはこの世界と違う世界の記憶があり、その世界の記憶が動物を解体するのを忌避するのだ。
そう・・・、俺は、15年前にこの世界に転生したのだ。
前世の名前は、真田 幸広。
元々は医師だった。
極貧の経済環境の中、姉たちが大学に行かせてくれた。
姉達には返しきれない程の恩があった。
これから、その恩を姉達に返さなければいけなと思っていた矢先に、俺は交通事故に遭って死んでしまい、この世界に転生してしまったようだ。
姉が3人、妹が1人で、俺以外は全て女の家系で、両親は子供の頃に死んでしまい、祖父に預けられたが、祖父も中学生の頃に死んだ。
俺は中学を卒業したら進学せずに、生活の為に働かつもりだった。
姉たちは、そんな俺を高校に進学させて、大学までいれてくれた。
それは、俺が子供の頃から頭が良かったからだ。
数式でも、化学記号でも一度見て理解すると、なぜだか頭の中に記録が残って消えなかった。
意識すれば知識の記録は消えるのだが、意識しないとずっと記録は残った。
記憶力が良いと言えばそうなのだが、まるで頭の中に転写したような記録の本箱があり、いつでも引き出すことができる感じだ。
おかげで教科書や参考書も一度見れば、ほとんどが覚えることが出来た。
貧しい俺は、参考書も買えなかったので、必死に本の内容を覚えようとしたら出来るようになったと思っていた。だが、普通、そんなことをしたら脳の記憶量をオーバーして脳がパンクしてしまう。
それから、必要の無いことは忘れるようにしていたが、とにかく頭が良かった。
そんな俺に勉強をさせる為、3人の姉は高校を卒業すると、自分たちが働いて俺を大学まで入れてくれたのだ。本当に頭が上がらない。
そして、俺は優秀な成績で国立大学の医学部を卒業し、有名な某大学病院に就職した。
そこまでは順調だったが、その病院の仕事はブラックだった。
だが、我儘は言っていられない。
少しでも早く出世して、金を貰って姉達に恩返しがしたい。
寝る間も惜しんで、勉強し、医術を磨いて、医療現場で多くの間者を診た。
あと少し、あともう少しだ。
これで、姉たちに恩を返せる・・・・。
俺の願いは願望のままで終わってしまった。
残業で遅くなりタクシーで帰ったら、そのタクシーが交通事故に巻き込まれてしまった。
そして、次に目を開けたら、この世界にいた。
周りには、知らない人が、知らない言葉を話していた。
それからしばらくして、俺は別の世界に転生したことを悟ったのであった。
そういう訳で、俺は魔物の解体が苦手なのだ。
だが、それを常忠に言うわけにもいかず、渋々ながら解体の手伝いをする。
解体が終わる頃には、陽が西に落ちて、辺りは茜色に染まり始めていた。
すでに、季節は冬になっていて、陽が傾くのも早かった。
「慶之様、これで当分の食糧は確保です。陽が傾いてきたので、ここらで野宿の準備をしましょう。肉がたくさんありますから、今日食べられる分以外は、煙で燻(いぶ)って保存食ですな。荷物になりますが、旨いですよ。牛の魔物の肉は。」
「任せるよ。」
常忠は魔牛妖の肉を捌き終わると、ご機嫌で料理の準備入った。
俺は苦手な肉の解体から解放されると、薪を集めて、今夜の寝床を作る。
集めた薪で火を起こした頃には、既に陽は暮れていた。
常忠が嬉しそうに料理を行っている。
この世界の料理は、基本は焼く、煮る、茹でるかの3拓だ。
調味料は主に塩。あと、黒砂糖のような物もあるが、この世界では砂糖は貴重品だ。滅多にお目にかかることは無い。
肉に塩を振りかける。
あとは、短剣のよう串に刺して焼く。
ジュワッと肉汁が滴り、良い匂いが鼻を刺激する。
2人で肉に喰らいつくと、油がしみわたり、濃厚な味が口の中で広がる。
「美味い。」
牛の魔物の肉は本当に美味かった。思わず叫んでしまった。
「本当に、美味いですね、慶之様。」
美味そうに常忠も串に刺さった肉にかぶりついている。
俺が1本目の串を食べている間に、常忠は2本目もペロリと食べてしまった。
常忠もそうだが、魔力階級の高い魔法使いは本当によく食べる。
親父殿も、長兄の義之兄や、次兄の剛之兄、妹の琳玲までも食欲は旺盛だった。
楊家は5人兄弟で、男が3人、女が2人。
長姉の翔麗は既に申家に嫁いで家を出ていた。
俺以外の4人は皆、魔力持ち。しかも、次兄の剛之と妹の琳玲は魔力階級が上から2番目の王級魔力の持ち主でもあった。
まぁ、貴族が魔力を持っているのは当たり前で、俺が異常なのだ。
考え事をしている俺に、常忠が肉串を渡した。
「慶之様。もっと食べてください。旅は体力です。食べないと持ちません。」
「いや、いや。お前が食べ過ぎだろ。もう10本目だぞ。」
「普通です。慶之様が小食なのです。しかも、こんなに美味しい魔牛妖ならいくらでも入ります。」
常忠は美味しそうに肉串を頬張った。
確かに、この魔牛妖の肉は美味いので、食べ過ぎてしまいそうだ。
「ところで、常忠。明日も野宿か。」
「いえ、いえ。明日は慶之様の15歳の祝い日ですからね。城郭都市で宿を取るつもりですよ。明日の昼頃には【曲阜】に到着すると思います。それにしても、慶之様も成人ですか。」
俺の生まれた日は、1月1日の正月だが、この世界には正月や誕生日を祝うという概念はない。
正月はただの暦の始まりの日で、誕生日はただの生まれた日という感覚だ。
唯一、祝うのは、15歳の成人になる日だけだ。
これはその日を祝うのではなく、大人になることを皆で祝うのだ。
俺も、旅に出る日の前夜に、家族に祝ってもらった。
成人の祝いと旅の餞別として、親父殿からは楊家の家宝の名剣。
長兄の義之兄からは、貴族らしい緑の裏地に家紋の刺繍が入った外套。
次兄の剛之兄からは楊家の紋章の入った短剣。
妹の琳玲からは旅の安全も兼ねたお守りを貰った。
楊家の家族は、魔力の無い俺に対して、本当に優しかった。この家族で無ければ、前世の記憶を持った俺は、厳しいこの世界で生きられなかったかもしれない。
普通の貴族だと、兄弟間で家督相続や足の引っ張り合いや、魔力の無い子供には当りが厳しい等が多いのだが楊家は違っていた。
親父殿や義之兄も忙しい中、俺の送別の為に時間を作ってくれた。
剛之兄などは、【楊陽】から少し離れた国境の軍営地から駆けつけてくれた。
両親も、2人の兄も、妹も魔力の無い俺のことを、本当に大事にしてくれる。前世でもそうだったが、俺は家族や兄弟には恵まれていた。
「そうか、明日は城郭都市【曲阜】か。明日はゆっくり眠れるか。」
「まぁ、15歳の祝いの日くらいは、ゆっくり休んでください。」
「そうか、それなら今日の深夜を過ぎると、15歳の祝いの日になるから、今晩の夜警は常忠が一人でやってくれるのか。」
「いや、一日中の警護はちょっと勘弁してください。それで、ご家族には祝ってもらったのですか。」
夜に魔物や野盗が襲って来るかもしれないので、夜警は重要だ。だが、さすがに、交代なしで1人での夜警は体がもたない。
「夜警は冗談だ。それと、家族には祝ってもらったよ。だが、成人になると直ぐに文官として王都に行けだからな。結構きついよな。」
「そうですか。楊公爵家の方々は、優しいですよ。普通の貴族でしたら、魔力が無い貴族は面倒すら見てもらえません。官僚の道ですら用意してくれませんよ。」
「まぁ、そうなんだろうが・・・。」
確かに親父殿は皆に厳しかったが、俺だけには小さい頃から甘かった。
そして、俺に期待もしていた。
小さい頃から、前世の知識と頭の良さで周りを驚かしたからかもしれない。
親父殿は、頭脳の優れた俺が王都で政治面の活躍するのを期待していた。
長兄が楊公爵領の家督を継く。
次兄と琳玲に、楊家の貴族軍と南東の国境を守る南東軍を任せる。
そして俺が王都で楊家の為に政治面で活躍する。それが親父殿の夢だった。
「そうなのか。」
「はい。特に慶之様に対しては、家族全員が優しいですよ。外から見ていると良く分かりますよ。」
「そういうものか。知らなかったよ。」
「ええ、そんなもんですよ。」
俺は食事が終わると、口についた肉の油を布で拭きおとした。
常忠は結局20本の肉串を食べた。
本人もさすがに食べ過ぎたと腹を撫でていた。
大きな魔牛妖の肉の半分くらいが今日一日でなくなった。その約8割が常忠の胃袋に入っていると考えて良いだろう。
俺は食事が終わると、夜空を見つめた。
星が本当に綺麗だった。
雲も無く、冬で乾燥しているせいか、空気が澄み渡っていた。
「いやぁ、慶之様。本当に魔牛妖の肉は美味かったですよ。これなら、また襲ってくれても良いくらいですよ。」
「お前は、本当に食い意地が張っているな。」
俺は、そう何度も魔物の襲来されるのは勘弁だ。
「いや、そんなに誉められると照れますね。やだな。」
「いや、いや、食い意地が張っているという言葉は、誉め言葉じゃないから。」
「ええ、そうなんですか。」
常忠は少しがっかりした様子で首を少し傾けた。
「それより、俺も腹が一杯で眠くなった。先に寝るが、月が西にだいぶん傾いたら、起こしてくれ。見張りを代わるから。」
「分かりました。」
俺は、焚き火の横に寝転がると眠りについた。
常忠は、枯れ木を焚き火にくべながら、燃える炎を見つめている。
しばらくすると、火の勢いが弱くなり、欠伸をしながら、また枯れ木をくべる。
眠くなるのを必死に我慢しているが、耐えられそうもない。
「いかん、いかん。このままでは眠ってしまう。」
そう言うと、立ちあがって今度は剣の素振りを始めた。
「1,2,3,・・・・・996,997,998・・、な、何だあれは。」
思わず、常忠は剣の上段で素振りを止めた。
東の空に、綺麗に輝く星か・・・。
いや、今まで、こんなに大きな星は見たことがない・・・。
でも、空を飛ぶ大きな物体は星にしか見えない。
――七つの色の光を放つ流れ星。
――美しい流れ星が2つ。
「慶之様、起きてください。慶之様。流れ星が・・・、こんな大きな流れ星は滅多にみられません。起きてください。きっと一生に一度です。早く。」
常忠の大きな声で意識を呼び覚ます。
『一生に一度』の声で、眠い目を擦りながら、空を見た。
「なんだ、この光は・・・。」
寝ぼけながら、空を見た俺は大きな流れ星を見て一気に眠気が覚めた。
体を起こして、常忠が見ている東の空を見て驚いた。
「あ、あれは流れ星か、常忠。」
大きすぎて流れ星というよりは、隕石が飛んでいるように見える。
「そのようです。」
「ずいぶん大きくない・・か、うん?・・・というか、ずいぶん飛んでいる高さが低くないか・・・。ふつう流れ星は、空を流れていくはずだよな。常忠。」
「そうです。空の上というか・・・、このままでは地面に落下するのでは・・・。」
「・・・あれはマズいぞ。こっちに向かってくる。」
7色に光る流れ星は、東の空から西に向かって・・・。
地面に向かって落下している。
いや、もしかしたらぶつかるか?
あの七色で明るく輝く大きな物体・・・流れ星というよりは、隕石だ。
「この辺りに落ちることはありませんよね。」
常忠は不安そうな表情で俺を見た。
「分からないぞ。だが、近いだろうな・・・。この国のどこかに墜落するかもしれないな。」
「慶之様。逃げましょう。」
「無理だ、常忠。それに、地上のどこに落ちるか分からない。逃げた場所に落ちるかもしれないからな、この流れ星は。・・・・い・・・痛い。」
流れ星を凝視しながら話していると、突然に頭痛がした。
両手で頭を抱えて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「い、痛い。頭が割れる。い、痛い・・・。」
強烈な頭痛が襲い、悲鳴を上げた。
頭痛に耐えていると、次に、無機質な声が頭に響いた。
『その力で・・・救え。もう直ぐ、力に・・出合う。民を救え。そして、・・・。』
無機質な声に痛みが反応して、更に頭の痛みが大きくなった。
「う・・・、誰だ。痛みを止めてくれ・・・。」
『力が目覚める。もう直ぐ・・・民を救え。その力は民を救う為の・・・。』
「や、やめてくれ。この頭の痛みを止めてくれ。い・・・痛い。誰だ、誰なんだ。頭の中で叫ぶのは。」
大声で叫ぶと、常忠が心配そうな顔で俺の肩に手を置いた。
「慶之様、どうされたんですか。誰かと話しているのですか。」
流れ星が俺達に近づくにつれ、無機質な声の音と、頭の痛みが大きくなっていく。
「痛い、やめろ。誰だ・・・、俺の頭の中に語り掛ける奴は。」
それでも、頭の声は止まらない。
『民を救え。その力に・・・、もう直ぐに巡り遇う。その力で、・・・民を救う。』
七色の光を放つ流れ星の一つが、地上にぶつかるギリギリで頭上を通り過ぎて行った。
通り過ぎた星の後を、尾のような光の残滓が輝いていた。
まるで、7つの光の尾を描くように綺麗だ。
光の残滓はしばらく輝いて空の闇に溶け込むように消えていった。
もう一つの流れ星は。
頭上を通り過ぎた星とは別の軌道で北西に消えていった。
流れ星が見えなくなると、無機質な声の音と頭の痛みも消えていた。
まるで、頭上を通り過ぎた七色の流れ星が、俺に語り掛けたように思えた。
「あの声は、いったい何だったんだ・・・、もう直ぐ、力に巡り遇うとか、民を助けよとか言っていたが。」
思わずつぶやいた俺の声に、常忠は首を傾げた。
「慶之様。大丈夫ですか。ずいぶん大きな悲鳴を上げていましたが。あの流れ星には少々焦りましたが。なにがあったんですか。」
心配した表情をしている。
「すまない、もう大丈夫だ。実は、あの流れ星が近づいた時に、頭の中で変な声が聞こえて、同時に頭痛もしたんだ。痛みで、つい悲鳴を上げてしまった。驚かせたてすまなかった。みっともない所を見せた。」
俺は悲鳴の理由を説明した。
「そうでしたか。七色の光を放つ流れ星が頭上を通過するタイミングで、何者かが慶之様に語りかけたのですか・・・。流れ星が慶之様に話しかけた・・・はずは無いですね。それは、ちょっと怖いです。でも、もしかしたら流れ星のお告げじゃないですかね。」
「お告げ?」
この世界では、お告げとか、神託とか、讖緯(しんい)とかの予言がある。
この聖大陸の神は、始祖だ。
千年前にこの聖大陸を統一した人物で、魔神を封印して神格化して、この世界の人々から神として崇められている。
そして、讖緯(しんい)は自然の中に現れる神の予言の現象のことを言う。
「きっと、王都で何かに巡り遇って、何かの力を得るんじゃないですか。」
「・・・そうかな、王都で何かに会って、力を得るか・・・。」
「きっとそうですよ。『力を得る』というお告げは権力か、魔力の力を得ると良いですね。どちらにせよ、悪いことでは無いですよ。」
王都は今、10歳の子供が王として君臨している。
親父殿が言うには、実権は王の母の兄である摂政の蘭辺境伯が握っている。
王都に着いたら、まず蘭辺境伯に挨拶に出向くようにと言われている。親父殿から預かった挨拶状も懐にしまってある。
もしかしたら、蘭辺境伯と会って、何かの力を得るのかもしれない。
それと、親父殿から蔡辺境伯にも注意しろとも言われえている。
こちらは今、王都にはいない。
北の蔡家の領地に戻って、北の大魏国へ侵攻する準備中だ。
国境の黄華江を渡って、大魏国に攻め込むには相当の準備が必要だ。
蔡辺境伯とも親密な関係を築くように言われている。
南東部に影響力を持つ楊公爵家。
北東部に影響力を持つ蘭辺境伯。
それに、北部に影響力を持つ蔡辺境伯の3家が、大陳国で3大貴族と言われ、それぞれ国境沿いに展開する国軍を支配下に置いて他国からの侵入を排除している。
親父殿は、蔡辺境伯にはこれから何か動きがあると見ていた。
3大貴族の内の2大貴族と上手くやるのが俺の役目だ。
「まぁ、なるようになるな。だけど権力とか、魔力とか、俺に一番縁がなさそうな力だけどな。」
「そうですか。慶之様はご自分が思っているより器用ですよ。我々が思ってもいないやり方で解決してしまいます。この前の水争いも上手く解決しましたし。」
水争いとは、親父殿の所に水で争っている2つの村の陳情書が届いており、俺が水道橋を作って解決した話だ。
親父殿に統治の勉強だと言われて、水を争いの陳情書の事案を解決するように命じられた。面倒だと思ったが、親父殿の命令を断るわけにはいかない。それでなくても魔力の無い貴族の3男坊は肩身が狭いのだ。
仕方がなく、2つに村を見に行った。
高台にある村が水不足であえいでいるのに、川下の村が水を独り占めして、渡さないという陳情であった。
俺は、地形や高低差などを調べて、水の流れる道や水道橋を作って解決したのだ。
前世の記憶に水道橋に関する記録があったので、土魔法が使える術者と一緒に作ってみたのだ。
そして、水の流れる道と橋を作って、山の湧き水から高台の村までの水の道を通したのだ。
「まぁ、あれは偶々だ。」
「いや、さすがは慶之様です。あの水道橋ですか、あんな水の橋を作るなんて思いもしませんでしたから。」
別に俺が凄い訳でも何でもない。前世の記録を少し利用しただけだ。
「まぁ、水道橋を作るぐらいは良いだけどな。政治とか、外交とか、派閥とか、俺に向いてないと思うんだよな。権力なんて、ガラじゃないぞ。」
前世でも、この世界でも、コミュニケーション能力が皆無で、陰キャラの俺としては、人間関係を構築する役割とか、冗談にしか思えない。」
「まぁ、初めは皆、同じですよ。慶之様もやってみれば意外にできますよ・・・たぶん・・・きっと・・・。」
「常忠、おまえ、本心で言っているのか。俺が流暢に人と話している姿が思いつくか。しかも、駆け引きや交渉だぞ。」
「・・・いえ。すみません。思いつきません。適当に言いました。」
常忠は笑って誤った。
まぁ、あの流れ星のお告げか、なにかは分からんが。
俺が、官僚として権力を握る姿は想像することも出来ないのは確かだ。
「まぁ、未来(さき)のことは分かりませんが、あんなに間近で綺麗な流れ星が見られました。これは良い土産話になりすよ。それでは、慶之様。私は少し寝ますので、見張りの交代をお願いします。」
常忠はそう言って焚き火の横に寝転ぶと、眠りに入ってしまった。
俺の方は逆に目が冴えてしまっていた。
頭痛の影響もあるが、七色に光る流れ星をあんなに間近で見て興奮している。
今まで、前世も含めると40年近く生きているが、七色に光輝く流れ星など見たことがない。しかも、あんなに間近で見て迫力満点だ。
頭痛や変な声が無かったら、美しい流れ星にもっと感動していただろう。
まだ、無機質な声の言葉が耳に残っている。
「『民を救え。』『巡り合う。』『力を得る。』か、何のことかさっぱり分からん。」
覚えている無機質の声の言葉をつぶやいてみた。
常忠は何かのお告げだと気楽に言っていたが・・・。
俺は焚火に木をくべながら、頭にこびりついた言葉の意味を、とりとめもなく考えていた。
今夜は見張りのおかげで、考える時間だけは十分にある。
俺は燃える炎をじっと見つめながら、答えのない言葉を考えていた・・・。
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