第26話 宣戦布告


「悪ぃけど、二人から離れてくんねぇかな?」


 優太の気持ちも代弁した心穏から、突きつけられる衝撃の条件。

 少々重苦しい雰囲気のまま、碧斗は口を開く。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。整理しよう」

「整理? することあるのかな?」

「たしか……優太、だよな。まず、陽葵が好きなのか?」

「馴れ馴れしく陽葵って呼んでるのも気に食わないくらいにはね」

「そりゃ馴れ馴れしいからな……悪いけど。んで、心穏だっけか? 乃愛が好きなのか?」

「あたりめーだろ。好きだ」


 碧斗が再確認してみても、二人の気持ちは本物らしい。


「いや、その、小春は?」

「小春ちゃんは、完璧すぎるって言うか。僕はそんな感じかな」

「俺もそうだ。きつい」

「なんだよそれ……」


 小春は、完璧すぎて好きになれないらしい。

 少しだけ可哀想になってくるが、身の丈に合わない女子を選ばないのも、一つの判断だ。


「んじゃ、陽葵の好きな部分を教えてくれよ」


 雰囲気を上向きにするがてら、碧斗は優太へと問う。

 すると、陽葵のことを考えたのか、優太は微笑みを浮かべながら語り始めた。


「まずは顔だよね! あとは無邪気で子供みたいな雰囲気かなあ。それと、何より明るい感じ」

「分かる。あいつ、そもそも子供だから」

「だよね! ……って、普通に語り合ってるの、おかしいよね」

「まあまあ、いいじゃんか。んで、心穏は乃愛のどこが好きなんだ?」


 碧斗は、心穏へと視線を向ける。


「まず顔だよな。そんであの性格だろ。分かる? なんか、本当に心を開いた奴にしか見せない何かがあるって感じ」

「あー、わかる。……てか、二人とも顔じゃねーか!」


 心穏も、優太も、まずは顔に魅力を感じるらしい。

 そこは、二大イケメンでもあくまで高校生、と言ったところだ。

 さっきまでの重苦しい雰囲気とは一転、碧斗の言葉で明るい雰囲気が流れていた。


「……んで、二人は陽葵と乃愛が好きだから、俺に離れて欲しい、と」

「そういうことだよ。碧斗くんが良い雰囲気っていうのは噂で聞いてるからね」

「そうだ。乃愛ちゃんと付き合いてーんだよ」

「まずな、二人に勘違いして欲しくないことがあるんだけど、俺からアピールをしてるわけじゃないんだよ」


 乃愛も、陽葵も、自分から碧斗へと接近している。

 決して碧斗から抱きついたりはしていない。

 だから、離れるも何も無い。


「そうなんだ。てことは、陽葵ちゃんと乃愛ちゃんから好意を向けられてるってこと?」

「そういうことだ」

「んだよそれ。まあ、俺は負ける気しねーけどな」

「僕も、心穏と同じく負ける気はしないよ」


 碧斗からの言葉を聞き、再度戦意を灯す心穏と優太。


「勝つとか負けるとかじゃなくてだな……」


 そんな二人に、何を言えばいいのか分からない碧斗。

 ただ、本気で好きなのは伝わっていた。


「許可とかいらねーんだけどさ、乃愛ちゃんのこと、取らせてもらうぜ?」

「僕も、陽葵ちゃんのことは手に入れるよ」


 もう何度目かも忘れた決意表明を、二人は碧斗へ向ける。


「手に入れるってどうするんだよ、具体的には」


 とはいえ、向こうが碧斗に好意を向けているのだ。

 それに対して、"手に入れる"と言われても、どういうことか分からない。

 その答え合わせをするように、二人は口を開いた。

 

「――陽葵ちゃんには、僕を好きにさせるよ」

「――同じく。乃愛ちゃんには俺を好きにさせる」


 二大イケメンにここまでの言葉を言わせる乃愛と陽葵は、どれほどの女の子なのだろうか。

 無論、碧斗に止めることは出来ない。

 ――しかし、一つだけ言えることがあった。


「なるほどな。それは勝手にしてくれ。――でも、あいつらのことを一番分かってやれるのは、俺だぞ」


 誰が陽葵と乃愛と小春を狙おうと、構わない。

 接触すれば、いずれこの二人も、三人が不仲であることに気付く。

 ――気づいたとて、その仲を取り持つのは自分だけだと、碧斗は心の中で意気込んだ。


「結構言うね。じゃあ、遠慮なく行かせてもらうよ」

「分かったよ。別に止めたりはしない」

「そっか。じゃあまた」


 豪語する碧斗に、優太は再び敵対心を滾らせると、教室を後にした。


「お前よりも分かってやれる自信があるぜ?」

「おう。だから勝手にしてくれって。心穏のことも止めない」

「そうかよ。じゃあな」


 心穏も、優太と同じく闘争心を滾らせる。

 明るい雰囲気から一転、喧騒な雰囲気になった後、優太に続くように、心穏は部屋を後にした。

 

 一人になった教室で、碧斗は考え込む。


「小春……どうしようか」


 ――正直、あの二人が陽葵と乃愛の気持ちを動かせるとは思っていない。

 敵じゃない、という言い方はおかしいが、それに近しい気持ちだ。

 それよりも、小春の件の方が大事だ、と。


 ――――――――――――


 碧斗が、二大イケメンと会話をしている頃。

 B組内は、まだ興奮が冷めやらぬ状態だった。


「ねえ陽葵ちゃん見た!? あの顔!」

「見てない見てない! 落ち着いて!」

「はぁ……尊い……」

「そんなに!?」


 無気力に崩れるクラスメイトを見て、陽葵は困惑する。


「さすがの陽葵ちゃんもイチコロだって!」

「んーや、陽葵ちゃんの心はそう簡単に落とせないもん」

「ほんとー? 噂の碧斗くんですかー?」

「え!? あ、碧斗でも落とすのは難しいよ!?」


 陽葵も、恋する女の子。

 こう見えても、信頼できる人以外には好きな人を秘密にしておきたいタイプなのだ。


「ふーん? "碧斗"って呼び捨ても怪しいなあ?」

「それは元からじゃんかっ! それよりお昼食べよ!」

「かわいいなあ陽葵は」

「んもう」


 いつもクラスメイトを困惑させる陽葵だが、今日は逆。

 露骨に頬を赤らめる陽葵を見て、クラスメイトは癒された。


「ねえ乃愛見た!? やばくない!?」

「何がよ……二大イケメンのこと?」

「そうそうそう!! あの顔面、最強すぎない!?」

「ほんとに好きなのね。頬真っ赤っかだよ」


 頬を真っ赤にして語るクラスメイト。

 そんなクラスメイトを見て、乃愛は笑った。


「ちょっと、何笑ってんの! 乃愛だってイチコロなんだから!……あ! それより噂の碧斗くんですか?」

「……ふぇ!? ち、は!? 何言ってんの!?」

「その焦りよう、うんうんうん」

「言い方ムカつく! ほらご飯食べるよ」

「かわいいなあ、乃愛は」


 負けないほどに頬が真っ赤になっている乃愛。

 陽葵と同じく、恋する女の子。

 秘密にしていたいことだってあるのだ。

 

 ――そんな時、碧斗が教室へと帰ってきた。


「碧斗くん! 何話したの?」


 クラスメイトの一人が、碧斗へと尋ねる。

 今まで、三大美女と夏鈴以外の女子など無縁だったのだが、二大イケメンの力は凄まじい。


「え? あ、いや、普通に友達になろうって」

「きゃあー! すごい、すごいよ碧斗くん!」

「おう、ありがとう……で合ってるのか?」


 さすがに、碧斗も人の道を外れていない。

「乃愛と陽葵のことが好きらしいぞ」なんて言ったら色々と終わるので、適当に誤魔化す。

 というか、本当に二大イケメンの力は凄まじい。


「おい、本当の話は何だったんだよ」


 席に戻ると、翔が不安そうな目で問うてきた。

 喧嘩やら殴り合いやらを想像している。


「なんか、陽葵と乃愛が好きらしい」

「はあ!? え? まじで?」

「うん。まじ。あいつらを落とすとか言ってた」

「そりゃすげえな……てか、小春ちゃんは?」

「完璧すぎて無理だってさ」

「んだよそれ。情けねーな」


 小春と夏鈴が居たら、どんな反応をしていただろうか。

 そんなことを考えながら、碧斗は小春へとあるメッセージを送った。


 ――――――――――――――


 放課後。

 今日も、無人の教室に碧斗はいる。

 とはいえ、今日は呼び出した側なので、待っているだけだ。


「あら、碧斗くん。今日はあまり話せなかったので寂しかったです」

「そう、か。二人きりだから中々攻めたこと言うな」

「そうですよ。今しか言えないですから」


 碧斗は、小春を呼び出していた。


「それで、どうかしましたか? 私とぎゅーしたくて呼び出したんですか?」

「ん、違うぞ。大丈夫だ」

「そんなはっきり言わないでください」


 欲望の一つを口に出したが、あっさりと断られてしまった小春は、「むぅ」と頬を膨らませる。


「ごめんごめん。で、呼び出した理由なんだけどさ」

「はい」

「この前の数学、分かんなかっただろ?」

「……はい。碧斗くんにはお見通しですよね」

「まあ、一応小学生の頃の小春を知ってるからな」

「ふふ、そうですね。でも、それがどうかしたんですか?」

「俺さ、意外と理解出来たんだよ」

「そうですね。碧斗くんは昔から勉強が得意ですもんね」


 優しい微笑みを、碧斗へと向ける。

 その微笑みを見てから、碧斗は言葉を続けた。


「――俺と、一緒に勉強しよう」


 優しい微笑みを、小春へと向けた。


「勉強、ですか。でも、どうして?」

「そりゃあ、小春を助けたいからだよ」

「ふふ、嬉しいです。でも、私は大丈夫ですよ」


 碧斗の予想通り、小春は一人で抱え込もうとする。


「大丈夫って?」

「私は、一人で何とか出来ますから。クラスメイトにも、そう伝えています」


 完璧であることに拘りすぎて、一人で解決しようとする。

 周りに頼らないこともまた、"完璧"だと、小春は間違った思い込みをしていた。


「ダメだ。明日、駅前の店で一緒に勉強するぞ」

「え、本当に大丈夫です。……でも、碧斗くんがどうしても私と一緒に居たいなら、そうしましょう」

「わかった。そうしよう」


 拒否をした時点で話は終わるので、碧斗は素直に受け入れる。

 嫌々などではない。

 そうして、碧斗と小春の勉強会が開催されることになった。


――――――――


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