第17話 昨日の敵は今日の友
お昼休憩を挟むと、滞りなく午後の部が始まった。
最初の数種目は、碧斗の出番はないものの、すぐに「借り人競走」がやってくる。
数種目を消化した後、碧斗が出場する「借り人競走」が始まった。
借り人競走のルールはシンプルで、走路の途中で横並びになっているカードを一枚捲り、そこに書かれた条件を満たす人物を応援席から引っ張り出し、チェックポイントで立っている先生にチェックをしてもらって、一緒にゴールをするというものだ。
「緊張してる?」
「え? いやしてない」
列に並んでいると、隣に座る生徒に話しかけられ少し驚く碧斗。
名前どころか、クラスも分からない。
「ちなみに、俺はしてる」
「お、おう。なんでだ?」
「だって、三大美女の誰かと手繋いでゴール出来るかもしれないんだよ? 緊張せずにはいられない」
「あー……。なるほどな」
普通の生徒は、三大美女に触れるだけでも緊張するのに、碧斗は触れるどころか三大美女から求められている側。
これ以上の特別扱いは無い。
とはいえ、そんなことは言えないので誤魔化す。
「ま、まあ三人の誰かと一緒にゴール出来るといいな。ちなみに誰が好きなんだ?」
「そりゃー乃愛ちゃんだろ! あのツンデレはアニメの世界にしかいねーって」
「なるほどな……」
――いやいや、その子、俺のこと好きなんですよ。
と、再び優越感に浸る碧斗。
そんな不埒な事を考えていると、借り人競走の移動が始まった。
「意外と緊張するな……」
自分のレースが始まる直前、碧斗はボソッと呟く。
小学校の頃も、中学校の頃も、徒競走的なことをやる時は必ず押し寄せてくる気持ち悪い緊張感。
そんな時、やはり元気付けてくれる声が響く。
「碧斗ー! ファイトー! 友達作れー!」
B組の応援席から響く、陽葵の声。
「友達作れってなんだよ。……って、さすがだなあいつの声は」
「友達作れ」は普通に刺さるのでやめてほしいのだが、そんな声に助けられているのも事実。
碧斗は、少しだけ緊張が柔らいだ気がした。
『パンッ』
スターターピストルの音で、碧斗たちのレースはスタートした。
100メートル程の距離の中で、カードが置いてあるのは30メートル位の場所。
結構な距離を借り人と走ることにはなるが、"友達がいない"碧斗にとってはちょうどいい機会だ。
「頼むからいいカード来てくれよ……」
無理難題な条件じゃなければ何でもいい、そう思いながらカードを捲ると、そこに書いてあったのはある意味、無理難題な条件だった。
『髪色が金色の人』
校則が緩い華月学園の体育祭では、こういう条件も含まれる。
とはいえ……
「もうさあ……乃愛しか浮かばないんだが……」
そもそも、髪を染めている生徒は女子ばかりで、生憎と碧斗に女子友達など夏鈴以外に存在しない。
そんな中、髪色が金色の生徒など、如月乃愛以外には誰も浮かばなかった。
「……ふぅ」
条件をクリアしないことにはゴールも出来ないので、碧斗は覚悟をする。
一年生しかいない応援席に向かって「乃愛」と呼ぶのが一番キツいのだが、しょうがない。
「乃愛ー!」
三大美女の一人が叫ばれると、一年の応援席は一気に騒ぎ始める。
「え、乃愛ってまさか……あの?」
「おいおい、羨ましいぞあいつ!」
「俺にも貸してくれよ!」
沢山の生徒からの羨望と嫉妬の声が聞こえるが、碧斗は覚悟を決めているので、気にすることはない。
一方、呼ばれた乃愛は、
「え、え!? 私!?」
「乃愛ちゃん、呼ばれてるよ!」
「ええ、あ、分かった! ちょっといってくる!」
「うん! がんばー!」
はっきりと自分の名前を呼んでいる碧斗に、少しだけ照れる。
そして、応援席を離れると、碧斗の元へと駆け足で向かった。
「ちょっと、恥ずかしいんだけど!?」
「悪いな、条件を決めた奴に怒ってくれ」
「はぁ。んで、何よお題」
「『髪色が金色の人』って。乃愛しか思い浮かばなくてさ」
「他に女の子いたでしょ……私でいいけどさ」
「友達がいないんでね。それより、早く行くぞ」
そう言うと、碧斗は乃愛へ向けて手を差し出す。
「え、ええ、手繋ぐの!?」
「うん、だってそういうルールだし。嫌か?」
「……嫌じゃない」
乃愛は、頬を真っ赤に染めながら碧斗の手を取る。
程なくして、碧斗と乃愛は先生が立つチェックポイントへと走り出した。
「……やっぱはえーな」
小春に負けず劣らず、乃愛も相変わらず足が速い。
借りたのは碧斗なのに、先導しているのは乃愛という立場逆転現象が起きている。
そうして、順調にチェックポイントに到着すると、奇しくも小川先生がそこに立っていた。
「あら、碧斗くんに乃愛ちゃん」
「どーもです。はい、チェックしてください」
「どれどれ……『髪色が金色の人』ね。合格です!」
「どーも!」
無事にチェックポイントを通過し、ゴールへと向かう二人。
そんな二人の背中を見ながら、小川先生は「お似合いだねえ」と呟いた。
「おーい! 如月乃愛を独り占めするなー!」
「乃愛ちゃん可愛いー!」
男女共にから大人気な三大美女・如月乃愛。
男子からは嫉妬の声が碧斗に飛び、女子からは羨望の声が乃愛へ飛ぶ。
時折、そんな声を耳に入れながら、碧斗は乃愛とゴールした。
結果は二位だ。
「ふぅ……ありがとな」
「別にいいけど、一位じゃないのはなんで」
負けず嫌いな乃愛が、少し不貞腐れながら碧斗に問う。
「乃愛を呼ぶのに覚悟したんだよ少し」
「何の覚悟よ……。私が可愛すぎる覚悟?」
「まあ、意味合い的には合ってるけど」
「……え?」
「三大美女とか言われてるだろ。だから呼ぶのに覚悟したんだ。実際可愛いのは本当なんだから」
「……ふん。二位になったからってそんな言い訳しても無駄なんだから」
他のクラスメイトに言われる「可愛い」よりも、碧斗に言われる「可愛い」が別次元で嬉しい。
そんな思いを見透かされないよう、乃愛は頬を赤らめながらそっぽを向いた。
ちなみに、レース前に話しかけてきた見知らぬ生徒は、小野寺陽葵を借りてゴールしていた。おめでとう。
借り人競走が終わると、長かった体育祭も終盤に差し掛かる。
残りの種目は、「クラス対抗リレー」と「学年対抗リレー」の二種目になった。
「翔、頑張ってこいよ」
「翔くん頑張ってねー!」
クラス対抗リレーのアンカーとして、集合場所に向かう翔に、碧斗と夏鈴はエールを送る。
そんな二人に、翔は「おう」と親指を立てて返事をした。
各クラスの選抜メンバーが争い合う、「クラス対抗リレー」。
必然的にレベルも高くなるので、注目の種目だ。
「翔くん、どんくらい速いのかなー」
「どうなんだろうな、見たことないから分からない」
「夏鈴も全然。部活も陸上部じゃないらしいし」
「んな。でもあいつ、小学校の頃に陸上で県大会優勝したらしいよ」
「ええ!? そんなに凄いの!?」
初耳の事実に、つぶらな瞳を更に丸くする夏鈴。
とはいえ、碧斗も実際には見たことないので、「そうらしい」と返事をした。
各クラスの選抜メンバーがスタート位置につくと、間もなくして『パンッ』という音が鳴り響き、リレーが幕を開けた。
B組は、自信満々な五人が立候補した事もあり、スタートから一位を保持している。
そしてそのまま、四人目まで順位をキープすると、ついにアンカーである翔へとバトンが渡った。
「お、翔きたぞ」
「おおー! 頑張れー!」
一位でバトンを受け取った翔は、勢い良く走り出す。
――そして、隠していた実力を一気に解放するように、どんどんとスピードを加速させていった。
「……」
「……」
あまりの速さに、夏鈴と碧斗は言葉を失う。
県大会優勝と聞いていたのである程度予想はしていたものの、それを遥かに凌ぐ速さだ。
グングンと加速して、二位との差を更に離していく翔。
そのまま、ぶっちぎりの一位でゴールテープを切った。
「かっこいい……」
そんな翔を見て、夏鈴は呟く。
普段はおちゃらけている翔が、まさかこんな実力を持っていたとは思っていなかったことも相まって。
そして、そう呟いた夏鈴の顔は――完全に、恋する乙女の顔をしていた。
「いやー久しぶりに走ったな」
リレーを終え、戻ってきた翔。
「お前、速すぎない? 人間?」
「いやいや、8割くらいだぞあれ」
「まじかよ……本気で走ったらやべーな」
あの速さでまだ本気では無かった翔に、碧斗は更に驚く。
隣の夏鈴は、何故か少し恥ずかしそうにしていた。
「夏鈴ちゃん?」
「あ、翔くん!……かっこよかったよ!」
「あ、ありがとう」
「えへへ、いいえ」
翔を褒める夏鈴の顔は、いつも通りではなく、頬を赤く染めていた。
クラス対抗リレーも終わり、残すは一番の大目玉である"学年対抗リレー"のみとなった。
クラス対抗リレーは、"クラス選抜"だったのに対し、学年対抗リレーは"学年選抜"となっている為、レベルがさらに高くなる。
その影響もあり、全学年でリレーを行うということだ。
そして、一年生女子部門の学年選抜メンバーの中には――陽葵、乃愛、小春の三人が居る。
「うおー! 頑張ってよ三人とも! 夏鈴はめっちゃ応援してるー!」
熱すぎるメンバーに、夏鈴は少々興奮気味だ。
少し前にかけっこで喧嘩していた三大美女達が、今度は仲間となって他学年に挑む。確かに熱い。
「うわ、乃愛緊張してるの?」
学年対抗リレーの集合場所にいる三大美女の内の一人・陽葵は、乃愛に向けて言葉をかけた。
「してるわけないでしょ。この前のかけっこ一番だったんだから」
「ふふ、実は陽葵が一番緊張してるんじゃないですか?」
「アンカーだからちょっとだけねー。でも、他の人にバトン渡す心配はないからだいじょぶ!」
「誰もしないわよそんな心配……」
「えへへ。乃愛、ちゃんとバトン渡してね?」
「はいはい。小春も私にちゃんと渡して」
「わかってますよ。大丈夫です」
そう、アンカーである陽葵の前を走るのは乃愛で、その前を走るのは小春だ。
六人一組で行われる為、小春が第四走者、乃愛が第五走者、陽葵がアンカーということ。
そして、程なくして入場が始まった。
「スタートの人頼むよー!」
リレーが始まる直前、陽葵が第一走者へと声援を送る。
一年生だけでなく、対戦相手である他の学年も選抜メンバーなので、一つの失敗で大きく差が開く。
失敗は許されない、と言うのも大袈裟だが、失敗しないことに越したことはない。
「ふぅ……」
第一走者である女子生徒が小さく深呼吸をした後、程なくして『パンッ』という音が響いた。
それと同時に、一斉に第一走者がスタートしていく。
全員、さすが選抜メンバーと言うような走りをしており、順位が分からない程に拮抗していた。
第一走者が帰ってくると、第二走者へとバトンが渡される。
まだまだ順位は拮抗しており、どこが一位になってもおかしくない。
拮抗した状態のまま、第二走者は帰ってくる。
そして、第三走者にバトンを渡そうとした――その時だった。
第三走者が上手く受け取れず、バトンを落としてしまった。
その間にも、拮抗していた他の走者達は前へと進んでいく。
追いつけるか追いつけないかの瀬戸際の距離くらいで、第三走者はバトンを拾い直し走り出した。
次の走者は――夜桜小春。
位置に着く為におもむろに立ち上がると、一気に目には闘魂が宿る。
「――縮めてくるので、後は二人に任せますね」
「私が一位になります」とは言わない小春。
それが、陽葵と乃愛に対する信頼感で。
自分が一位にならなくても、二人なら絶対にやってくれる、と。
陽葵と乃愛がコクッと首を縦に振ったのを確認して、小春は位置へついた。
他の走者達は相変わらず拮抗したまま、第四走者へとバトンを渡す。
そして、一足遅れて、小春たちの第三走者が帰ってきた。
「ごめん、ほんとに」
「大丈夫ですよ。よく頑張りましたね」
クラスメイトからバトンを受け取りながら、そんな会話を交わす。
決して責めることなく、優しい笑顔で出迎える小春は、さながら「女神」の様。
そして、バトンを受け取った小春は、勢い良く走り始めた。
「――」
運動神経の良さから放たれるその脚は回転数を上げて、どんどんと加速していく。
そんな小春を見ながら、第五走者である乃愛もスタート位置へつく為に、おもむろに立ち上がった。
「私が一位で帰ってこなかったら、あんたが絶対一位になりなさいよ」
そう言うと、乃愛は陽葵の返事も聞かずに歩き出す。
だがそれは、嫌悪感などでは無い。
内に秘める、幼なじみに対する誰よりも厚い信頼を、静かに陽葵に託すように。
驚異のスピードで走る小春は、どんどんと前の走者との距離を詰めていた。
まだ追いついてはいないものの、確実に距離は縮まっている。
そして、そのスピードを保ったまま、乃愛の元へと辿り着いた。
「お疲れ、後は任せて」
「乃愛……頑張ってください……」
息切れする小春。
「言われなくても頑張るっつーのっ!」
そうして小春のスピード感のままに受け取り、勢い良く走り出した。
小春が縮めたとはいえ、前の背中はまだ少し距離がある。
「――」
金髪のポニーテールを靡かせ、どんどんと加速していく乃愛。
三人のかけっこで一位を取った実力を、遺憾無く発揮していく。
そんな乃愛を見ながら、アンカーである陽葵もおもむろに立ち上がる。
「じゃ、陽葵ちゃんがいいとこ持っていきますか〜」
小春、乃愛がいなくなった場所で、余裕そうに呟く陽葵。
そうして、スタート位置へと向かった。
その間、乃愛もどんどんと前の走者との距離を詰めていく。
一歩、また一歩と着実に迫る背中。
ついに、射程圏内へと入れて、帰ってくる。
そしてその勢いのまま、陽葵へとバトンを渡す。
「任せてくださいなっ! 私たちに負けは似合わないからねーっ!」
渡し際、頼もしすぎるセリフを陽葵は発する。
勿論、――乃愛もそのセリフを信じきっていて。
そして、そのまま走り出す。
「……陽葵ーっ! 頑張ってーっ!」
そんな陽葵の背中に届くように、息切れしながらも声援を送る乃愛。
そしてその声が届いたように、陽葵はグングンと足の回転数を上げていく。
「――」
茶色いショートボブを靡かせながら、射程圏内だった背中を目前に捉える陽葵。
余裕そうな表情をしながらも、距離は確実に縮まっている。
そしてついに――並んだ。
拮抗していた一位集団に、陽葵も後ろから追いついた。
――"私たちに、負けは似合わないから"
その一心のままに、どんどんと加速していく陽葵。
ただひたすらに、前に前に、走っていく。
周りの応援の音すら聞こえない程に、自分の世界へと入り込んで。
そして――ギリギリ一位で、ゴールテープを切った。
「うおおおおおお!」
「大逆転したぞおお!」
「すげええええ!」
三大美女による大逆転劇に、応援席は大賑わいだ。
「え! すっご!」
「さすがすぎるな……」
勿論、夏鈴と碧斗も、改めて三大美女達の凄さを感じている。
「ふぅ……ま、余裕かな〜っ……っておおお!?」
「陽葵ー! ナイスーっ!」
「陽葵! お疲れ様です!」
一位でゴールした陽葵に、満面の笑みで飛びつく二人がいる。
――乃愛と、小春だ。
嬉しさのあまりに、不仲など忘れて抱きつく三人。
「……ちょちょ、陽葵ちゃんにも休ませて!」
「……あ、はい」
「……はあー疲れた」
そして、我に返った様に、急に離れる三人。
とはいえ、ハグをする瞬間を見ていた応援席からは――
「よく頑張ったぞー! さすが!」
「やっぱ三人が一番だーっ!」
「ずっと抱きついててー!」
と、三人を労う声が止まらなかった。
そんな微笑ましい光景を、同じく応援席から見ていた碧斗は、心の中で「やっぱり幼なじみだな」と呟いた。
――――――――
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