第17話 白兵戦
夜が訪れた。
足元の怪人は不穏に動き回っている。私はその頭に蹴りを入れた。
振り返って確認すると、不気味な扉はしっかりと閉まっており、中から何かが飛び出てくる兆候は見えない。
しかし、まだ安心できない。もしかしたら、G. ラポスというやつがここを監視していて、戦闘に割り込むかもしれない。だけど、この研究の機会を捨てるのはもったいない。
この扉に少しテストを行えば、やつの能力制限を理解することができるかもしれない。足元の怪人も明らかにG. ラポスと関係がある。話すことはできないタイプなので、尋問する意味はないが、解剖すれば何か情報が得られるかもしれない。
「Q、状況はどうだ?やつの気配は見えたか?」
「今のところ見えてない。ただ、魔法省は増援の魔法少女を送り込んだみたい。あなた今何を考えているにせよ、早く決着をつけないといけないよ。」
背後の扉に気を配りながら、私はスノーランスと最後の交渉を試みる。
「最後に確認する。ここでやめるつもりはないのか?」
「あなたこそ。分かると思うが、こちらの増援も途中にいます。あなたにとって時間がないが、私にとっては、時間が長引けば長引くほど有利になります。」
「……久しぶりに会ったと思ったら、口先が達者になったものね。」
「言ったでしょ、こっちもちゃんと考えてるんだ。あなたは私を少し侮っているようですね。言っておくけど、前回負けたのは油断していたから。」
「油断を戦敗の言い訳にするの?それはまるで正義の魔法少女らしくない言葉だね。」
「どう思っても事実です。感謝してるよ、サヨナキドリ。あなたが以前の傲慢な自分を打ち砕いてくれたおかげで、今の私はあんな天真な考えはなくなりました。あなたが言った通り、『力なき正義は無力である』。自分の正義を貫こうとしても、何かを保留するのは正しくないんです。」
スノーランスは態勢を整え、身体の周りに少しずつ雪の光が集まり始める。
「行きます、全力で。」
彼女の動きをじっと見つめながら、私は拳銃を抜いた。
ピュッ。
一瞬、冷たい触感が頬をなぞる。そしてすぐに、じわりと燃えさかるような痛みが広がる。熱い液体が頬を伝って流れるのを感じながら、私は目を見開いた。
スノーランスの美しい顔が、瞬時に目の前に現れていた。雪のように白いまつ毛が見える距離で、目の前の少女がそっと唇を開いた。
「ほら。」
私は慌てて後ろに飛び退いたが、すぐに自分の失敗に気づいた。槍を振り回しながら、スノーランスは一瞬で扉と怪人を切り裂いた。舞い散る黒い粉塵の中、少女の深い青い瞳が私を見つめていた。
「...っ!」
「
キーワードを唱えると、目の前の少女の身に魔力が集まっていく。彼女は槍を手のひらで一回転させ、逆手で槍先を地面に突き刺した。槍と接触した地面は白い霜に染まり、雪片が舞い散る。六角形の氷の模様が少女を中心に広がっていく。
「
轟音が鳴り響く。
顔の霜を払い、私は深い息をついた。低温の影響で息が白い霧となっている。
周囲は既に銀白の世界となっていた。六角形の氷晶が重なり合い、巨大なドームが私とスノーランスを包み込んでいる。足元を少し動かすと、砕ける氷の感触が伝わってくる。
私は横に立つ壁に向けて銃を撃った。弾丸は穴を開けたが、すぐに修復された。
「…自己修復の結界か。」
「ええ。これは本来、怪人に対する決戦結界。私を倒すか、私の魔力を使い果たさない限り、外に出ることはできません。しかし、あなたにとっては、そのどちらも無理でしょうね。」
「自信満々だな。」
「もちろん。今日は必ずあなたを魔法省に連れ戻して再教育します。」
槍の柄を回し、スノーランスは再び突撃の構えを取った。
「あなたは雪花の光を捉えられますか?」
来た!
スローモーションのような時間の中で、私は肘で腹部に突き刺さる槍を払いのけた。手に持つ銃を構え、しかしスノーランスは既に姿を消していた。ただ雪花が舞っているだけだった。
直感に従い、私は頭を上げた。天井に逆立ちするような姿勢で立ち、スノーランスが再び架勢をとっていた。急いで後退すると、白い光の槍は私の目の前の地面に深く突き刺さった。
数多くの白い槍が地面から立ち上がる。私は後方に転がり避ける。身を起こした瞬間、スノーランスの槍先が再び私の目の前に迫ってきた。私は身を横にかわし、同時にジャブを放ったが、相手はすでに防御の準備をしていたようにその一撃を避けた。彼女は体を低くし、私のふとももを抱えた。
「捕まえた!」
「君、やはり詰めが甘いな。」
片足で跳躍し、私は空中で捕まえられていない足で少女の後頭部を引っ掛けた。体をひねり、彼女の腕を引っ張り上げ、空中で十字固を作った。スノーランスはバランスを崩し、私に抱えられた腕は地面に叩きつけた。
「えっ...?痛い...!」
「少し申し訳ないが、君はもう少し眠った方がいい。」
私は姿勢を変え、少女の首筋を抱えて頚動脈を圧迫した。彼女は抵抗しようとするが、やがて両手は無力に下がっていった。
雪色のドームに亀裂が入り、一瞬で雪花に崩れ落ちた。白い光の粒子が降り注ぐ中、私は意識を失った少女を慎重に床に置いた。
「Q。G.ラポスを見かけたか?」
「いいえ、彼女の気配はどこにもない。とにかくそれは置いておいて、魔法省の援軍が近づいている。ブレイズエッジなの。早く脱出しなさい。」
「だめだ。」
「何を言っているんだ、馬鹿なことを。」
「まだG.ラポスの目的が分からない。そいつが私が離れたすきに意識を失ったスノーランスを襲撃するかもしれない。彼女を魔法省の援軍が来るまで守る必要がある。」
「ちっよと?本気で言ってるの?来るのはブレイズエッジなんだよ?それにあなたとスノーランスは敵対関係じゃなかったの?そんなに彼女を守る必要なんてないでしょう?」
「私は大人なんだ。今は少女の姿でも、子供を守る責任がある。それに、私と彼女は理念が違うだけで、互いに敵ではないんだ。」
「はぁ...」
「ブレイズエッジのことは問題ない。一度逃げ切れば、二度目も逃げ切れる。」
「あなた自身が何をしているか、ちゃんと分かっているよね。相手が来たわよ。」
振り返ると、プラチナの魔法少女が炎に乗って、ゆっくりと空から降りてきた。
「サヨナキドリ。久しぶりだね。今回は立派にここで待っていたんだ。逃げないですか?」
「ああ、久しぶり。君に話があるんだ。」
「そうですか。」
ブレイズエッジが近づいてくる。私の体は強張したが、彼女はただ私の肩をすり抜けて行くだけだった。彼女はしゃがみ込み、倒れているスノーランスを確認している。
「一時的に意識を失ったのですか。手加減してくれて感謝するべきかな?でもさすがです。雪ちゃん、本気になったら私たちの中で一番速いんだから。彼女を捕まえて意識を失わせるなんて。」
「私は彼女を捕まえたわけではなく、彼女自身が油断して近づいてきたんだ。君たちは人間との戦闘訓練をもう少し積んだ方がいい。スノーランスの場合、人間相手の経験がやや不足しているようだ。」
「仕方ないです。主な戦闘対象は自分よりも大きな怪人だからね。人間相手の訓練は想定されていない。」
立ち上がり、ブレイズエッジは私に向きを変えた。
「では、あなたが言いたいことは何ですか?」
「ただ警告したかっただけ。最近、G.ラポスと名乗る怪人が現れた。テールコートを着ていて、女性のような姿をしている。固有能力はテレポートであり、他の怪人を操る能力を持っている可能性がある。推定ランクは明らかにAランクだろう。恐らく魔法少女に興味があるかもしれないから、君たちは注意が必要だ。」
「そうか。みんなには注意を促すよう伝えるよ。情報をくれてありがとう。時間も遅くなってきたから、早く帰りなさい。」
「…?私を逮捕しないのか?」
「勘違いしないください。私はAランクの魔法少女です。しかも魔法省のチームのバックアップがある。あなたがこの街にいる限り、私に捕まるのは時間の問題です。情報提供に感謝して、一日だけは見逃してやるだけ。」
「それで上層に報告できるのか?」
「心配しなくても大丈夫よ。さあ、私の気分が変わる前に早く立ち去って。私は意識を失った後輩の世話をするんだから。」
「お言葉に甘えるよ。」
私は暗い路地に入り、壁を蹴って建物の屋上に登った。暗闇の中で振り返ると、ブレイズエッジがスノーランスをやさしく介抱していた。月明かりと舞い散る雪花が、二人を美しい絵画のように彩っていた。
その光景を背に、私は闇夜へ身を投じた。
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