繋いだ手を解いて、唇を奪って

セツナ

「繋いだ手を解いて、唇を奪って」

「はなさないで」


 と、彼女は言った。

 駅のホーム、入場券だけを買った僕と、大量の荷物を持った彼女。

 学生時代を共に過ごし、恋人同士だった僕らに、この春別れがやってきた。

 何度も2人で悩んだし、色々考えたけれど、その結果僕らは別れを選んだ。

 駅のホーム。ベンチに並んで腰かける僕ら。二人の間ひじ掛けに置かれた手は、冷たい気温と反するように暖かかった。

 別れを惜しむように繋がれている手は、時計の時間が進む度に一際強く握りしめられていく。

 離したくない、ずっとそばにいたい。だけどそれは叶わない。

 ただ、じっと手を繋いでいるだけの僕ら。二人の間に言葉は流れない。

 何かを言った方がいいのだろうが、何と言えばいいのか分からない。

 そうしている内に、遂にホームに電車がやってきて、僕らはゆっくりと立ち上がった。

 その手は強く握りしめられたまま。

 けれど、周りの人たちが電車に乗り込んでいく中、その手はゆっくりと力を抜いて解けていく。

 そして遂に離れた瞬間、耐えきれず僕は口を開いた。


「あのさ――」


 しかし、その言葉の続きは彼女の唇によって遮られる。


「はなさないで」


 触れた唇は熱く、少し触れただけなのに彼女の熱が伝わってくる。

 その熱が、言葉が、唇が。彼女の想いを全て代弁していた。

 彼女のキスで僕の言葉が奪われた。それはつまり、もう僕らに言葉は不要だって、彼女はそう言いたいんだと思う。

 そうだ。だって僕らはもう、何度も話し合って決めたんだから。これを覆すのは過去の僕らに失礼だ。

 彼女は最後に、悲しそうに目を伏せて電車に乗り込んだ。

 閉まっていく扉越しに見つめ合う僕ら。彼女は僕を見つめたまま、ゆっくりと手を振った。

 彼女の唇が、さよなら、と動いた気がした。


 遂に電車は行ってしまった。

 ゆっくりと徐々にスピードを上げながら、遠くへ消えていく彼女を乗せた電車を見つめながら、僕は手を振った。

 さよなら、愛しい君。

 大好きだった、大好きだったよ。


-END-

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繋いだ手を解いて、唇を奪って セツナ @setuna30

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