第335話 神様の夢話10

 フィルマリアはいつものように夢の中で白い世界にいた。


目が痛いほどの白の中をゆっくりゆっくりと進んでいき、当てもなく歩き続ける。


全てにおいていつもと同じはずだが、少しだけフィルマリアはいつも感じている息苦しさが楽になっているような気がしていた。


「…空が高い」


初めてこの世界でフィルマリアは空を見上げた。

どこが天井なのかすら見えないひたすらに白、白、白。

常人であれば数分でも入れば気が狂うこと必至の空っぽな地獄…。


すでにこの異常な世界に慣れきっており、何度も何度もこの場所を歩いて、血を流して、床に額をこすりつけたこの場所が初めてフィルマリアには不気味な場所に思えた。


どうして今までこんな場所で平然とできていたのか、なんで何も疑う事もなく自分はこんな場所にいるのか。

今まで気にもしない…できなかったことが靄が晴れるかのように次々と浮かんでいく。


「─────」


聞き取れない誰かの声が聞こえた。


「あ…」


それも幾度ここで繰り返された光景の一つ。

大切な…世界で一番大切な最愛の娘、レイがフィルマリアの前に立っている。


またいつものように反射的にその足元に縋り付いて許しを請おうとしてしまいそうになったが、フィルマリアはミィに言われた言葉を思い出した。


(マリアお姉ちゃんの子供ってどんな子~?)


あぁそう言えばあの子はどんな顔をしていたのだろうか。

ここに現れるレイの顔はいつだって黒く塗りつぶされたようになっていて見えない。


しかし本当にそうなのだろうか?ただ自分が見たくなくてそんな事を考えていただけなのかもしれない…。

レイを思い起こされる幼い少女との交流がフィルマリアの心情を少しだけ変化させていた。


今ならばもう少しだけ前を向けるかもしれない、あるいはここが最後の分岐点なのかもしれない。

意を決してフィルマリアはレイの足元から視線を徐々に上に上げていき…その顔を───。


炎が上がった。

白しか存在しない世界で真っ赤な真っ赤な炎が。

慌てて目の前のレイに手を伸ばすが、それを邪魔するように炎が下から噴き出してフィルマリアを飲み込んだ。


────────


「…なにが…」


フィルマリアが目を覚ますと辺りが騒がしく、大勢の人の叫ぶ声や足音が地面を伝って寝ころんでいたフィルマリアに届き、頭にガンガンと響く。


「…ぐっ…うるさい…」


寝起きで重い身体を何とか引きずりながら立ち上がると、男と目が合った。

男は森に入ってくるには軽装であり、しかし背には大荷物を背負い込み、両手にもいっぱいいっぱいに荷物を抱えている。


「うわっ!?そ、そんなところで何してるんだ姉ちゃん!?」

「…お気になさらずに…それよりも何かあったのですか…」


「ああそうだ!姉ちゃんも早く逃げろ!この先に小さい村があるんだがそこで火が上がったんだ!もう消化できないくらい火がでかくなっちまってどんどん燃え広がってる!この辺りもヤバいかもしれん!」

「…は?」


一瞬だけ思考が止まった。

フィルマリアが寝ていた森の近くにある小さい村…そんな言い方をできる村など一つしかなく、そしてそこは…。


「ミィ…!」

「あ!あんたもしかして診療所の先生のところにいた姉ちゃんか!」


「え…えぇ。それでミィたちは…」

「それが…」


男は言い悪そうに視線を逸らす。

そうこうしている間もフィルマリア達の近くを男と同じように荷物を抱えた人々が通り過ぎていくがその中にミィたちの姿は見えない。

フィルマリアは頭痛も相まってイラつきながらも男を促す。


「なんですか」

「…実は火が上がったのが先生の診療所だったんだ。気がついた時には一気に火が上がっちまってて…おかしいんだよ。何もなかったはずなのに本当に一瞬で火が上がって…」


「っ!」

「あ!おい!姉ちゃん!」


男を無視してフィルマリアは村に向かって走った。

村に近づくにつれて肌を焦がすような熱気が襲い掛かってくるもフィルマリアはそれを感じることは出来ず、ただただ走る。


やがて森を飲み込み、行く手を阻むようにして巨大な炎が立ちはだかったがフィルマリアが刀を取り出し一振りするとそれだけで炎は霧散していく。


「邪魔!」


炎を切り裂き、無我夢中で走り抜けるその顔にはいつもの無表情ではなく、明確な焦りと恐怖が浮かんでいる。


何の関係もないただの子供。

そのはずなのにフィルマリアは湧き上がってくる感情を抑えることが出来ない。

また何か大切なものがこぼれ落ちていく気がしてただただ恐ろしかった。


不思議な事に炎は村に近づくにつれてその勢いがどんどんと小さくなっており、村まで数十メートルまで近づくと燃えるものが無くなっているのかほとんど火は上がっていない。


それを疑問に思える余裕すらもないフィルマリアがついに村に足を踏み入れると、そこには凄惨な光景が広がっていた。


どの建物も等しく焼け焦げ、その原型をとどめていない。

逃げ遅れたのか人型の炭に見える物もある。


「はぁ…っ…はぁ…」


胸が断続に殴られているかのように痛い。

頭が割れそうなほどの頭痛を感じる。

身体の中身すべてが逆流しそうなほどの吐き気が止まらない。


そしてフィルマリアは診療所があったはずの場所にたどり着き…。

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