第2話 怪我を負った私。でもある日夢の中で――

――朱里side――



母子手帳を貰いに行った今日、沢山の妊婦さんと数名のお子さん連れがいた。

別にそれが珍しい訳ではないのは解っているし、お子さんもまだ小さいのに二人目となると大変だろなと思いながら、ホワイトボードに貼りだされる内容を見ながら、母子手帳を貰うのをドキドキしながら待っていた。


けれど、後ろの親子がどうにも様子が可笑しい。

子供さんが癇癪を回し始めたのだ。

子供の癇癪に親も流石に大変だろうと思っていた。

そもそも二歳児でイヤイヤ期真っ最中のようだし、何より男の子。

ジッとしなさいという方が難しいと思っていたら、後ろの机がドンッと蹴られビクッとする。


後ろのお母さんが鞄から何かを出している音は聞こえていたけれど、何を出しているのかまでは分からなかった。

すると大きな子供の叫び声と同時に、私の頭にガツンッ!! と何かが当たって痛みが走る。

振りむこうとしたその時――目に飛び込んできたのは木で出来た大きな三角形の積み木。

それが瞼に当たり血が出てきた。

途端に室内は騒めき、私も何が起きたか分からず目を抑える。

膝にある積み木には血が付いていて、ぎゃんぎゃんと泣きわめく子供を連れて母親は逃げるように外に出た。


――謝罪すらなかった。


何度も市役所の人が「大丈夫ですか!」と声を掛けてくれて、痛みでクラクラするし本当に何が起きたのか自分でも困惑しているのが分かる。

落ち着かないと、落ち着かないと。

深呼吸をしながら冷静になろうとしたけれど、お腹が張って辛い。

そのまま私は救急車で運ばれ病院にて手当を受け、眼帯と高等部に傷があるという事で保体を巻かれて動けなくなった。

――どうしてこんな事に。

お腹の張りがキツイ、武志さん……。



それから私の携帯を使い夫に看護婦さんが電話してくれてからお腹の張りが収まるまで横になり、安静にしてからやっと椅子に座った所で――まさか武志さんが来てくれるとは思わなかった。



「――朱里っ!!」

「武志さん!」



痛々しい包帯姿の私に駆け寄り身体をくまなくチェックする。

その手は震えていて、とても恐怖しているのが伝わってきた……。



「他に痛い所は!?」

「無いわ……でもビックリしてお腹も張っちゃって」

「っ!?」

「大丈夫よ、この後産婦人科に行く様に予約は入れてあるの」

「そうか……ちょっと待ってくれ。俺が連れて行く」

「でも貴方仕事は?」

「…………抜け出してきた」



嗚呼、もう。本当に貴方って人は。

嬉しさと愛おしさが湧いてくる。

会社に戻れば叱咤されると分っていても、私と子を優先してくれたのね。

そっと俺の手を取りお腹に手を持って行くと――。



「心配性なパパね? でも、とっても私もお腹の子も安心出来るわ……ありがとう」

「ああ……俺は父親として夫として、そっちの方が大事だと思ったんだ」

「ええ、貴方ならそうすると思ったわ」



そうお互いに微笑んだ時名を呼ばれ、慌てて車に行こうとした武志さんに財布を手渡して支払いを済ませてから武志さんが薬局で薬を貰い、私を病院に迎えに来てから産婦人科へと向かった。



「――と言う事があったの。なんとか母子手帳は貰ったけれど」

「そうだったのか……全くなんて親だ!!」

「市役所の人も怪我を負わせた相手に連絡するって言ってたわ」

「当たり前だ!! 俺の大事な朱里と子供にこんなっ! こんな!!」

「おち着いて運転してね? もう怪我は嫌よ?」

「っ! そうだな……」



こうして産婦人科に到着すると検査を行い、特に異常は見当たらずお腹の子がビックリしたのだろうという事になった。

それでも1週間は安静にと言われてしまい自分が情けない……。

すると武志さんは強く頷き、私を抱き上げて車に乗って帰ると――。



「俺は、今から……家事を頑張る」

「え?」

「大きな案件も終わってるんだ。家事をするだけの余裕もある」

「だけど食事は私が作らないと」

「俺だって昔は料理を自分でしてたんだ。自炊くらいは出来るさ」

「武志さん……」

「君はお腹の子と一緒に安静に。もし可能であれば、軽く掃除をしてくれるだけでいい。本当に軽くだぞ?」

「……分かったわ」

「無理に動かない。約束してくれ」

「ええ、約束する」



本当に過保護……でも嬉しい。

それからの日々は、武志さんが家事を殆ど担ってくれて助かったけれど、申し訳ない気持ちも強くて。

お腹の張りも落ち着いた頃、夕飯は私が、洗濯や掃除は武志さんがしてくれるようになった。

無論買い出しも軽い運動と言う事で一緒に買い物にも行った。

けれど――ついに始まってしまったのだ。

【吐き悪阻】が。


妊娠3か月ちょっとから妊娠5ヶ月の間、私は水を飲んでも吐き戻す日々が続いた。

身体が何も受け付けず、お酢の原液を呑むような生活が悪阻が収まるまで続き、産婦人科に行けばベッドに横になって点滴を打つ日々。

それでもお腹の子は順調に育ってくれていて良かったけれど、吐き悪阻がこんなに辛いなんて……。

ゲッソリと体重は減ったものの、顔色だって本当に真っ白になってしまったけれど、その間に犬の日参りもあり、何とか耐えきった。

犬の日参りが終わる頃には、やっと私の吐き悪阻も落ち着いてきた。


寒い2月の犬の日参りでは、夫からコートを買って貰い本当に暖かくして犬の日参りを終わらせることが出来て、もう目立つお腹になり歩くのも少し大変。

体動も分かるようになって元気に生きてくれている事が奇跡だとお互い嬉しくて笑い合い、お腹に手を当てて微笑みあう日も増えた。



「7月にはこの子に会えるのね」

「夏生まれか……きっと元気だろうな」

「そろそろ性別が分かるかしら」

「次の病院で分かると良いな。俺も頑張って行けるようにするよ」

「ありがとう! でも無理はしないでね?」

「仕事よりも妻と子を優先する。会社なんて知った事か」

「もう……困った人ね?」



そう言って苦笑いしつつも、本当に私と子供を優先してくれる夫に感謝しかない。

明日は産婦人科で性別が分かる日だ。

一体どっちだろうか?

男の子? 女の子?

どっちでも可愛い我が子に違いはないけれど、愛情いっぱい注いで育てないとね……。

そう思いながらお腹を撫でると、体動が少し大きくなり思わず笑顔になる。


――愛しい子。

――大事な子。

――あなたの性別はどっち?


そう思いながら眠りに着いたその日、不思議な夢を見た。

4歳だろうか、5歳だろうか?

顔は良く見えない。けれど男の子が私の手を握っている。



『これから楽しい事が一杯だよ!』



そう言って私の手を離して走り出した。



「駄目よ! 離さないで!」

『大丈夫だよ!』



そう言って嬉しそうに笑う声が聞こえて目が覚めると、涙が溢れ出てきた。

――嗚呼! お腹の子はきっと男の子ね!

その話を夫にすると驚かれたけれど、産婦人科で検査した所、見事に男の子だった。

その日から、いよいよ赤ちゃん関係の物を買い揃えていくことが決まるのだけれど――初めての男の孫と知った、あの暴言を吐いた両親が、手の平を返して協力的になるなんて、この時思いもしてなかったのである。

それは子供を産んでからも続くことになるのだけれど――あの暴言を許せる日も、近いのかも知れない。



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