アサシン君と愉快なサプライズ
谷橋 ウナギ
アサシン君と愉快なサプライズ
勇者にも、休息は必要だ。故に現在勇者のパーティーは、焚き火を囲みディナーを摂っていた。
森林の中。木の間に見える、星空は煌めいて美しい。
だがアサシン君にはその空を、楽しんでいる余裕など無かった。
何故なら、仲間達が明らかに、彼に隠し事をしているからだ。
現在勇者パーティーは三人。勇者カシス、僧侶ニアとアサシン。アサシン君の本名はバジルだ。しかしそれは本人しか知らない。そんな訳で通常アサシンは、アサシン君と役職で呼ばれる。
アサシン君は口を布で隠す一見プロフェッショナルな男だ。しかしその内面はナイーブで、常に仲間の顔色を窺う。
しかも現在勇者と僧侶とは恋愛関係。つまり恋仲だ。
アサシン君は据わりが悪すぎる。気を遣い続ける運命なのだ。
「どうしたアサシン君。食べないのか? 今日のスープはなかなかに行けるぞ」
そんなアサシンを心配したのか、勇者カシスが声を掛けてきた。
カシスは鎧に赤マント。典型的勇者ルックの男。
「おかわりもあるし遠慮は無用だ。なんたって今日は……ぶべぼらす!?」
そのカシスがロッドで殴打された。
やったのは僧侶のニアその人だ。
彼女もまた典型的な僧侶。白いローブに金属製の杖。その杖で多様な魔法を使う。今回は単に殴り倒したが。
これがアサシンの気になる行為だ。
「ニアさん!?」
「あ、ごめんなさいカシス! ほっぺたに虫がとまっていたから!」
ニアはカシスに向かい弁明した。
しかしアサシン君は知っている。虫など決して居なかったことを。こう見えてもアサシンはアサシンだ。虫の有無ですら見逃しはしない。
恐らくニアはカシスの発言を遮るために、彼を殴打した。
つまり問題は彼の発言だ。『なんたって今日は……』の後である。
アサシン君は必死で考えた。
記憶する限り祭日ではない。特に良いことも起こってはいない。
となるとやはりネガティブな言葉か。例えば「アサシンさよなら会」とか。
アサシンは二人にとって、邪魔者。仲間を外されてもおかしくない。
「アサシン君。どうしたの? 大丈夫?」
汗をしこたまかいているアサシン。ニアが気付いて聞いてきたほどだ。
だがここで問い詰めるのも良くない。思い過ごしの可能性も有る。
「な、なんでもないです。それよりも、今日は夕食が豪勢ですね……!」
そこでアサシンは探りを入れた。
本日の夕食は煮込み料理。具材が豊富気味のスープである。三人は旅人である以上、食料は貴重品と言って良い。それが今日は具がゴロゴロしている。いつもは芋だけだったりするのに。
「う。それはそのー……」
問われたニアの反応も怪しい。もじもじというかそわそわというか。
「もう良いだろニア。教えてやろうぜ」
その疑念を確信に変えた物。それは勇者カシスの言葉だった。
やはり何か秘密が在ったのだ。それが今──遂に明かされる!
「ご飯の後にしたかったんですが……仕方ないですね。少々お待ちを!」
ニアはダッシュでその場を離れると、再び同速度で戻ってきた。
その手には円形の白い物。なんとホールケーキが乗っている。
「じゃーん。アサシン君パーティ加入、一ヶ月おめでとう! パーディーです!」
ニアが満面の笑顔で言った。
一方のアサシンはぽかーんと。混乱してカシスの方を見た。
「はっはっはっはっは。何を隠そう、話さないでと念を押されていた」
そのカシスの言い分がこれである。
アサシンの考えすぎだったのだ。そう考えると申し訳が無い。
「ぼ、僕のために?」
「そうですよ! はいアサシンさん。作りたてです」
ニアからケーキが渡される。
アサシンはそれを口へと運んだ。
「う、うま……」
戦いの旅路である。ケーキなどは望めるはずも無い。
そう諦めて居たアサシンだった。だが今、甘いクリームが蕩ける。
アサシンは感想を言おうとして──
「うっ!?」
何故か前方に倒れ込んだ。
「おー。さすが魔王軍謹製、即行しびれ薬。よく効くなー」
「私の調理が良かったんですよ」
耳は無事だ。会話は聞こえている。カシスとニアにはめられたのである。
だが抗議する事は不可能だ。完全に肉体が痺れている。
「どうやら無事にやり遂げたようだな」
そこに知らない誰かの声がした。
おそらく魔王軍の使者である。
「この通りだ。さあ連れて行ってくれ!」
「最後の晩餐も済みましたしね」
二人はアサシンを、売り渡した。今わかっても後の祭りだが。
「ああ。これで取引は成立だ。お前達の身柄は保証する」
言いながら使者はアサシンの足を、左足を掴んで持ち上げた。
アサシンは顔面を下にして、地面を撫でるように引き摺られる。
その最中にアサシンは思った。もう決して何者も信じない。そしてケーキはもう二度と食べない。
アサシンがその後どうなったか? それはまた別の物語である。
アサシン君と愉快なサプライズ 谷橋 ウナギ @FuusenKurage
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