第34話 水中

水に浸かっている感じが全身を覆う。暗闇が水のように。意識は水に投げ入れられた鉛の塊のように、じわじわと沈んでいく。


まるで、夢の中を漂っているよう。


このまま沈み続けたら、底に着くのかな?それともずっとこのやわらかい静寂に包まれ続けるの?


私は沈んでいく。


そんな静寂の中で、意識が溶けていく寸前に、耳が痛くなるような叫び声が静けさを破った。


「サヨ!サヨ!しっかりして!」


朦朧とした意識を呼び覚ますのは、Qの叫び声だった。


「うっ、…」


反射的に息を吸い込む。鼻の中は硝煙の匂いと埃でいっぱいだ。刺激された気管が反射的に咳き込む。咳が胸を揺さぶり、胸の痛みを引き起こす。


どうやら、私はついさっき意識を失っていたみたい。


慎重に息を整え、少しずつ空気を吸い込む。


「っ、サヨ!」


肩にいる機械の小鳥が焦って鳴いている。私は手を伸ばして、その口を覆う。


「…分かってる。もう叫ばなくていい。耳がちょっと痛いんだ。」


Qの心配が分からないわけじゃない。


この世界に来てから、こんなにもひどい怪我をするのは初めてだ。


しかも、怪人からの攻撃じゃなくて、魔法少女からだなんて、皮肉だ。


自分の体を大まかに診てみる。


呼吸…胸が上がるとひどい痛みがあるけど、耐えれば多分大丈夫。


幸い出血はない。


四肢も問題なし。


まだ、動ける。


力を込めて体を起こす。足取りは少しフラフラするけど、歩くのには支障はない。


「…サヨ、撤退しよう。あいつらが戦っている間に、さっさとここから離れよう。あんな直撃を受けてまだ動けるのは、アドレナリンが出ているからだけだよ。」


Qの心配はもっともだ。私も、今立っていられるのが奇跡だと思っている。


私は意外と打たれ弱いんだな、と心の片隅で冷静に思う。


強烈な魔力の光が閃く。次々と響く砲撃と銃声が廃墟を包む。どうやら二人はまだ激しく戦っている。私は銃声と砲声に耳を傾けながら、ゆっくりと音のする方へと足を運ぶ。


「いや、まだ引き下がるわけにはいかない。今、何とかして二人がこれ以上戦い続けるのを止めないと。」


「何を言ってるんだよ!」


「今の私には予感があるんだ。スターリーアイズとリコシェが戦い続けたら、取り返しのつかないことになる。」


「それはどういう意味?」


「自分でもよくわからない…けど、止めに行かなくちゃ。」


「…ねぇ、スターリーアイズはあなたを憎んでるだよね?」


「そうかもな。」


「それにリコシェはあなたを殺して賞金を得ようとしてる。」


「ああ。」


「つまり、二人とも敵ってわけだ。だったら、互いにダメージを与え合ってくれた方がいいじゃない?」


「…Q、君のセリフは正義の仲間っぽくないな。」


「何だよ!心配してるんだからそんなこと言うんだよ!」


「わかってる。二人が共倒れになれば、その後はもっと楽になるかもしれない。でも、そのままにしておくわけにはいかない。」


私は深呼吸をして、再び走り始めた。


「とにかく、動けるうちに急いで行く。後は頼んだ。」


「はぁあ!?サヨ、一体何をするつもり!」


Qの叫びを無視し、私は前に疾走し、崩れかけた建物に飛び乗り、慎重に二人が戦っている場所に近づく。


ちょうど戦闘の音が止まった。建物の影に隠れながら、私は二人を見た。


スターリーアイズとリコシェがいた場所は、今はほぼ平地になっている。


コンクリートのほこりが空気中に舞い、石の破片が地面いっぱいに散らばっている。もとの建物の形跡はもうない。


スターリーアイズはまだ空中に浮かんでいる。冷たい視線を下に向け、彼女のきらめく瞳が敵をにらみつけている。


「どうしたの?さっきの勢いはどこに行った?」


「ちっ。」


外見上、一切のダメージがなく余裕のあるスターリーアイズと比べて、リコシェは全身に傷を負っている。


パンクスタイルのコートは何箇所か破れていた。髪にもほこりがついている。


額から流れた赤い血が、目に入るのを拭い去りながら、リコシェは苦笑いをした。


「…相性が本当に悪いな。」


「ここまでやれたんだから、少しは褒めてやろう。魔力は特別じゃないし、固有能力の効果も大したことない。リボルバー一丁でここまで耐えたのもまあなかなか。運がいいのは認める。」


「へぇい。ありがとうよ。運には自信があるんだ。」


「でもあなたの幸運もここまで。もう隠れる場所も何もない。」


スターリーアイズが指をリコシェに向けると、彼女の目には光が集中し始めた。


「最後に何か言い残すことはある?」


リコシェは微笑みながら何も言わず、スターリーアイズに向かって中指を立てた。


「あっそ。では、消えなさい。」


「っ!」


私はすぐにストレージから煙玉を取り出し、スターリーアイズに投げつけた。


金属製のいくつかの煙玉がスターリーアイズに当たり、瞬時に視界を奪う黒い煙を放出した。


「これは…!」


背中に突き刺さるような魔力を感じつつ、私はその隙にリコシェに駆け寄り、彼女の手を掴んだ。


「逃げるぞ。舌を噛まないよう気をつけて。」


「え?あ、ああ。」


背後で次々と爆発音が鳴り響くのを気にせず、私はリコシェを引っ張りながら遺跡からの脱出ルートへと行動を開始した。


しかし、数歩歩いたところで、砲撃の音と共に痛みが再び私を襲った。


上下が逆さになったような感覚を経て、私の背中は硬い地面に打ちつけられた。


「おい、おいっ!大丈夫か!」


私の視界が徐々に暗くなる中、焦った表情で駆け寄ってくるリコシェの姿が目に映った。


その後、水に浸かるような感覚が再び私を包み込んだ。


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