第231話 勇者は思い出す
――全身が痛い。
息苦しい。
身体中に鉛を詰められたかのように重い。
頭痛が止まらない。
自分が誰で、今何をしているのか分からない。
真っ暗な部屋で正常なところを探す方が難しい身体を引きずってさ迷い歩く。
そんな中で誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
それと同時に荒々しく、それでいて安心感を感じさせるような炎の鳥が真っ暗な部屋を照らしながら進んでいく。
俺はその鳥に手を伸ばして…。
「…ぁ…?」
目を開けてまず飛び込んできたのは窓から射す目を焼かんばかりの陽の光。
どうやら自分はかなり長い間眠っていたようだ。
でもなぜ…?
「起きたのかレクト!」
まるで靄のかかったようにグラグラと働かない頭を手で押さえていると隣からかなりの音量で俺を呼ぶ誰かがそこにいた。
「…ヒート…?」
「ああ、僕が分かるんだな!?どこか痛いところはないか?」
「わからない…どこもかしこも痛くて…頭痛もする…」
「大変だ!ちょっと待っててくれ!」
バタバタと大きな足音を立ててヒートが部屋を出て行った。
そして静かになったところでここはどこだろうかと体を起こして辺りを見渡してみた。
「…?」
何かがおかしい。
俺はこの場所を知っているはずなのに分からない。
頭の中に霞がかかっているかのように全てがぼやけている。
どうなっているのか。
「待たせたなレクト!」
まるでドアを突き破るかのような勢いで戻って来たヒートの手にはグラスが握られていて中には水が入っているようだった。
「これを飲みたまえ!柑橘系の果物を浸けていた水だ!頭がすっきりするぞ!たぶん」
「あぁ、ありがとう」
グラスを受け取り、水を流し込む。
気持ちのいい冷たさと、柑橘系の風味が俺の頭の霞を少しだけ洗い流してくれたかのように楽になった。
「まだいるかい?ピッチャーでもらってくればよかったかな」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
「そうか。…ところで今少し話せるかい」
「え?ああ、いいけれど」
ヒートが椅子を持ってきてベッドに身を起こす僕の横に座る。
深刻な話だろうか。
「…そうか、ちゃんと会話してくれるんだな」
「そりゃあもちろん…」
そんな何でもないようなことを、とても嬉しい事のようにヒートは言った。
話すくらいなんだというのか…そこで頭が耐えがたいほどに痛くなる。
「ぐぁ…!」
「レクト!…あんまり時間はないようだね。聞いてくれレクト」
「何を…?」
「君は今までの事を覚えているか?」
「今まで…?」
「ああ。君が僕やレイに…何をしたか覚えているか?」
そう言われて必死に記憶を探ってみる。
確か…ヒートたちと立ち寄った王国で助けを求められて…それから…。
「あ…そうだ…俺…」
「思い出したか?」
そうだすべて思い出した。
何故かあの王宮でリリさんに出会った後…自分を抑えきれなくなった。
ヒートが悪魔だと分かったり、レイにも何かがあるとなったところで二人の事も倒すべき敵だと思った。
その時の言動もすべて思い出し、先ほどまでの出来事まで…。
強烈な頭痛が俺を襲う。
「いっ…!」
「おちつけレクト。ゆっくりでいい、ゆっくり行こう。時間はないけど」
落ち着けと言われても無理だ。
どうして俺はあんなことをしていたのか分からない。
まるで自分が自分じゃないみたいな感覚だ。
それを受けて落ち着けるはずがない!
「全部話す。君の身に何が起こっていたのか」
そこから頭痛に耐えながらヒートがしてくれた話を何とか飲み込んだ。
先ほど俺を完膚なきまでに叩きのめしてくれた幼女からもたらされたという原初の神の情報。
そしてそれに関係する勇者…。
「思考誘導…それを俺は受けていたと…?」
「そうらしい。今はフォルスレネスの力でその影響を一時的に取り除くことができたらしいが…このままだとどうなるかは分からないらしい」
「そうか…」
「ああ、だからその前にどうにかしないといけないのだが…一つ聞いていいだろうか」
「なに?」
「君は…僕とレイの事をどう思っているんだ?」
ヒートは少しだけ気まずそうな顔をしていた。
無理もない…俺の言動はそれだけ酷かったのだから。
徹底的に彼らの事を否定した。
どれだけ言葉を尽くされても俺は聞く耳を持たず襲い掛かった。
「…信じてくれないかもしれないけれど…ヒートたちの事を悪く思う事なんてない…でも同時に…君たちの事を野放しにはしておけないと考えてる自分もいる」
自分の心なのに自分の物ではないようだ。
彼らと旅した時間はとても楽しくて…その過程で悪人でないとは分かっているのに悪魔だと考えるだけで憎いと思ってしまう。
本当におかしい…それに今の状態で過去を振り返ると自分が恥ずかしくなってくる。
フリメラとアグスに見捨てられるのも当然だ。
自分よがりの馬鹿。
まさにそういうほかない。
「そうか、それが聞けただけで満足だ。ならばこそお互いに腹を割って話そうじゃないか」
「腹を…?」
「ああ、君にみて欲しいものがある」
そう言うと同時にヒートの身体がドロドロと溶けていくようにこぼれ落ちた。
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