転校したら元カノ三人と同じクラスになった

たいよさん

第1話 転校の朝


「碧斗〜! 起きなさ〜い!」

 

 アラーム代わりの母親の声が、一階から聞こえてくる。

 下手な目覚まし時計よりもよっぽど簡単に起きれるのはなぜなのだろうか。

 血が繋がっているから?

 本能的に?

 そんな非生産的なことを考えながら、流川碧斗るかわあおとは体をベッドから起こす。


 鈍足すぎる足取りで、眠気も冷めやらぬまま一階へ降りると、いつも通りに朝食が置かれていた。

 完璧な形の目玉焼きに、みずみずしい野菜、そして昨日の残りの豚汁だ。

 起きるのに精一杯な碧斗を差し置いて、母親は毎朝、朝食を準備している。

 たまに寝坊する日もあるが、それは日頃の感謝からノーカウントだろう。


「ほら、冷めないうちに食べちゃいなさい」

「……うい」


 この会話もいつも通りで、もはやテンプレと化している。

 だが、いつも通りの日常に、一つだけいつも通りでは無い事柄があった。


「転校初日から遅刻なんてほんとにダメよ」

「ごめんって、明日からちゃんと起きるから」

「ほんとにもう」


 そう、今日から碧斗は――転校生だ。

 詳細な理由は割愛するが、とにかく両親の都合で別の高校へと転校することになった。

 時期は六月。

 四月に入学した前の高校では、順調に友達も作り、平和な学校生活を送るつもりだった。

 だが、そんな事実も悲しいことに打ち砕かれ、今日からは友達ゼロ人だ。


 勿論、彼女なんてものはいない。


 とはいえ、碧斗は恋愛経験が皆無、という訳では無い。

 むしろ元カノは三人もいるし、豊富と言われれば違うかもしれないが、皆無とは明らかに真逆だ。


 一人目は幼稚園の頃。

 まあ、幼稚園の頃の女の子が"元カノなのか"と言われれば審議なところだが、「大人になったら結婚しようね?」と約束をした女の子がいる。

 元カノ的な立ち位置であることは確かだ。

 二人目は小学生の頃。

 生意気な事に、小学生の時は明確に交際した。

「付き合ってくれませんか?」と言われたし、碧斗も「よろしくお願いします」と返事をしたのだから。

 そうして、その女の子とは「将来は、私の旦那さんになってくれますか?」なんて約束をした。

 ある種、幼稚園時代の元カノと一緒の約束だ。

 三人目は、中学生の頃。

 小学生の頃と同じく、明確に付き合ったし、記憶も他の元カノと比べれば新しい方だ。

 クラスメイトにも周知されていて、よく茶化されていた。

 そんな女の子とは、「ずっと碧斗の隣にいさせて?」と約束をした。

 中学生にもなり、言葉の綾にも少しセンスが出てきていた。


 そんな訳で、碧斗には三人の元カノがいたのだ。

 言葉は違えど、本質的な意味は一緒の約束をした、三人の元カノが。

 そして、もう一つ、共通点がある。


 それは、――自然消滅ということ。


 幼稚園の頃の彼女とは、小学校に上がるとそのまま自然消滅。

 小学校の頃の彼女とは、進級するとクラスが別になって、そのまま自然消滅。

 中学生の頃の彼女も、受験勉強が重なって、そのまま自然消滅した。


 捉え方によれば女たらしだし、今でも三人の彼女がいるということに出来るのだが、生憎そんなことはしたくないし、できない。

 なぜなら、本当に連絡も取っていないし、デートにも行っていないから。

 幼稚園、小学生の頃は、連絡手段が家電しかない為に難しい部分もあるのだが、中学生の頃の彼女なんかは思いっきりそうだ。

 付き合ったのいいものの、何も発展も進展もなく、流れに乗って関係は自然消滅した。


 まあ、そんなことを気にした所で、今更どうこうできる訳では無い。

 更に、今日からは転校生だ。

 関わることも無ければ可能性も比例して低くなる。

 ――関わることも、無ければ。


「ごちそうさま」


 欠かさず用意されていた朝食を食べ終え、碧斗は手を合わせた。

 時刻は八時を指している。

 学校までの距離は徒歩10分くらいで、八時半までに登校すれば遅刻にはならない為、時間には余裕があった。

 とはいえ、時間前行動をするに越したことは無い。

 初日から思いっきり遅刻して、早々に浮くのも御免だ。


「あら、もう行くの?」

「うん。だってギリギリになるのも嫌だし」

「そう。友達作るためかと思ったけど」

「いや、それもそうだけど……」


 なんとなく皮肉を混ぜてくる母親。

 だがそれも事実。友達を作る為に早く行くのもありだと思った碧斗は、思考のひとつに入れて歯磨きと洗顔を終わらせた。


「じゃ、いってきます」

「気をつけてね。スタートダッシュは肝心よ」

「一発ギャグとかはしないから大丈夫」

「あら、お母さんはする方に期待してたのだけど」

「いやそっちかよ……」


 堅実に過ごして、あくまで平和な生活を望むタイプの碧斗と、一発目にカマして、一気に陽キャへと成り上がるタイプの母親。

 こんな考え方をする母親の息子とはいえ、碧斗は陽キャでもなければ陰キャでもない中間の人物。それをやる勇気は湧いてこなかった。


「んじゃ、じゃあね」

「はい、いってらっしゃい」


 改めて、親子らしい会話を交わし、碧斗は学校へ向かった。

 新たに見る顔触れ、再びする自己紹介。

 新生活特有の緊張を持ちながら、新たな学校へと歩く。

 まずは友達を作って、出来れば彼女も出来たらいい。

 そんな、平凡な高校生活を望んで――。 



――――――――


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新シリーズ「再婚相手の連れ子が学年一のマドンナだった件」も連載中ですので、そちらもチェックして頂けると幸いです

 

 

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