もしも昨日世界が終わっていたのなら

翡翠 珠

プロローグ

「もしも昨日世界が終わってたらどーする?」


なんて突拍子のない言葉なのだろう。

放課後の誰もいない教室で、それを言ったのは目の前に居る女子高生、久保くぼハヅキだった。


金髪で髪型はポニーテール。

世間一般で言うところのギャルみたいな見た目であるが制服はしっかりと着こなし、授業にも出ている。

そんな彼女の言った言葉にどう返そうか。


「……なんてないだろ。」


ハヅキにそう返したのは椅子に座っている彼、糸井いといソラだった。

まだ九月で、夏の蒸し暑さが残っている教室の中で二人が話している。

周りから見たらまるで付き合っている男女のような、特別な関係性だと思われるのだろう。

しかし本人達にとっては互いに幼なじみとしての感情しかない。


「……………めちゃめちゃしょーもない回答やめてもらえる?」


しかめっ面にしてハヅキが言った。

やれやれ、とでも言いたげな表情の彼女が頬杖をついてソラを見る。

そんな彼女の目が、なぜかすこしいつもとは違うように見えて目を逸らしてしまう。


「あ、何目そらしてんの。コーラ奢りね。」


ニヤリ、という擬音が似合う程に笑って彼女が言う。

それを聞いたソラはため息をついて、制服のポケットを漁る。

硬貨がぶつかり合う音が聞こえて、彼が取り出したのは十円玉三枚だった。


「可哀想だと思わないのか君は。」


それを見せてソラが言う。

その十円玉を見たハヅキは分かっていたかのように笑う。


「あはは!知ってたよ。いつも金欠だもんね?」


そう言うと彼女は十円玉を立てようと一人で机に向かって集中し始めた。


時刻は五時四十六分。

空が綺麗に赤色に染まっている。

それを眺めていると、前から声がした。


「みてみてみて!!」


ハヅキだった。

目を輝かせた彼女の手元、ソラの机には縦に二つ連なっている十円玉があった。

どう?とでも聞きたげな表情でソラを見つめている。


「おお。やるじゃん。」


ソラの少し長い前髪から覗いた瞳が赤色の外の景色を反射して綺麗になっているのをハヅキがじっと見つめる。

ソラにどうした?と聞かれふと我に返ったのか、慌てて目を逸らす。


「お、コーラな。」


膨らませた頬を赤くしながらソラを見る彼女の後ろ側にある扉が、スライド式のドア特有の、ガラガラ、という様な音を立てた。


「あれ?待っててくれてたの?」


入ってきた彼女は、赤く綺麗な髪を腰ほどまでに伸ばしている人物であった。

彼女もまた、二人の幼なじみである。


「あ!アカネー!!」


ハヅキが椅子から立ち上がって言う。

月夜つきやアカネに向かって。

近づいたと思うとハヅキが抱きついて、それを彼女がしっかりと受け止める。


「委員会の仕事、長かったな。」


それを見慣れているソラはアカネに対して言った。

彼も椅子から立ち上がると、机の横にかけてある自分のかばんと、前の席に置いてあるハヅキの鞄を持って彼女らの方へと向かう。


「ほら、自分で持てよ。」


ハヅキの背中に鞄を軽く当てて言う。


「はいはい、仕方ないなあ。

そんじゃま、帰りますか。」


元気の良い彼女の言葉を聞いた二人が笑いながら頷くのを見たハヅキは、一番乗りで教室を出て、足早に階段へと向かう。


「ったく、どこからそんな元気が湧き出てくるんだよ……。」


笑いながら言う彼を見たアカネが遠くにいるハヅキを見てから、ソラの方を見て、笑いながら言う。


「ふふ、まあソラは元気ないって言うよりめんどくさいだけでしょ?」


先程のハヅキと同じような、ニヤリとした表情だった。

図星だったソラが目を逸らして、何かを言おうとした時、随分と先にいるハヅキが大声でこちらに向かって何かを言っている様子だった。


「はーやーくー!!」


それを聞いた二人が目を合わせて笑う。


「わかったよー!!」


ハヅキに対抗するように大声で返す彼女はとても楽しそうで、なぜかこちらまで嬉しく感じた。







正面玄関を出た時、肌にすこし冷たい空気が触れる。

少し前までは明るい外も、もう暗く、日が落ちそうになっている。


「やっぱもうこの時間は寒いね。」


アカネが手を擦り合わせながらそう言う。

ポケットに手を突っ込んでいるソラとハヅキも同じふうに思ったのか、声を揃えて言った。


「「ほんとに……。ちょっと前まで暑かったのに……。」」


校門をくぐって、右に向かう。

そこから道のりにすこし進むと看板が見える。

その看板を左に。

すると緩やかな階段がある。

この階段の途中に昔よく遊んだ公園があった。


「……なっつかしいな。」


ソラが公園を見て言う。

小学生だろうか。自分より小さい子供が遊んでいた。公園に置いている時計を見て、そろそろ帰ろうとしているところだろうか。


「わー!ほんとだ!昔よく遊んだもんね。」


アカネが言った。それを聞いたハヅキが小声で言う。


「まあアカネはよく転けてたけどね。」


その言葉を聞き逃す訳もなく、ハヅキの頬を引っ張る。

それを見ていたソラは、彼女らを置いて一足先に階段を上る。

一番上まで上りきった頃に気づいたのか、少し後ろにいる二人が早足で駆け上がってくる。


「「置いてかないでよ!!」」


声を揃えて言った彼女らの手には、コーンポタージュの缶があった。


「そんなん買ってるからだろバカ。」


そう言ったソラを見たアカネが、悪そうな顔をしながら笑ってポケットから何かを取り出す。

出てきたのはもう一つのコンポタだった。

あれ?要らないのかな?とでも言いたげな表情の二人を見たソラは、少し不服そうに


「……いただきます。ありがとうございます。」


そう言った。


「よろしい。」


階段を上がってすこし息切れしているアカネが言う。

階段を上がるとすぐそこにはマンションがある。

それこそが三人の住む家、と言ってもバラバラの号室だが、まあ住む家で間違っていない、マンション上絵かみのえだった。


正面にある二重の扉を開けて通る。

少し広いエントランスには二台のエレベーターがあった。

上の矢印が書かれたボタンを押して、エレベーターの扉が開く。

中に入り、7と書かれたボタンをまた押す。


するとエレベーターがすこし古臭い音を立てながら昇り始める。


「それにしてもこのエレベーター、昔からゴウンゴウン言うよね。」


突然ハヅキが言う。

スマホを見ていたソラの顔を覗き込んで。


「なんだよ。」


覗き込まれたソラが言う。


「昔からゴウンゴウン言うよね?」


すこし圧を感じる顔を見た彼はアカネに目線で助けを求める。

助けを求められた彼女本人はと言うと、開けたコンポタを静かに飲んでいる最中だった。


「……そうですね。」


為す術がなくなったソラは大人しく返事をする。

なんてことをしているとエレベーターからベルの音のようなものが鳴る。

指定した階についた合図だった。

重そうな扉が低い音を立てて開く。


「う、眩し……。」


コンポタを飲み終わったのか、缶を振っているアカネがエレベーターから降りながら言う。

そんな彼女にハヅキが言う。


「まあでも綺麗だよね。ここから見える夕焼けって。」


丁度落ちようとしている夕焼けが、赤く輝いているのを見てハヅキが言う。


「だな。」「だね。」


目を合わせて、ソラとアカネが言う。

そうして三人がエレベーターから出ると、全員が同じ方向へと向かう。


角部屋であるハヅキから順に、アカネ、ソラと言った具合で部屋が並んでいる。


「よくよく考えたらほんとにすごい偶然だよね。この並び。」


そう言ったアカネに、確かになと言いながら外を眺めているソラがあることに気づく。

そのタイミングでハヅキもなにかに気づいた様だ。


「……親帰って来ないのに今日鍵持ってくんの忘れたわ…。」


彼が言ったのを聞いてハヅキが、驚いた声で言う。


「え!?ソラも!?」

「ハヅキもか!?」


そう話している二人を見て、ため息をついたアカネが家に入る。

少しすると家から出てきて、アカネが笑って言う。


「はい。許可もらったから……。泊まってく?」


「「神様仏様アカネ様ぁ……!!!」」


感激の声で二人が言う。

そう言うと三人は丁度、日が落ちるタイミングで中に入っていった。


「「この度はほんとに……ご飯まで用意していただいて……」」


二人が月夜家のリビングで、ご飯を食べ終わった時に言う。

それを聞いたアカネ母は笑いながら言う。


「もー。全然いいのよー?ソラくんもハヅキちゃんも小さい時から知ってる子だしね。」


それを聞いた二人はありがとうございます、と言ってテレビを見ているアカネの方に向かう。


「あ、風呂屋行ったらどうだ?」


アカネ父が言う。

それを聞いたアカネがいいね、と言うような顔をしてスマホを開いて時間を見る。

時刻は七時半。


「丁度いいくらいの時間かな。行こっか。」


そう言うとアカネは二人を連れて部屋に戻る。

大方準備でもするのだろう。

そこで本日二度目の危機がまたもやソラを襲う。


「……俺の服……無いじゃん……。」


それを聞いた二人も慌てているが、そのタイミングで部屋の入口に誰か立っているのが見えた。

三人が同時に振り向く。


「俺の服は?」


アカネの父だった。

それを聞いた彼女らは手をポン、と鳴らして……と言っても実際はなっていないのだけれど。

まあ目を合わせてあー!と言う。


「ありがとうございます!!」


ソラが言う。

アカネ父はどうってことねえよ!と言うと寝室へ向かう。

そしてソラに部屋着、半袖と長ズボン。そして羽織る様の薄い前にジッパーが付いているパーカーを貸す。


「……さて、と。行こーう!」


元気よく話すハヅキは恐らく準備を終えたのだろう。

それを見ていた二人ははいはい、と頷いて玄関へと向かう。


「「「いってきまーす!」」」


なんて言う平凡なセリフを言って、三人は家を後にする。

先程よりも随分と冷たくなっている外の空気に触れ、すこし足早に温泉へと向かった。



―――――――――――――――――――――――



「やっっっとついたあ!!!」


到着したのは温泉 【湯の花 暁亭あかつきてい】。

三人が住んでいる大分県暁市のなかでも大きめの温泉だ。

観光スポット、という程では無いが他の客も随分と多い。

まずは入口にある靴箱に靴を入れる。


「私ななじゅうななー!」


ハヅキが木の札がついた鍵をこちらに見せ、意気揚々と言う。それを見たソラはすこし手前に靴を入れ、鍵を見せる。


「じゃあ俺六十六ー。」

「不吉だよー?あ、アカネは!?」


不吉、とソラに言った後に言い返す暇を与えず彼女に聞く。

それを聞いたアカネは笑って、【八十八】と書かれた札をこちらに見せた。


「おおー。じゃあ私たちこっちだから!」


そう言うと二人は暖簾のれんをくぐって女湯へと入っていった。


(集合場所、決めてなくね?)


そう思いながらソラは反対側の男湯へと向かった。

脱衣場にはすでに多くの人で混雑している。

そんな中、できるだけ風呂側に近いロッカーに荷物を入れ、着ていた制服を雑に投げ入れる。

裸になるとタオルだけ持って、扉を閉め、鍵をかける。


「……人多ぉ…。」


扉を開け、大浴場に入る。が、予想通り人が多い。

とりあえず掛け湯を浴びて、真っ先に露天風呂へと向かう。

二重になっている引き戸を開けて外に出る。

服を着ていないからか、先程よりも更に寒く感じてしまう。

外には湯船が……五つ程あるが、どれも人でいっぱいだった。


「……中よりマシだけど…。仕方ない。」


そう言うと湯船なんてないであろう草が生い茂っている小道を歩き始める。

屋根が着いている湯船の後ろ側に、すこし隠されたように三人ほどが入れそうな湯船とかま風呂があった。


「ふぅー……。っぱ誰もいないとこがいいよな。」


誰もいない湯船に浸かって空を見上げる。

思っているより夜空が暗くて、ほしが綺麗に見えた。

目をつぶると家族連れの声や、人の話し声が聞こえる。


「……洗うか。」


空を見上げていた彼がゆっくりと湯船から立ち上がる。周りを見渡して、湯船から出る。


「…………かま風呂入ろ…。」


思っているより寒かった外に耐えきれず、かま風呂の扉を開けたソラだった。



―――――――――――――――――――――――




ソラが入ってきた暖簾のれんを手であげてエントランスに出てくる。

来た時とは打って変わって人がほとんど居らず、静かな雰囲気が漂っていた。


「あれ、まだあいつら居ないのか?」


そう言っていたソラの後ろには、赤髪と金髪の……よく知った二人が居た。


「「わ!」」


すこし小さめの声で背中を優しめに押す。

ソラは何度もやられているそれを慣れているようにはいはい、とやり過ごす。


「じゃ、そろそろ帰るか。」

「だね!」「そーだね。」


ソラの言葉に二人はそう言うと、マンション上絵かみのえに向かって歩き始めた。

体が温まっているおかげか、先程よりも外が暖かく感じる。



「……こんななんてことの無い日常がずっと続けばいいね。」



突然言った声にキョトンとした顔で二人がハヅキを見る。

ニシシ、と言うような顔をしている彼女を見て、二人もつられて笑う。


「だな。」「だね!」


そう返した。





―――――――――――――――――――――――



……これくらいが、の前日譚だ。

まあそんなに話してないけどね。


さて、次からはの話をしよう。


じゃあ―――――――また。

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