第333話 神様の夢話8
血と内臓がバラまかれた部屋で娘を抱えた母親のすすり泣く声が響き、父親は突如降ってきた不幸と自分の無力を嘆きながら妻子の元に膝をつく。
「ミィ…なんで…こんなことに…」
「うっ…うっ…ミィ…ミィ…!」
妻に抱えられた最愛の娘に父親はゆっくりと手を伸ばしその頬に触れる。
その時だった。
父親はその手に生暖かい風が当たるのを確かに感じた。
「ミィ…?おい、ミィ!?」
何かを感じた父親がミィの口元に掌を当てる。
「すぅ…すぅ…」
生暖かい風の正体は…ミィの呼吸だった。
「生きている…?ミィ…無事なのか…?」
「あなた…?」
次はそっとその首元に指を当てると、確かに脈が感じられ、そしてしっかりとした暖かな体温も感じ取ることが出来た。
ミィは確かに生きていたのだ。
「っ!」
ばっと妻の手の中からミィを奪い取り、シーツをはぎ取って身体中を食い入るように観察したが…外傷は一つもなく、血で汚れてはいるが、それだけだ。
「どういうことなんだこれは…?」
「どうしたの…?」
「生きてる…ミィが生きてるんだ…」
父親の言葉に母親も慌ててミィの生存確認を始める。
先ほどまでその腕の中に抱いていたはずなのに、あまりの光景に頭が働かずミィは死んだものと思い込んでしまっていたが、冷静になると確かにミィは生きていた。
さらに不思議な事にミィは発作を起こしていたはずなのに、現在は苦しんでいる様子はなく、ゆっくりと安らかな寝息をたてて眠っているようであった。
「…一体何が起こっているの…?」
「…とにかくミィを連れて行ってくれ。私は少しこの部屋を調べてみる」
「え、ええ…気を付けて」
「ああお前もな。何かあったらすぐに叫ぶんだぞ」
こくりと頷いて母親はミィと連れてと小走りで血に染まった部屋を後にした。
父親は持ってきていた器具の中からピンセットのようなものを取り出すと、床に散らばっている臓物の一部を摘まみ上げる。
少し持ち上げただけで内容物が床にこぼれ落ち、気が狂いそうなほどの悪臭を放つが無視して臓物を観察する。
取り出されたばかりなのか、新鮮なピンク色をしたそれだが、半分ほどがどす黒く染まっている。
血ではない。
まるで正常な部分を黒い何かが食いつぶそうとしているようにも見えるそれは、ミィの患っている病と同じ症状のように見えた。
「やはりこれはミィの…?いやだがそんなはずはない、あの子の身体には傷一つとてなかった…。それに臓器を全て無くして生きていられるはずが…」
そうは思うものの、どう考えてもここにあるのはミィの内臓だとしか父親には思えず、調べれば調べるほど頭がおかしくなりそうで、父親は調査の手をいったん止めることにした。
そして風呂場に向かい、誰もいないことを確認すると身体の汚れを洗い流し、妻子がいるであろう部屋に入る。
「あなた…何かわかった…?」
「いや…ミィの様子はどうだ?」
「今はすごく落ち着いているわ…何事もなかったみたいに」
「そうか…」
このわずか数十分の間に起こったことが何一つとして理解できない。
もしかして自分たちは夢でも見ているのではないかとさえ思える。
しかしあの生臭い血の臭いも、臓物の感触も確かにその手に残っており、二人の頭の中をかき回す。
そして父親の頭にはもう一つの事が浮かんでいた。
もし娘が無事なのだとすれば…自分は人を一方的に刺してしまった事になる。
フィルマリアを探さなくては…探して治療、そして事情を聞かねばならないと思った時だった。
「ううん…」
ミィがその目をゆっくりと開いたのだ。
「ミィ!?起きたのか!私たちが分かるか?」
「うん…おはよう…ぱぱ…まま…」
まだ半分ほどはまどろみの中にいるようで、ミィはふにゃふにゃとした様子で口を開く。
そしてその目は気持ちよさそうに細められた。
「ミィ眠るのは少し待ってくれ、何があったかわかるか?マリアさんに会わなかったか?」
「マリアお姉ちゃん…あのね…マリアお姉ちゃんがね…ミィのためにね…かっこよくたたかってくれたの…」
「戦ってくれた…?」
両親はお互いに目を一瞬だけ合わせると、ミィに話の続きを促した。
「あのね…ミィが…黒くて痛くて怖いのに…いじめられてたらね…マリアお姉ちゃんがきてくれてね…それでね…かたなでね…黒くて痛くて怖いのをやっつけてくれたの…ねぇぱぱ…」
「…なんだい?」
「まだケーキ…あったかなぁ…甘くて幸せだから…マリアお姉ちゃんに…ありがとうって…」
「そうだね、ミィもう一つだけいいかい?身体の調子は…どうだい?」
「お腹が…くるくるするの…なくなったよ…おむねがいたかったのもなくなって…ミィげんきだよ…んにゃ…」
それを言い終えると再びミィは安らかな寝息をたてながら夢の中に帰っていった。
「ねぇあなた…もしかして…」
「あぁ…そんなことあるはずがない…でももしかすると…」
そっとミィの胸に触れると、確かに鼓動が感じられた。
「まだ詳しく検査してみないと分からない…だが…あの人が…ミィの臓器を入れ替えたのだとしたら…」
そんな事不可能だ。
あり得るはずがない。
もし可能だとしても両親がフィルマリアと別れていた時間などせいぜい二十分そこらであり、そんな短時間で可能なはずがない。
しかし現にミィはここで生きていて、体の不調もなくなったと証言している。
それならばやはり答えは一つであり、フィルマリアは…。
「くっ!」
父親は慌てて診療所内を走り回った。
フィルマリアを泊めていた病室、空き部屋など人がいれそうな場所は全て見て回ったがその姿を見つけることは出来ず、外に飛び出した。
まだ曇り空ではあったが、殴りつけるほどの嵐はいつの間にか過ぎ去っており、フィルマリアの痕跡は一切見つけることは出来なかった。
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