第368話 人形少女は否定する

 真っ白な軌跡が私の放つ魔法を切り裂いて身体を斬りつける。

私の闇はとっくにマリアさんの白に食い尽くされてしまっていて、一点の染みすら拒絶するかのような純白のなかで昏く染まった瞳だけがハッキリと浮かんで見える。


「あぁ…目障り。あなたも…無知蒙昧な人間たちも何もかもが目障り…いい加減消えてくれませんか。もう十分楽しんだでしょう?私からたくさんの物を奪い貪って笑っていたでしょう?ねぇ、だからもう終わってくれませんか。みんな仲良く手を繋いで死んでくれませんか」

「そうしてあげたいのはやまやま…でもないけどさ、こっちにもいろいろと事情があるからそういうわけにもいかないんだって」


マリアさんの攻撃を受け止めた私の持つ刀がついに砕けた。

二撃目を身体で受け止める決心をしたところで巨大人形ちゃんがその腕でマリアさんの追撃を防いでくれた。


助かったと言いたいけれど、巨大人形ちゃんは腐った神様と交戦中だったわけで…そちらの放った白い光線のようなものが注意のそれた巨大人形ちゃんの胴体に穴をあけた。


それにひるまず巨大人形ちゃんは戦闘を再開したけれど、あまり頼っているとまずそうだ。

マリアさんだけでも大変なのに腐った神様まで相手にしてられない。

私の闇が完全上書きされている今、私が取れる手段は限られていて…それなのにマリアさんの攻撃はその激しさを増していく一方だ。


マリアさんはその手に持つ異常な長さと切れ味を持つ刀を振るいながら、大小さまざまな種類の刀を同時に振るいながら襲い掛かってきて、どう避けても確実に私の身体を傷つける。


何をどうやっても、私が斬られて終わるという結末に帰結してしまうのだ。

今はまだ何とかなっているけれど長引けばじり貧になるだけ…分かってはいるのだけどどうしようもない。


「さぞあなたは幸せなのでしょうね。家族に囲まれて、馬鹿みたいに笑って…あなたみたいなガラクタに許されることがなんで私に許されないのですか?どうして私は奪われなければならないのですか」

「マリアさん…」


「そんな憐れんだ目で私を見るな!!」

「っ!」


憐れんだ目をした覚えはないけれど、反論している余裕はない。

地面に無数に突き刺さった刀を魔法で弾き飛ばし、スペースを確保…だけどたぶん無駄なのだろうなぁと半ばあきらめている。


マリアさんが刀を振るった時点で斬られることは確定してしまう…もうそういうものなのだ。

ただ刀そのものよりも、それに乗せられて伝わってくるマリアさんの感情のほうが痛い。


恨み、憎しみ、怒り…そして悲しみ。

他人のそういう気持ちに疎いという自覚がある私をもってしても押しつぶされそうなほどにそれが伝わってくる。


「もう何も残ってない…私から奪うものなんてもう何もないでしょう…?だったら次はあなたたちの番です。何もかもを奪われた私と…あの子と同じ苦しみを味わえ。何もかもを奪われて苦しんで死ね。そしてまっさらな何もない綺麗で優しい世界を…あの子のために」

「だからそういうのはダメだって!」


拝借しておいた刀を取り出してカオスエンチャントを施し、マリアさんに斬りかかる。

当然のように受け止められはするけれど構わず刀を振るい、魔法を叩き込む。


一応こちらの攻撃も通ってはいる…だけどマリアさんはまるで痛みを感じていないかのように気にも留めない。


そもそもの前提としてこの戦いの目的はマリアさんを殺すことじゃない。

レイの想いを届けること。


それが勝利条件だ。

ただ殺すだけなら通用するかは分からないけれど、もう少しやりようはある。

でもそれじゃあ何の意味もないから。


「だめ?何がダメだというのです?」

「何かをするのに大好きな人を理由に持ちだしちゃダメなんだよ!」


私はマリアさんのやることに文句をつけるつもりはない。

でもただ一点だけレイのためという部分だけが引っかかる。


愛のためなら何をしてもいいし何でもしなくちゃいけない…だって世界で一番優先されるべきなのは愛で、愛のためならすべてが許されるのだから。


でも愛する人を行動の理由にするのはダメだ。


「大好きな人が望んでるはずだから、大好きな人のためだから…それを自分で判断して勝手に押し付けちゃダメなんだよ!殺したいなら自分が殺したいからって言いなよ!」


大好きな人が望んでいる「はず」だから…それが大好きな人のためになる「はず」だから。

そんなのは愛とは言わない。

ただ自分の中で飲み込めない事柄を他人を理由にして押し付けているだけだ。


「人が憎いなら復讐すればいい!世界をまっさらにしたいならすればいいよ!でもレイを理由に使わないでよ!少なくともあの子は人が死ぬことも、辛い事の何もない世界で過ごすなんてことも望んでないよ!そんなことで喜ばないよ!」


復讐は何も生まないからダメなんて綺麗事を言いたいわけじゃない。

でも現にあの子はそんな事を望んではいないという事実があるんだ。


「レイの記憶を見たんでしょう!?じゃああの子が望んでいることも分かってるでしょう!?あの子が望んでいるのは…!」

「黙れぇえええええええええええええええええ!!!!」


世界が揺れた。

地震なんてものじゃない…世界全体が文字通り揺れたように感じた。


「うるさいうるさいうるさいうるさい!!知ったような口を利くな!!あの子は苦しんだんだ!私もあの子も!奪われて踏みにじられて!だからやり返す、それだけでしょう!?苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ!何もかもを貪られる苦痛を味わえ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、っ死ねぇぇえええええええええええええええ!」


絞り出された悲鳴のようにも聞こえるマリアさんの叫びに呼応して腐った神様が雄たけびを上げた。

するとその身体中から白い石像のような身体を持つ天使がその身体を食い破るようにして現れ、白い世界の中を飛んで行った。


それが絶対によくない事を引き起こすと分かっているけれど、私が何かをする前に天使の姿は白の中に消えて行ったのだった。

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